半端者の立ち位置
「リオさん、再度確認をするのだが。……王都までの護衛、荷物持ちに食糧確保、何でもします」
朝食後。突然アテネーが大真面目な顔で、リオにそう話しかける。
「私とニケさんを王都まで連れて行って欲しい。……もちろん本式の戸籍とは言わない、姉妹としての市民登録の段取りまで結構なのでそれもお願いしたい。今のままでは、私達二人は王都に入る事すら出来ない」
朗々とそう言うアテネーの横、ニケは明らかにおろおろしながら彼女の顔を見上げている。
「……ネー様」
年上のお姉さんと名前。両方に引っ掛けて、ニケはアテネーのことをそう呼ぶ事にしたらしい。
ただ、獣人族は亜人の中でも特に家族の絆が強く、家族以外、どころか他の種族の相手を父、姉などと呼ぶことはない。
当然その事を知っているアテネーはやんわりと拒否したが、ニケは名前なのだと何処までも強弁した。
そしてなぜだか、ニケには甘いアテネーであった。
結果。今朝ほど、猫耳少女とダークエルフの異様な攻撃力を誇る、異種族同士の姉妹が誕生した。と言う次第である。
でも、アテネーはなにを言いたいんだろう。昨日の夕食の時点で一緒に王都まで行こう、リオに口を利いてもらって市民登録もしよう。
と言うところまでは決まっていたはず。
「えっと、アテネーさん? それはどう言う……」
当然、リオの返事はこうなる。
朝のリビング。今日も良い天気で見通しが良い、そして鼻が利くのを買われて、今は亜里須が見張りに立っている。
亜里須を一人で表に出すのは不安しか感じないのだが、一方なにも出来ることが無いのを不満に思って居た彼女は、朝食後。リオに見張りに立つよう言われると。
見た目はいつも通りけだるそうで、全くそうは見えないのだけれど。
当人は、だからそれなりに喜んで見張り台に上っていったのだった。
一番危険も疲労も少ない時間帯、と言う事なのだろう。
やはりリオは人を使うのが上手いな。あの亜里須でさえ手のひらの上だ。
当人が満足してるなら、それはそれで良いんだけどな。敵も転移陣は当面使えないらしいし。
大声で叫んだり出来ないので、有事の際は結局。俺の携帯が鳴るのだけれど。
「本音を言えば中央とは言わないが、何処かの神殿に保護して頂けるようお願いをしてもらいたいところなのだが……」
「え、そうするつもりだったよ? 王都東支神殿の副司祭様がインコンプリーツに特に理解のある方なので、お仕事が決まるまでの間、二人を当面お願いしようと思って居たんだけれど……」
――リオさん、無理をしないで。そう言ってアテネーが目を伏せる。
「私の目から見ても、お世辞で無く力ある巫女なのは間違いない。だが、ならばこそ今は。……リオさんはまだ見習いの身。インコンプリーツに深く関わって悪い噂でも立てばこの後、出世にも響く」
「アテネーさん、法国に差別は……」
「もちろん、公正明大な法王様のお治めになられる我がフェリシニア法国。差別は無い、必要な区別があるだけ。……それでも王都なら、種族も仕事も多い」
なるほど、アテネーの言いたい事がやっと見えてきた。
「王都ならニケさんと二人、何とか生きていけるのでは無いかと考える。――ニケさんも私も、守ってくれる人、養ってくれる村を失ってしまった。ここではもう、生きられない」
それは例えばキツく見えるが人当たりは悪くないし、何でも器用にこなす印象のアテネーであってさえも。
インコンプリーツにとって自分の故郷の崩壊は、身の破滅と同義であるらしい。
見知らぬ人に話しかけても無視される。
チュートリアルの段階でさえ冷遇され、初期装備も簡単には揃わない。
最低限のパーティさえ組めないから、依頼を受けることも出来ない。
だから当然お金だって稼げない。
それが俺の知るゲーム内のインコンプリーツだ。
いかに強力な戦闘能力を持ち、レアスキルを複数保有していても。
ベテランプレイヤーがキャラメイクしてさえ、キャラをロストせずに使えるレベルにまで成長出来る可能性は5%を切る。ゲーム内でさえそんな扱いの種族である。
「アテネーさん、それ。私には非道く厳しい嫌みに聞こえるよ……」
「そう聞こえたならば私の話し方が悪いので謝る。リオさんに感謝こそすれ嫌みなど。……でも。事実は曲げようも無くそうなのだと、そこだけは認識して欲しい」
誰も彼もが存在を無視するというならば。
人里を離れて山に籠もって自給自足か、死ぬかの二択。
ニケより2週間ほど早く生まれ故郷を失い、山の中を彷徨ったアテネー。
境遇の似ているニケの面倒も見たい彼女は、でも早々に自給自足の道を諦めた。
家事全般の知識を持ち、器用で狩りの腕も確かな彼女が、である。
ちょっと不思議にも思ったが、理由はなんとなく理解出来る。
現実界なら、不可能な話でも無いのだろうが、ここはオンラインゲーム、AdMEの世界である。
他人とのコミュニケーションでゲームの世界が成り立っているのだ。
世捨て人のような、そんな生き方がシステム上許されるはずが無い。
だからこそ、表面上差別を認めていない法王のお膝元、王都に入り込めれば。
と思う一方、アテネーもまた敬虔なフェリシニア教徒。加えてリオには恩もある。
昨日、屋根の上で少し喋った程度で良く知っているわけではもちろん無いが。
――リオさんとユーリ、アリスの三人には恩義が出来た。それにはなんとしても報いたい。
それを真顔で言うくらい真面目なヤツなんだよ、アテネーは。
だから将来有望な巫女である。と自分が見込んだリオを、自分たちに巻き込みたくない。
そう思ったのは容易に想像出来る。
でもなぁ。
ん? まてよ。夜の、アリスとの会話を思い出す。
一の試練は、獣人とエルフを助ける、……か。
うん、いけるんじゃないか……?
「……リオ。俺と亜里須は王都についたらどんな扱いになるんだ?」
「どうしたの、急に? ――ま、二人は法王様のお客様だものね。大事にもてなされるんじゃないかな?」
「専用の部屋を貰ったりとか? あと、えーとなんだろう、メイドさん? ……そう言う人が付いたりするんだろうか?」
「んー。身の回りのお世話は、私が継続で担当することに成るはずだけど。確かに、専任でサーヴァントやメイドやなんかが付いても。まぁ、おかしくは無い。……かな」
「なら、俺と亜里須に、法王にあう前から専属の使用人が付いてたら。おかしいか?」
「は? ……言ってることが良くわかんないんだけど」
俺が考えたのは、猫耳少女とダークエルフのメイドを従える救世主様の図。
なんかこれ、異世界ハーレム作る気満々じゃんか。
世界救う気なんか、これっぽっちもなさそうだな!
ラインナップが、上背の足りない猫耳巨乳中学生ニケと背の高いモデル体型のアテネー、銀髪をなびかせる巫女服のリオ。
意味も無く退廃的。と言うか、痛々しくさえ思えるが。
更に主人側とは言え、黒髪セーラー服でメガネの亜里須まで居るのだ。
完璧にハーレム作る気満々でバリエーション、広く取ってるよな。これ。
どう見ても。
「アテネー、そういう事でどうだ?」
とは言え、俺個人は別に異世界ハーレムを形成する気も無いわけで。
いや、ハーレム。欲しいか要らないか。と言われたら当然欲しいんだけれど。
アテネーとニケ、タイプは違えど二人共、美人だし可愛い。
リオだって自慢の妹に似てるだけで、なにか関係があるわけでは多分無く。
そして亜里須。現実世界では声もかける事もためらわれる様な、と言うか実際話しかけることのできなかった孤高の美少女。
メンバーとして申し分ない。
でも自分で判ってる。
俺にそこまでの甲斐性はないし、モテる要素皆無。この世界のお金も持っていない。
凜々(りり)しくたくましい彼女たちが、無条件で俺に傅いてくれるような理由。そんなものは無い。
改めて、なんか悲しくなってきた……。
「ふむ。……それなら私達も。特になにかをせずとも、王都に入れそうではあるが」
「俺達に付いているのが仕事なんだから、王都どころか中央大神殿にだって入れるぜ? なんなら俺達の奴隷だと言っちゃえば、今度は俺達の持ち物なわけだし。……どうであれ王都に入っちまえば、そしたら今度はリオが居る。その後どうなろうと、当面だけなら喰うにも困らない、そうだろ?」
法王の客人の従者なのである。
だったらダークエルフと獣人の姉妹、などと言う怪しい申請など必要ない。
ついでに言えば道中の護衛以外、仕事を強制する気も無い。
昨日助けてもらった分をまずは返す。大事なのはそこだ。
借りっぱなしは気持ちが悪い。その後のことはその後の話。
「俺達は異界からの転移者だろ? そんなわけのわからないヤツが雇い主なら、常識なんかそもそも無意味だと思わないか?」
「……なるほど」
「だったら一緒に居てもリオに直接迷惑がかかったりもしない。……アテネー、お前としてはそこだけクリア出来れば良いんだろ?」
「ちょっと待ってユーリ。私は別に……」
「どちらかと言えばリオは、法王から無理矢理おかしな連中を押しつけられた被害者。というわけだ」
「……悪くない、悪くないぞユーリ。一般的なハウスメイドについて興味はないが知識はある。ニケさんにも私が教える!」
「俺や亜里須が給料を出せるかどうかと言えば、今は出せないし。その後の保証も出来ないけれど。でも一時避難的な意味合いで良いならこれでいけるだろ? どうだ、リオ?」
「だからさ。どう、と私に言われても……」
思いつきとしては良いアイディアだと、自分でも思うんだが。
「ネー様。……僕ら、リオさんの邪魔にならなくて済むの?」
「あぁ、そうだ。――これはあり、かも知れないぞユーリ、いやユウリ様。だな?」
「……あのさ、メイドのアテネーさん。――やめてくんないかな? その呼び方」





