襲撃者
目的地の崖には日没直後に到着、当然の様に良い感じの横穴があった。
アテネーが一人居るだけで、パーティのサバイバビリティが数段上がるな。
みんな荷物を置いて荷ほどきの段取りに入る。ニケの周りだけとんでもなく大きな資材の山が出来る。
「さて、じゃあ。あの一番デカい穴の……」
「待て、ユーリ殿!」
「その呼び方、辞めろっての」
――そんな場合では無い。彼女は俺の前に立つと腰のサーベルを抜き放つ。
「アリス殿、皆も。――動くなよ? リオさん、感じないか?」
「これ、……魔導の気配?」
「しかも私と同じ、闇の魔道士か……。どこ、だ? ――なぜ気配が拡散している……!」
昨日の昼。――何もしていないのに、眠れるわけが無い! とごねる亜里須と話していた魔法の体系を思い出す。
火・水・土・風・熱の魔法を元素魔法と言い、一番基本的な魔法とされる。例えばリオの使う着火、そして炎火は名前の通りに火の魔法、温めは、知らないけれど多分熱の魔法、と言う事になるはずだ。
火を走らせ、水を操り、地面を割り、風で切り裂き、川を凍らせ鉄をも融かす。一般的なイメージの魔法はこれになる。
戦闘での使い勝手が良い上、職業としてのレベルアップは遅いが、属性毎のレベルアップがそこそこ早いため、これを習得している魔道士は多い。
亜里須も元素魔法のカテゴリを持つが、属性は聞いたことの無い電気。なにが出来るのか、正直良く分からない。
封印中なので気にする必要も今は無いだろう、と言うことで考えるのは放棄している。
一方、味方の防御力を上げたり、敵の素早さを下げたりする俗に言う補助魔法の類。これは状態魔法。
レベルが上がりづらい上に低レベルの内はあまりたいした効果が出ないのだが、剣士や戦士ならかなり有効に使える。
俺もいくつか使えるはずだが、やっぱり今は封印中で封印を解く条件はわからない。
そして味方の傷を回復したり、敵に呪いを投げつけたりする光闇魔法。
高レベルのプレイヤーは意外にも少ない。レベルが上がりにくい上にレベルアップすると攻撃耐性が減るので、高位の魔法は巫女や魔道士のカテゴリを選んだ一部の人のみが使うに止まる。
体系的には光→聖、闇→暗黒。と言う括りがあり、逆の属性を同時に使用するどころか覚えることさえ出来ない。
但し。別に使う人間が聖人君子や魔性の者、と言うわけでは無くあくまで魔法の種類の名前。
巫女であるリオは当然光を通り越し、聖魔法の初歩を知っているので、このパーティなら回復役。と言う役回りだが,知っているだけで現状たいした事はできない。
一般人と比較しても魔法耐性の桁違いに低いニケの傷を治せるくらいで、自分の過労状態さえ回復出来ていない。
そして一昨日、獣人村でアテネーが助太刀に入ってくれたとき、弓に乗っていた魔法、ダークホールブレイクは闇魔法の中でも最上級に位置する魔法のひとつ。
暗黒魔法にレベルアップするような素養はあるはず。
と、まぁ。結構チマチマと色々設定は有るものの、別に魔法の種別や属性自体は、どうでも良いとまでは言わないまでも、重要では無い。
どんな種類でなんの属性なのか、それさえわかれば対処のしようはある。とこれはそういう話だ。
どうやら今回は、闇魔法を使う何者かが待ち伏せしている。
と言う事は。同じ属性同士なら、単純に力比べになると言う事で。
ならばアテネーはかなりの使い手だから、相手が複数でも余裕で構えて良いはずだが、かなり気にして気配を探っている。
何しろ彼女は、魔法防御は無いに等しいリオと完全に無いニケ、そしてまるで役立たずの俺と亜里須を抱えた状態である。
その上自分の防御力も、低レベル魔法だろうと石つぶてだろうと、一発食らったらお終い、と言って良いくらいに低い。
相手の出方を見るのはむしろ当然と言えた。
亜里須では無いが、お荷物扱いはイヤなもんだな……。
「こんな田舎に巫女様とは! 久しぶりにおいしいものが食べられそうで何よりだ!」
アテネーが気配を探っていた真逆からいきなり表れた少女。
目が覚める様な真っ赤な髪を、長めのおかっぱ頭(あとで亜里須にボブカットと言え、とダメ出しされた)にして、足元まである真っ黒のコート。
右手に暗黒魔法の気配、というよりは既に。あからさまに黒い魔力の塊を持っている。
「取り巻きは邪魔だな、消えな。……ダークホールブレイク!」
投げつけてきた黒い塊は、いつ打ったのかわからないアテネーの放った弓に貫かれて、消える。
「はっ、意外と軽いな! ――自分だけが魔法を使うと思わないことだっ!」
「闇魔法同士の相殺、だと? ふん。……ダークエルフ如きが魔法などと、小生意気な」
と言いながら全く焦るそぶりが無い。――おかしい。なにか次の手を準備してるぞアイツ!
「大丈夫だユーリ殿、次はこちらから……!」
「いひひひ……。もう遅いんだよっ!」
ぶーん。不快な羽音と共にアテネーの端正な顔に、ほぼ顔と同じ大きさの何とも形容しがたい“蟲”が張り付き爪を立てる。
「アテネーっ!」
「ネー様!!」」
からーん。サーベルが彼女の手から落ちる。
「巫女様と一緒に、泣いて許しを請うならば。それなら何とかしてやらんことも無い。罪状は、……そうだな。エルフの分際で、私に対して魔導を使ったこと。辺りか」
「リオ、……これは!」
「ウソ! 魔道士で蟲使いっ!?」
アテネーの端正な顔にうごめく蟲の足が刺さる。そしてその本数分の血の筋が地面へと延びていった。
「蟲使い……。マジか!」
やたらレアな職業が出てきた。
「ゆ、ゆうりくん。アッちゃんが……!」
――どうすれば良いんだよ、これ!





