蟲使いの真実
実はアテネーからモリガンの監視をすると申し出があったのだが、これは断った。
多少考え方にエキセントリックなところはあるし、ここまで喋った限りでも変態なのは間違いのないところだけれど。
でも一方で、モリガンは考え方も変態論も。
端で見ていて痛々しいほどに真面目なんだよな。
どちらかと言えば人間的にはアテネーに近い、とさえ言えるだろう。
それを口にしたら、さすがにアテネーは怒るだろうけど。
その彼女が中央大神殿の巫女、リオの庇護下に入り、事実上の俺の配下になるのを受け入れるというなら。
それなら信じても良い、と。そう思ったから。
だからアテネーには交代まで素直に寝ている様に言った。
亜里須も同じくそう考えたらしく、なので初めの見張りはこの三人になった。
「なぁ、変態。さっき狼の遠吠えが聞こえなかったか?」
「ユーリにそうまで言われては。頑張るほか、あるまい!」
夜更かしが得意な俺と亜里須は夜半まで。
その後は睡眠時間が少なくても、体質的に負担のあまりかからないアテネーが夜明け前まで。
そして朝の早いニケがさらに少し早く起きて朝食まで。
「そうじゃねぇ! 遠吠えだ、っつってんだよ! 人の話聞けよ、痴女!」
「むろん蟲で散らした。さっきのアレは撤退命令のようなものだ。まさに負け犬の遠吠え、だな。はっはっは……」
誰が上手いこと言えっつったんだよ……。
いずれ、現状の見張りのシフトはこうなっている。明日以降はモリガンも入るだろうからもう少しシフトも楽になる。
もっともここに名前が出てこなかった誰かさんは、本気でぶうタレていたが。
でも、異世界へ出張に行き、その帰り足にいきなりレベルが三つも上がる様な無茶な戦闘をこなし、魔法でたたき伏せられ、略式ではあるが葬儀が2本。
そしてここに至っても、誰もまともにできるものが居ないので三度の食事の支度。
さらには山歩きで王都を目指す。
リオは、こちらの世界に戻ってきて以来、体力も魔力も理力も。ほぼ回復出来ていない。目の下の隈は濃くなる一方。
昨日辺りからはあからさまに顔色も悪い。できる限り休んでもらった方が良い。
それにブツブツ言う割には、横になった次の瞬間にはもう寝息を立てている。
亜里須よりよほど深刻な状況だと言って良いだろう。
リオには悪いが、倒れられると普段の生活自体が成り立たなくなる。
全体としての戦闘力は高いがその辺、実に歪なパーティなのだ。
と言う訳で現状、本来は俺と亜里須が見張りに立つ時間なのであるが。
多分、モリガンの方が俺や亜里須が見張りに立つよりは百倍役に立つのは間違い無い。
それにモリガンだって獣やモンスターに襲われたくはないだろう。
だからモリガンを信用しまいがしからまいが。
自分で言う通り、彼女の動向を見ていることが結局見張りに繋がる。
「ところでモリガン。蟲使いで糸使いってのはまぁ、インコンプリーツだからなんだろうけれど。どうして魔法が使えるんだ?」
チェッカの項目では、アイテムによるサブカテゴリ。とあったが。
「ユーリ。――実はな、ここだけの話。蟲使いは隠しているだけで魔導の力を持つものが多い」
「え、そうなの?」
「あぁ、力は蟲経由。なんだけど」
「蟲経由ってなんだ?」
「蟲使いは身体の中に蟲を飼っていることが多い。私もそうだ」
――気持ち悪がられるから普通は言わないだけでな。そう言うと、そっと自分の腹を撫でる。
「脳髄、心臓、肝臓、脾臓、そして私は女だから子宮にも。体内に魔導の蟲が巣くっている。」
……男だった場合。どうなるんだろう、その部分。
「私はそのお陰で、蟲の居る限り子供を作ることは叶わないが、一方闇魔法が使える。――な、気持ち悪いだろ? だから普通、わざわざ人には話さない」
ちょっと待て、さっき身体を好きにして良い。とはモリガンから言われたが。
その状況で身体を好きにした場合。中で蟲に噛まれたりするんじゃないのか? こわ!
【今、エッチなことを考えているでしょう? 最近は顔を見ると、だいたいなに考えているかわかるのよ。裕利君も意外と薄っぺらいわね】
「な、え。えぇっ? ……ば、莫迦なこと言ってんじゃねえよ! そんなことは何も考えてねぇわっ!」
薄っぺらい話はおいといて。
アイテム欄には確かに蟲が五匹居たが、……あれは身体の中の話、か。
「そして、是非。ユーリの口から気持ち悪い! と罵って欲しいのだ!」
「絶対言わねぇ! 口にしたら、俺の人としての立ち位置に問題が発生するわ!」
「ちっ……」
「その舌打ちは何だ!」
「なんでもない。――蟲使いは名前の通りに蟲を手なずけ、更に主な仕事は情報収集と暗殺。……なにをせずとも蟲使いは嫌われる。自分で嫌われる要素を増やす必要は無いだろう」
――少なくも私は、モリガンは意外にも真面目な顔になると、続ける。
「ユーリに言葉で侮蔑されるのは大好きだし、快感さえ覚えるが。……人として。そこはリオさんやアリス達には好かれたい、と思って居るのだし」
モリガンは笑ったのかため息なのか、ふっ。と息を吐く。
別に格好の良い台詞でも無いけれど、そんな真面目な話も出来るんだな。
と、変なところに少し感心する。
「……もりちゃんは、嫌われてる。の?」
亜里須。お前また、そういう事をストレートにだな……。
「むぅ……。アリス、例えばだ。猛獣使いやモンスター使いならばわかりやすい。危険な肉食獣を隷属させて頭を撫で、戦闘時に強力なモンスターを呼び出して一発逆転、なんてさ」
「ん……?」
「もしもこいつ等に危ないところを助けてもらったら。そしたら普通にカッコイイ! って、アリスだって思っちゃうだろ?」
「むぅ……」
「翻って私ら蟲使いだ。呼び出すのは見るからにわけのわからない生き物、そして目に見えるのは嫌がらせの様な攻撃ばかり。それを使って覗き見したり、誰かを殺したりするのを生業にしてる一族、それが蟲使いだ」
アテネーの顔に蟲をけしかけたのを思い出す。
さっき聞いた話では、あの蟲はデカいだけで、実はたいした攻撃力はなかったらしい。だが、あえてそうしたのはそこで戦意を喪失して欲しいから。
普通はエルフだろうと、女の子ならアレをやると完全にやる気を無くし、泣いて許しを請うのだ。とモリガンは言った。
実は回復専門の蟲も居るらしいし、使役する為の体力は倍以上かかるが、あとで怪我をさせたダークエルフに対してそれを使うつもりもあったらしい。
つまりびっくりさせて少し食糧をわけて欲しかった。の部分は間違い無く本音だったわけだ。
ただ残念なことに呼び出した蟲は、そのままアテネーのおやつになって、ここまで痛んでいた分も含めて全回復。むしろ戦意高揚に貢献してしまったわけだが。
「……嫌われる要素しか無いだろ? まして私はインコンプリーツ。誰からの依頼であろうと正面に立つことは絶対に無い。せいぜい敵はもちろん、身内にさえ。誰の目にも触れない様に、身を縮めて蟲達を動かすだけだ」
――村が無くなってしまったら、もうその依頼さえ来ないけれどな。モリガンは草の上に寝転ぶ。
「こうして改めて考えると。嫌われる要素以外、何も持っていないな。私は」
「せめて常識くらい、持ってて欲しいもんだが。――お前個人が嫌われてる、と言うわけで無し。気にしないで良いんじゃね?」
「……そう、だよ?」
――ド変態ではあるけれど。でもそれはコートの前を閉めて黙っときゃわからんし。
そうならただのきつめの美少女。意味も無く嫌われたりはしない。
お前、基本的には良いヤツっぽいし。
「そう言ってくれるのは。お前達二人と、リオさんだけだ……」
「アテネーとニケもその中に混ぜてやってくれ」
「ユ-リの元にだまって居るんだから。……そう。アイツ等も。そうなんだろうな」
モリガンは少しだけ声を震わせてそう言うと、多少サイズの合わないコートの袖を、目の上に乗せた。





