リクルーター裕利
能力をひっぺがして奴隷商に売り飛ばす。
常套句に近い言葉じゃ無いか、とも思うのだが。
蟲使いには思いのほか効果があった。
「……頼む、あなた方を襲ったのは悪かった、反省もしている! お願いだ! そんな残酷な事をせず、今この場で心臓を突いて首を跳ねてくれ! もう、これ以上。……これ以上は、私は耐えられない……!」
スマホの画面には、亜里須から送られた蟲使いのデータが出ている。
「ふむ。――なら俺に仕えろ、蟲使い。……お前を好きにして良いんだろ?」
……あれ? リオと亜里須の視線が冷たい。なんでだ?
追い詰められて。
にっちもさっちもいかないこいつを、助けてるところだぞ? 俺。
「私は……」
「モリガン・メリエ、一六際。蟲使いで蜘蛛女。人と蜘蛛女のインコンプリーツで闇魔法も使える。ここまでなにか間違っているところは?」
モリガンの体からがっくりと力が抜ける。
「…………ない」
「なんと! インコンプリーツっ!?」
「――えぇえっ!?」
「契約成立、で良いかな? ……改めてお前の主人、ユーリだ。よろしく。――ニケ、もう暴れたり逃げたりしないだろうから、放してやれ」
口からは手を放したものの、身体を万力の様に締め付けていたニケが、不満の表情で両手をぱっと放して上に上げる。
モリガンはそのまま地面に崩れ落ちる。
「……かはっ! はふぅう。――もちろん。ごふ、……逃げも隠れもしない。ユーリ様、で良いのか?」
「呼び方はどうでも良いが様は要らん。……売ったり殺したりしないから安心しろ」
「お前が主人だ、――経験がないしつまらんかもしれんが、男はそれが良いとも聞く。要領は悪い方だが、数をこなせば自然の行為だ。いずれお前のやり方にも慣れるだろう。どのみち約束どおり、このカラダはお前の好きにしてくれて良い」
……あれあれ? リオと亜里須の視線がさっきよりさらに冷たい。なんでだ?
俺からは一言も身体が。なんて言ってないぞ?
「はぁ、……それは一旦忘れろ」
完全に忘れろ、と言わないのは、俺が健全な高校生男子だから。
「確かにお前が言うなら、それはとても魅力的な提案ではあるが。……今は性的な意味は横に置け」
……今は、な。あとで思い出しても全然良いぞ。
「仕えろとは言ったが無理強いはしない。……今、この場から黙って去っても良い。お前が自分で決めてくれ」
「どう言う、ことだ?」
「……さっきこれ以上は、と言ったな? ――食うに困っている、追いはぎには明らかに不慣れ。しかも仲間が居ない。その上インコンプリーツだ……。もしかすると帝国の奴隷狩りから逃げてきたのか? だとしたら。それはいつの話だ?」
「……なぜそこまで。――いや、良い。喧嘩を売る相手を間違えた、そう言う事なんだろ……? 私は中原にあった蟲使いの村、その最後の生き残りだ。襲われたのは一〇日ほど前になる」
「中原の蟲使い村!? そんなところにまで帝国の奴隷狩りが! ――ユーリ殿、それでは……?」
しゅらん、パチン。アテネーが姿勢良くサーベルを鞘に収めながら振り返る。
「やっぱりどうでも良くない。その呼び方、辞めろっての! ……モリガン、だったな? お前も様は要らねぇし、ユーリで良いからな? ――コイツ。モリガンもお前達と同じ境遇、と言う事だ」
「ユーリ、まさか初めから知ってて……」
「リオ。それこそまさか、だろうよ。多分、って思っただけだ」
奴隷狩り、では無くインコンプリーツ狩りなのかも知れないな。
それだと三連続で失敗してることになるけど。
「……と言う訳でだ。ウチは役立たず二人と出来そこないの巫女、それに半端者が二人。そう言ういびつなメンバーで王都を目指す、ずっこけパーティなわけだ」
「……あの」
「蟲使いのモリガン・メリエ。……お前は強い。その力で俺達を助けてくれないか? 役立たず二人を王都まで護衛する。それで今のはチャラ、だ」
コイツはめちゃくちゃ強い! ロハで雇えるならお買い得物件にほかならない。
ここは押さないと!
「その、まぁ。仕える以上は身体もお前の好きに……」
もじもじするな。
……もう振り向かなくてもわかる。亜里須の視線が冷たいを通り越して、痛い。
「その話は一旦おけっつったろ!?」
ま。あとで拾っても良いんだぞ、うん。
「ユーリ、だったな。私は今よりお前の忠実なる下部だ。……雑用だろうが、戦闘だろうが、慰みものだろうが好きに使ってくれ」
そう言うとモリガンは俺に向き直り、どっかと座ると頭を垂れる。
「だから、蒸し返すなっつーのに!」
改めてこうしてみれば、アテネーとはベクトルがまた違うがきつめの美人だ。
チェッカによれば胸こそ無いが同い年。
マジで使っても良いのか? ……慰みものに。
「ところで巫女を襲う。って発想になると言う事は、お前。――フェリシニアの民じゃ無いのか?」
ステイタスは法国民なんだけどなぁ。
「法国の国民だし、もちろんフェリシニア信教の教徒だ」
――村を出て以来、草しか食べていない。そう言うとモリガンは更にうなだれる。
「栄養もあるし不味いわけでもない。蟲を食べれば良いでは無いか」
……ついさっき生で丸かじりした当人は当然、そう言うわな。
「あんな可愛い連中を喰えるか! そんな発想になるのはエルフだけだ! ――いや、ユーリ。失礼した。……お供を引き連れた中央の巫女様。お金も食糧も沢山持っていると思ったから、お付きの騎士も姿が見えないし、パーティも女の子ばかり。だったら蟲を見せて少しおどかして、食糧をわけてもらおうと思ったんだ」
なんでそう言うアクロバティックな発想になるんだよ!?
信者が巫女さん見つけたんだから、普通は食料を分けてくれってお願いするだろ!
「普通に頼めよ! 紛らわしい!! ……その巫女様がお前の本当の主人、中央大神殿の拝殿巫女見習い、リオンデュール・カニュラケイノス様だ。――謝れば飯くらい食わせてやるだろ? な、リオ?」
「当たり前でしょっ! それと何気無く、私にだけ様をつけないでっ! ……アテネーさん、ニケちゃん、今日はここで休みます、荷物を広げて先ずは晩ご飯を用意しましょう。もちろん、六人分でっ!」
「はぁい!」
「……リオさんが良いのなら、それで」
――リオンデュール様、すいませんでしたあっ! そう言いながら真っ赤な髪を地面につけて、モリガンは泣き崩れた。
「お願い、私にだけ“様”をつけないでぇっ!!」
 





