客人(まろうど)
「ところで、……ルル=リリさんが何処に行ったか、知ってますか?」
「急ぎの用事で使いに出しています。――北の支神殿に、ね」
ルル=リリさんが本当は何処で何をしているのか、わからないけど。
わざわざそう言う言い方をする。
つまり俺が言いたいことは知ってると。
アテネー達は、そこまではもう話をした。ってことだな?
「あの、……」
「ルルに調査を頼む、と言うのは誰の発案ですか?」
こうして普通に話をしてる分にはともかく。
仕事上のメルカさんは、スゴく“恐い”人なのでにこやかに話を握り潰すことも有り得る。
そう思ってあえてルル=リリさんの名前を挙げたんだ。
「俺、ですけど」
「なるほど正しいのかも知れません、彼女は表面上であっても人望厚く、そのうえ各支神殿同士で足を引っ張り合っている。と言うならば、わたくしよりははるかに適任でしょう。……ですが」
やっぱりこの人に話しをしちゃ、いけなかったんでは……。
「北が女子供を材料に、人道に悖るような魔導の実験をしている。などと言うのは根も葉もない話です。少々真面目が過ぎる人達が多くはありますが、せいぜい食事や睡眠を忘れる程度のこと。もちろん、神職達や文官の迷惑にはなるやもしれませんが、他人の尊厳を傷つける様な事は無いと言いきれます」
「あの、証拠は?」
「もちろん、わたくしから示せるモノでは納得して頂くのは難しいでしょう。なので、落ち着いたら転移鏡を使える様にしますから、直接自身で見てくるのがよろしいかと」
……自分で見て来いって、ちょっとちょっと!
「でも、でもですよ? そのうえで、滅ぼすべし。となっちゃった場合……」
あのアテネーとかニケの様子から見ると、ちょっとしたことでもその結論になりかねない。
そのうえ、メルカさんから何かの調査結果を聞いても簡単には信用しないだろう。
だからルル=リリさんに、とりあえずのジャッジをして欲しかったんだけど。
「ユーリくんが止められないモノを、一体何処の誰が止められると? 当然その場合、北は三日と持たずに壊滅するでしょう」
「いや、壊滅するでしょう。……って。中央とか東からの援軍は?」
「ユーリくんの側近四人、全員が襲撃に加わっていると知っていて援軍を出す? そんな話が上がった時点でわたくしが握り潰します。恐らくは軍団単位で被害が出るでしょうからね。北の上層部が全滅すれば、先ずは気が収まるのでしょうしならば。恐らくはそれが、最小の被害で収まるカタチでしょう」
見に行け、なんて言うから何か対策があるのかと思ったら。
もう襲撃のあとまでプランが立ててあったよ……。
援軍要請を握り潰すって何それ、怖い。
「その場合、わたくしの仕事はユーリくんの関与を否定しつつ、壊滅の理由をでっち上げること。なんとなれば、情報部が支神殿襲撃の指示を出したことにせざるを得ないでしょう」
「でも北の支神殿は悪いことはしてないんじゃ……」
「してませんね」
「なら、なんで……」
「一目瞭然、と言う言葉があります。皆さん、聡明にして公正な方々なのはわたくしも存じております。ならば、見ればわかるでしょう。……それに」
「それに?」
「……客人、と言う存在があります」
「まろ、うど?」
「たまに違う世界から大地へと迷い込んで来る方々です」
「俺や亜里須みたいな感じ?」
「そう言うことです」
でもそんな話は誰からも聞いたことがない。
それに自分のことを考えてもそうだけど。
――そう言う存在はやたらに目立つんじゃないかな?
「逆に普通の方々はほぼその存在には気が付かないでしょう。何故なら客人と呼ばれる存在は、ほぼ例外なくランドについて豊富な知識を持っている。多少の違和感はあるにしろ、街に溶け込んでしまえばあとは誰も気が付けない」
「なら、なんでメルカさんが知ってるの?」
「ある程度の地位に就けば知識として教えられます。……それにわたくし個人の話とするなら。客人の方を一人、存じております」
メルカさんが直接、知ってる? プレイヤーを!?
「詳細はお話ししませんが、北支神殿は人の風上にも置けない、非人道的な魔導実験を繰り返す気狂い魔道師と外道学者の集う伏魔殿。……彼もそう思っていました」
メルカさんは立ち上がると初めて会ったときのように、上着を椅子の背もたれにかけて窓の方に歩いて行く。
……彼? メルカさんの言う“客人”は男?
メルカさんは、いつかのように窓枠に手を付いて振り向く。
「そしてきっと、ユーリくんもそう思って居たのでは?」
設定は確かにそうなってる。
北はマッドサイエンティストの巣窟、中央では法王がふんぞり返り、自分のまわりに美女や美少女を一〇人単位で侍らせている。
ゲームでの法国はそう言う設定だった。悪者だからね。
「確かにそうなんだけど。……なんでそう思ったの?」
「恐らくは、ユーリくんもその彼と、同じ世界の方では無いかと思うので」
時間軸がズレているのかも知れない。
聞いた話では、皇帝三神将なんかは俺や亜里須よりだいぶ早くにこの世界に転移している。
一〇年どころか一〇〇年単位でズレたヤツらだって居るのかも知れない。
「大丈夫、北はなんの問題もありません。だからこそ見に行ってもらおうと思っています」
――むしろ、ルルが絡んだ場合、火のないところに煙が立つ。と言う可能性さえあります。
そう言って、メルカさんは優しく微笑んだ。





