主殿(あるじどの)
「おや? 主殿。……なんだ。起きていたのか」
「なんとなく目がさえて。――なんで外に居るのに寝てると思ったんだ?」
さっきまで亜里須が陣取っていた俺の隣、倒木に何気なくアテネーが座る。
「アリス殿は先程モリガンを伴って入ってきたし。ならば、てっきり気を使って外で寝ているものだと」
「……気を使う相手がどこに居る?」
このところ俺の中では、亜里須の扱いまで非道くなってきた気がする。
高嶺の花のクラスのアイドル、アイツはそうだったはずなのになぁ。
「しかしアリス殿、意外と簡単に折れたな。今日も不寝の番をすると言ってごねると思っていたが」
「モリガンに頼んだ。アイツにはネゴシエーターの才能があると思ったんだが、その通りだったな」
露出狂対ストーカー、の様な変態バトルが勃発することは当然無く。
モリガンの説得に応じて、亜里須は時間通りに洞窟の中に消えた。
亜里須は見た目を裏切って頑固者なので、これは助かる。
両方めんどくさいから、明日からモリガンは亜里須に貼り付けておこう。
「ほぉ、あの モリガン が……。配下に次々、新たな才能を開発していくのだな。さすがは主殿だ」
「発掘とか発見とか、言葉としてはその方が近いんじゃ無いか?」
開発された、なんて言うとモリガンは喜びそうだしさ。
「ま、モリガンのことは良いとして。――変な呼び方をするな。俺はお前に給料を払ってるわけではない。故にお前の主では無いぞ?」
「給料を払われても、私の場合。差し出すものは体、あ、あのいや。肉体系の労働力しかないぞ? つまり私と主殿は“肉体関係”、と言うことに……」
言葉の最後を濁すと、赤くなって俯く。
――恥ずかしくなるくらいだったら初めから言うな! こっちまでなんだか恥ずかしくなるわ!
でも、そう言う冗談も言えるヤツなんだな、お前。
「あー、おほん。とにかく俺はお前になにも提供してない、むしろ助けてもらってばかり、と言うのが実際だし。だからその呼び方は辞めろ」
「既に得がたいものを提供してもらっている。……山道で先頭に立ち、方角を確かめ、アリス殿の荷物を持って、ちょっとした狩りをして、リオさんに教えてもらって煮炊きをし、ニケさんに読み書きを教えて、夜は周囲を警戒する」
「仕事をもらった、とか言うなよ? 仕事には対価が必要だ、っつー話だからな?」
「だからまさに、対価はもうもらっている、と言う話をしている。――仲間のためになにかをする。人生初の体験ではあるが、この充実感たるや、想像以上だ」
「……?」
「誰がなんと言おうとこのパーティの軸はお前。その中心人物にここに居ても良いと言われた。つまり居場所を提供してもらった、と言っている。だからこれを持ってユーリは我が主殿、と言う次第だ。――これは文句があっても聞かん」
「言ってることが、良くわかんないんだけど」
「わからないならそれで結構。……いずれ。人前に出ればユーリが御主人様であるのは間違いが無いし、ならば言動も普段からそうしておけば自然に見える。――それに同じく侍従であるニケさんのこともある。失礼だとまでは言わんが、立場を鑑みれば言動が自由すぎるだろう?」
――端から見たら、古株の侍従が仕事を教えている様に見えるだろうか、などと思ってな。ちょっとはにかんだ様に微笑むアテネーの浅黒い顔。
ひとつしか年の違わない女の子。イッコ上の先輩。
うん確かに数字上はそうなんだけどね。初めてそんな感じに見えてちょっとドキッとした。
今まではすごく年上に見えていたからな。
「お優しい主殿であれば、無理にニケさんに作法を強要したりはしまいが」
「俺? ……お優しい? そうかねぇ」
「だいたい。……さらにお優しいことには、モリガンだって侍従の扱いで王都に連れて行くのだろう? 自分のことを棚に上げる様でなんだが。王都への道すがら、食い詰めた半端者をわざわざ拾い集めるなど、狂気の沙汰としか思えないぞ?」
「食い詰めてないなら拾う必要、無いだろ。――アイツにメイドは無理だろうから、表面上は亜里須の護衛。と言う事ならどうだろう」
黒ずくめの服装に鋭い目つきも、護衛だと言うならおかしくは無い。……と思う。
それに亜里須とも会話が成り立つしな。変態だけど。
「確かに。蟲使いを前面に押し出せば、あえて相手をしようと思うものも減るか」
戦闘向きには全く見えないモリガンではあるが、蟲使いと知っていれば普通は近所に寄りたくない。
蟲のサイズや種類も含め、どこからなにをされるかわかったものでは無い。喧嘩の相手としてはサイアクだ。
それっぽいのを肩にでも乗せておけば。それだけで、高位の蟲使いなのはわかるだろうし。
しかも、普通の人間はひけないような弓を持ったアテネーと、巨大なバトルアックスを背負ったニケがいる。
その上、中央の巫女が魔道巫女の証、黒いケープを翻し、槍を担いで見た目の時点で自身でも複数属性持ちであることをアピっている。
そして、あまり戦力にはならないが、異国の装束の俺と亜里須。
実際はともかく端から見れば、百戦錬磨の強力な戦闘集団。
法国中枢所属の特殊部隊だ。
フェリシニア領内で、中央大神殿所属の巫女が率いるそのパーティにケンカを売ろうと思うもの、それはほぼ居ないはず。
モリガンの頭がちょっとおかしいだけなのである。
いらない戦闘は避けるのが当然。
我ながら良い配置だと思う。
「ところで主殿。――先程聞くとも無しに聞こえてしまったのだが」
「……“イベント"、の話か?」
アテネーは周りを見渡すと、ひとつ頷く。
なにしろ眼ほどではないにしろ、耳も良い。
そして交代まで仮眠する様に言ってはあったが、モリガンのことを気にしていた彼女のこと。恐らく寝ていない。
ならば。アテネーの耳なら聞こえているだろう、とは俺も思っていた。
「立ち聞きでさえはしたないことなのに、寝聞きとなったら常識的にどれ程失礼なのか、一般常識のない私には、もはや良く分からないが」
「そう言う時はさ。何かを言われても寝ていたと言い張れば、聞かなかったことにできるだろ」
だから寝聞きなんて言葉はないのだ。
この辺はメイドの嗜みってヤツだろうけど。
「しまった、その手があったか。……次からはそうする」
それに。家政婦あたりだと偶に見ちゃったりするのも仕事の範疇なんだろうけど、メイドはどうだろう。エルフメイドは見た! みたいな……。
「ま。こっちは内緒にする気も無いんだから、聞こえていたならかえって話は早い。……精霊と伝説の武器、なにか心当たりは?」
「伝説の武器については知らんぞ」
「……? 精霊については知ってる、と聞こえたが?」
「あぁ、だがお伽噺や言い伝えのレベルだ。蟲使いなら知って居て然りだが、モリガンが主殿にあえて言わなかったのは、半端者であろうがエルフの血を引く私から教えろ。と言うことなのだろうな」
モリガンだったら、アテネーが起きているのを気が付いた上で。――良く知ってるヤツに聞いた方が良い。くらいのことは考えそうだ。
「エルフなら子供でも知っている、昔話のようなものだ。かつて全てのエルフを治めていたエルフの始祖にして王、ロゥエルフ様との知恵比べに負けて大精霊が封印された。とされているのがこの辺りの山々のどれかなのだ」
「想像以上に近かったな、おい!」
「もっとも。どの山なのか、それさえわからんのだがな」
……なんだろう、それでもイベントフラグは立った気がする。
精霊に認められて、伝説の剣があれば。
亜里須では無いが、ただ守られて居るばかりでは無く、戦力として守ることだって出来る。
俺がフラグが立って欲しい、と思っているだけかも知れないな。
「それだけわかれば今は十分、考えるのはあとで良いか。……中に寝るところはあるか?」
「アリス殿の足元、とか。ただアリス殿はスカートであるし、主殿は男だし。それだと位置的に若干問題が……」
「もういい、寒くないから今日はここで寝る! ……そんで良いんだろ!?」
学生服を脱いで丸めて頭の下に入れ、ワイシャツだけで草の上に寝転ぶ。目の前には満天の星空。……おお、これはこれで気持ち良いな。
「風邪を引くといけない。……ちょっとだけ向こうを向いていてくれるか、主殿」
「ん、なんだ? ……まぁ、良いけど」
衣擦れの音の後、ふわっ、となにかが身体の上にかかる。
「何も無いより、マシだとその、思う。……体質的にほとんど汗はかかないのだが。なんだ、し、しばらく洗濯もできなかったし、なにか臭う様なら、そのまま放りだしてくれ」
振り向くとベストだけを羽織ったアテネーの背中。
「別になにも臭わないよ」
アテネーのシャツにくるまる。
なにもにおいがないとは言わないが、同じにおう、でも漢字が違うな。
アテネーの匂いがする。と、本人に言ってもこれは理解してくれないだろうけど。
においフェチ、とか……。
モリガン程では無いにしろ、俺も変態なのかも知れないな。
そう言や亜里須も殊の外、においには敏感だったな。
程度の差こそあれ、ウチのパーティはみんな変態じゃ無いのか?
「ならばその……、主殿が不快で無いなら、それで良いのだが。亜人の体臭と言うのは人間と違うらしいし、気にする向きもあると聞いた」
「気にしなくて良いっての。……お前は寒くないのか?」
「私達は裸で山歩きをしたら怪我をする、程度の認識なのでな。この時期はもう、なんなら普段から服が無くとも平気だ。私はその辺、特に雑にできているしな」
身体はな。精神的には平気でも雑でも無いらしく、絶対にこちらは振り向かない。見えているのはベストで隠れた背中だけ。
「良いんだな? なら、有り難く借りる」
「アリス殿やリオさん。……誰にも遠慮は要らない。むしろ主殿ならここの方が落ち着いて眠れるのじゃないか?」
なるほど。気を使ってあえて外に寝せようとしてたのか。
「アテネー。あの、さ。――いろいろ気にすること、無いとおもうぞ」
「……いろいろ、とは?」
「それはいろいろ、だよ。……お前が気にすることじゃない、お前は普段からお前らしく居たら良いと思うんだけど、それは大きなお世話。ってヤツなのかね」
――私、らしく? ベストだけを羽織ったすらりとした後ろ姿が考え込む。
「暗殺者でも、暗闇の娘でも無い素のお前って、どんなヤツなんだって話。いつも一緒に居るんだから、普段から今みたいに素のまんまで良いんじゃ無いかってさ。……悪いけど、おれはもう寝る」
「……あ、その。さ、寒くないなら私が見ている、安心して眠ってくれ」
「あぁ、おやすみ」
「ふふ……。おやすみなさい、我が主殿」
その呼び方、やめろってのに……。
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