法国のグルメ事情
《やれやれ。聞いてた以上に優しいんだな、キミは……。これについてツチヤマは、ほとぼりが冷めるまで放っておけ、と言っているが。あたしらとしちゃあ、わかっているならもめ事の芽は出る前に潰しておきたい」
「話はわかるが、だからといって私らはマイスターを安売りするつもりはないぞ?」
……おいモリガン。あまり先走って話をするなというのに。
ま。普段の俺を考えると、特価販売されても文句言えなさそうではあるけれど。
ん~、でもさ。
「もちろんだ。むしろユーリ殿が簡単に会談に応じては、それこそ示しが付かない」
「いや、ちょっと待った。……話、してみましょ」
「ユーリ殿?」
「マイスター。……いつものこととはいえ、聞いていたか? 今の話」
「なぁモリガン。要求、聞くだけ聞いてみようぜ? ――どのみち、箱庭世界はあと一ヶ月しないで生活、できなくなっちゃうんだし」
環境の悪化だけでなく人数が減ること。これはあからさまに生存にとって不利になる。
狩りも環境維持も拠点運営も、人数が減れば減るほど問題が出てくる。
既に安全地帯を監理するはずのNPCも一部、リアルランドへ移動している。
第一、会議室にあるPCに何かあったら全ておしまい。
移動できる手段がある以上、ここに残るのはリスクしかない。
だからその先のことはおいて。まずは、箱庭世界に閉じ込められた全員をリアルランドへ”開放”する。
これは俺とツチヤマさん、両方の思惑でもある。
その俺の存在が障害になってちゃ話にならない。と言う理由はある。
「それに、要求の内容によっては多少なりとも叶えられる部分はあるかも、だしさ」
例えば、戻りたい理由が【ハンバーグが食べたい!】だったら、こないだから叶えられる様になった。
亜里須に言わせると、中世ヨーロッパベースの世界なら、
――ミンチの概念があっても、そこは別に不思議では無い。と思うのだけれど。
と言うことだったが。
何故かランドには挽肉自体がなかった。
体力回復的な意味合い以外の食事って描写しないもんな、ゲームだと。
マンガ肉で空腹状態を回復、なんてことはAdMEでも実際あったのはそうだけど。
それは”食べられる素材”を”消費”しただけのこと。
そこら辺はゲームによっては凝ってる場合もある。
香りもするし、一応は味だってある。
どのみち法律タイマーが働いて、二時間で時間切れ。何処にリソースを割くか。
だから、AdMEではそこには力を入れてなかったわけだ。
いずれ、デミグラスソースハンバーグの実物を食べ(もちろんレトルト)、気に入ったフレイヤが亜里須(がスマホで開いたページ)からレシピの提供を受け、食には結構うるさいニケと協力。
だいぶ近いものを、ソースも含め製作した。
知らない内に、挽肉作る機械も銀のボウルも、向こうから”借りて”きてやがった。
つーか、なんでも売ってるのな。……ホームセンター、恐るべし。
もしも東京に帰れて、ある日街がゾンビがあふれたら。
そのときは俺もホームセンターに避難しよう。
物事なんでも、定番なのには理由があるんだよ。
……そうそう、話はホムセンじゃなくハンバーグである。
試作品を各方面で試食してもらったが、これが意外とウケが良く。
基本的には評価は上々、異世界の料理なのに思いのほか簡単で、調理に専用の器具の必要もほぼ無い。
フレイヤは挽肉機を持ってるけど、これは本格的に再現したかったから”借りて”きただけ。
亜里須に聞いたらミンチにする時、本来ある程度圧力をかける必要があるんだそうだ。
何故普段から、――私、料理はできないのよ。と言い切る亜里須が知っているのかはおいといて。
まぁ、肉が潰れてればそれはミンチでいいんだろうし。
挽肉機使ってないミンチも料理人がちゃんと作って、焼けば普通のハンバーグ。俺には区別が付かなかった。
ちなみに挽肉機については、東大神殿の料理関係者と工学関係者、双方のリソースのほぼ全てを投入して構造を研究中、コピーの試作品を作成し始めたところだ。
で。既にハンバーグは東支神殿城下の一部のレストランで通常メニューとして固定化し、デミグラス以外の独自のソースを出す店もあるくらいに、一気に一般化した。
フレイヤも、秘密とか特許みたいなことは言わずに乞われた人全員に教えた。なにしろ自分が喰いたいので、こね方やソースのバリエーションは広い方が良い。ということらしい。
そんなわけで、東支神殿城下では今、ハンバーグブームが起こっている。
ハンバーグ以外の、挽肉を使った料理を考案する人もでてきている。
もっとも中央大神殿城下の料理人達からは、
――何故、我々中央の料理人には”ハンバーグ”を教えてもらえなかったのか。
――お客人達の扱いが悪かったので、怒ってレシピごと東に行ったのではないのか。
――ならば法王様直下とはいえ、お客様に接したものの責任問題ではないのか。
と言う内容の苦情が、中央の神職達にすごい勢いで上がっているという。
忙しかっただけで別に怒ってないし、フレイヤの気まぐれが発端であって秘密じゃないから。
そのうち誰かから教えてもらって下さい、としか。
……なんかごめんなさい。
焼くか煮るか揚げるか、もしくは生。
肉の調理法なんか基本的にそんなもんだろうし、そこまで困っていたわけでもなかったが、挽肉は固い部分や屑肉も無駄にならない。
として、そういう意味でも飲食店からは結構好評らしい。
だから、デミグラスハンバーグが理由ならそこで解決するんだが。
……でも、そんな話で無いことくらいわかってる。
みんなきっと、家に帰りたいんだよな。
安全地帯に入れている以上は、結構早めに避難ができたのだろうし、外部とも連絡は取れていないはず。
だったら。灰色が広まったあとの世界がどうなってるか、なんて知るわけがない。
認識として、自分ちは何事も無く普通にあるし、自分は数ヶ月行方不明、もしくは意識不明状態。
学生だろうと会社員だろうと、早く帰りたいだろう。
既に俺が一度帰ったことはバレてしまってるんだし。
「言われてみれば、……そうかも知れんが」





