真夜中の二人
「法国内で空からの襲撃は、いくら何でも考えづらいし。転移陣は多分使えない。……なので、警戒すべきは陸路からの強襲のみ。夜間はユーリの耳とアテネーさんの目、明け方はニケちゃんの土地勘を頼ります。私はここで仮眠をしながら……」
「リオさんはかなりお疲れの様子、少し休んだ方が良い」
「アテネーに同感。お前に倒れられると俺と亜里須、二人共のたれ死にだからな。開き直って少し休んでくれ。――リスクが一番低そうなところで初めが俺。だな。アテネーも手伝ってもらって良いのか?」
「そも、私には行くところが無い。その上、一飯の恩義も出来た。一人で生きて行く事が出来ないのはここ数日で身に浸みた。……ニケさん共々、是非巫女様ご一行に同道させて欲しい。――それに深夜の見張りなら私の目が有効に使える」
「では、早速ニケちゃんを物見台から戻して。先ずはユーリに……」
「りお、ちゃん。……ちょっとだけ。待って、あげて。ちょっと、でいいから」
「アリス、あの。でも彼女にも休みが……」
「……あの、ね。ホント、ちょっとで。良いの……!」
亜里須としては、であるが。かなり強い調子でリオを説得にかかる。
さっき。……結果的に、亜里須は遺体を寝かせて土をかけるニケのそばにずっと居ることになった。それを踏まえて、ニケを一人にしてあげて欲しい、と言うことなんだろうな。
「うん、だな。……リオ。俺からも頼むわ。あと一時間で良い、そっとしておいてやらないか?」
「……うん、わかった。――なら、しばらくはニケちゃんに任せて、その後はユーリから、で良いかな?」
「それで構わない。その後はアテネーか?」
「むしろ慣れている。夜目も利くことであるし、ユーリ以降の交代はいらない。私が朝食まで見張りに立とう。ニケさんは戦力としては絶大。……寝付けると言うのなら、むしろ朝まで寝ていてもらった方が良い」
「だから、ニケのことはリオが見ててやってくれよ?」
「え、私?」
「あぁ見えてかなり不安定だ、見ててこっちが不安になるくらいにな。でも巫女であるお前のことは完全に信頼してきってる。……頼んだぜ?」
「わかった。……でも私。そんなこと、言われたこと無いんだけど」
亜里須が静かに食器を片付け始めた。
「起きてたのか」
「……見張り、は?」
「今しがた、アテネーに引き継いだ」
「……そう」
今さっき、アテネーと見張りを交代してリビングに降りてきた。スマホの時計は既に1時をまわっている。
村長の家とは言え、大きなリビング兼ダイニングキッチンと言うべき部屋と、そしてベットルームがあるだけ。
隣の部屋ではリオとニケが寝ているはず。
「大変、……だった?」
「何も無いから退屈だったのは本当だけど。でも意外と、頭冷やして色々考えることが出来て良かったよ。……お前は寝てなかったのか?」
俺は初めからソファで寝る予定だったし、アテネーと交代するまではそこで仮眠していたのだが。
「……ごめん、なさい。私その、役に。立たなくて。――ご苦労様」
屋根から降りてくるとそのソファには亜里須が座っていたのだった。
「大丈夫だ、そう言う意味では俺もほぼ役に立ってない」
「でも、見張りに……」
――誰も来ないの前提で立ってるんだぜ? そう言って亜里須の隣に座る。
意外にも硬いんだよなこれ。獣人用だからなんだろうか。
入れ替わるように亜里須がソファを立つとキッチンへと移動する。
「……りおちゃんとか、みんな。……私達に、なにを。期待してるんだろ? ――お茶。……はい」
「お、悪ぃ。ありがと」
亜里須はお茶を置くと、俺の隣に座る。
「いずれ俺達は救世主様なわけなんだが」
【そもそも具体的になにをどうして良いのかわからない。と言う、注釈が付くのだけれど。……でもみんながそれで納得するのだから、自分でもそうだと思うよりほか、考え様も無いのでしょうけれど】
「当人達がまるで納得がいかない。という、わけのわからん話になってるよなぁ……、救世主ってなにする人なんだと思う?」
【正直なところ。私達、なにをどうすることを期待されているのかしらね?】
一番具体的に知っていそうなリオも、――聞いてない。と言って、それについては答えてくれなかった。
「ふーむ。……俺達に期待すること、なぁ」
「……あの、ね?」
亜里須はこちらを向くと、ちょっとだけ距離をつめる。
【裕利くんはこの世界に詳しい、どころか有名人、この世界ではヒーローなのでしょう? リオちゃんや昼間の悪の幹部の話からすると】
「別にヒーローってわけじゃ無い。それに魔導帝国だって別に悪の組織では無いんだけれど」
――名前だって、単純に皇帝が魔道士ってことなんだけどな、魔導帝国。
設定的には“興亡"からAdMEに移行するときに皇帝の代替わりがなされて、苛烈な印象は強くなったが。
そうは言っても、ドラゴラムやアンフィビニアンの比率が多いとは言え、当然国民は軍人よりは一般人の方が多いのだし、魔導帝国としたって大陸を制覇してやろう。などと言う野望があったりも、もちろんしないはず。
あくまでゲームの核は帝国と法国の小競り合い、なのである。
【私はオンラインゲームは良くわからないのだけれども。さっきの相手、かなりエラそうな肩書きを名乗っていた上に、有名プレイヤーらしい態度を取っていたわよね?】
「……ん? なんだ?」
【同じく有名プレーヤー同士、知り合いだったりすることはあるのかしら?】
「あぁ、そういうことな。法国でそれなりに有名とは言え野良傭兵団の統領と、帝国の上級騎士。知り合いなわけが無い」
【裕利君のことを一方的に知っていた?】
「多分な。興亡からやってるような口ぶりだったし、それなら有り得る」
――それにここんところゲーム上もソロだったし、やってたこともチーターとしてゲームシステムの穴を付く様な事ばかり。
メインの敵は運営。なんて良くわかんない状況だったし。
「だからここ暫くは知り合いは敵も味方もゼロ、だよ。直近の所属欄、無所属だったろ?」
俺の仲間だった人達も。半数以上はAdMEになってからは、ゲームにログインさえしていないはずだ。
【気にしすぎだったかも知れないけれど、わざと共有のチェックを外しておいたの。最低限、リオちゃんだけはブレずに守って欲しかったから。だから、もしも知り合いだったら考えも動きも色々影響があるかな、とか思って】
つまりチェッカで斬をチェックしつつ俺の動向も見ていた、と言う事になる。
毎度の事ながら、そんな暇がいつあったんだよ……。横ピースで残念なキメポーズしてた記憶しかない。
意外にも亜里須は周りがよく見えているし、先々も読んで動く。
……救世姫、ね。なんて読むんだろう、きゅうせいひ、で良いのか?
救世の姫様、と言うのなら俺よりも向いてる気がするが。
ソファの上の二人
「刹那 斬、だったか? 信じてもらう他無いが、アイツのことは俺は全く知らない」
「……うん」
【……大丈夫そうだからデータ送るね。一般的なプレーヤーから皇帝の側近に成り上がった以外、私には良く分からないのだけれども。なにか気が付くところがあるかしら?】
――ぴんこん♪
-【通知】 チェック内容が 樺藤亜里須 と共有されました-
『刹那 斬』
『転移人※特異点 男 -歳
所属 [無]冒険者 → [帝国]剣士 →[帝国]騎士団員 →
[帝国]筆頭騎士 →[帝国]近衛騎士 → [帝国]皇帝三神将
『取得カテゴリ』
冒険者 ?
騎士 ?
近衛騎士?
『現在のカテゴリ』
皇帝三神将 (ユニークカテゴリ)☆master!
『所有スキル』
○皇帝三神将
ピーピングブロッカupper limit - - -
○近衛騎士
迅速抜刀術upper limit - -
○-
○-
○-
『現在のステータス』
身体:- 精神:- 体力;- 魔法:-
特殊:- 魔力:- 聖気:- 呪い:-
『装備品リスト』
頭:-
身体1:ハヤブサの小太刀 身体2:三神将の勲章(allスキル+2)
身体3:-
右手:-
左手:-
足:-
『アイテム』
-
※スキルによる妨害のため鑑定できない項目があります。
「良くチェックできたな、あの状況で」
「……でも。ほぼ、見えない。――意味無し」
「これはスキルで秘匿してるんだ。……つまり、こっちが把握したものしか見えないと言う事だよ」
だが、こちらが存在を知っているなら見える、と言う事でもある。
例えば腰の剣は見えていたしスキルを使って抜刀したので、だから剣もスキルも両方見える。
スキルを使ってチェッカをブロックしたから。なのでそのスキルも見えてる。
そして彼の現在のカテゴリ皇帝三神将も、自ら名乗ったので芋づるで過去の分まで見えているのだが。
ただのカテゴリの名前、と言う訳でも無さそうで、ならば。
聞いた事は無いけど。帝国で近衛騎士の更に上だと言うなら、
――もはや国の中枢、皇帝の側近そのものなんじゃねぇの?
「そんなヤツが何故、直接奴隷狩りになんて出てくるんだろうな……?」
【なるほど、確かに。さっきの条件ならば、爬虫人で無いなら誰でも良かったってことよね。別にエライ人である必要性、無いわね……】
そして種族の部分。俺と亜里須は 《転移人※特異点でない》 と表示されたそこは、斬については 《特異点》 と記されている。
特異点、って一体なんだろう。
「ぅ、……それと」
「ん?」
【それともう一つ。今朝話していた一の試練、何気なく達成してしまったのだけれど、気が付いて居たかしら】
「ワーウルフの巨乳お姉さんとジジィ賢者のハイエルフ、では無く。トラ少女と暗殺者のダークエルフだぞ? そもそも救ってさえ居ないが?」
ダークエルフは救出さえしていない、どころか。俺達が助けられたんだけど。
【イベント的にはクリア、で良いとして】
良いとしちゃった! ……良いのかそれで!?
【ならば次は精霊と言う事になるのだけれど。この世界での精霊の扱いはどうなっているの?】
「うん、まぁいいや。……次があるかは置いといて。精霊はレアモンスターで,かつ秘密兵器的な感じ」
【ふむ。ゲームシステムの問題なのかしら、もう一つ判らないのだけれど?】
「要するにほぼ逢えない、そして気に入ってくれれば加護という形で、特殊攻撃のスキルをくれる。秘密兵器ってのはゲームの制約上、与えられるスキルに時間制限やら発動回数制限が付くからだ」
この制限は、精霊に逢ったキャラ全員が、むやみに強くなっては困るからだろう。
公式の設定資料集やノベライズ版、漫画版では、本当に気に入った相手の前にしか姿を現さないので、与える特殊能力も発動条件が厳しい。以外の制限は無かった。
いずれにしろ、気に入ってくれなければ逢える可能性すら無いわけで。そうなると逢えもしない相手に一体どうやって気に入ってもらうか。
これはこれでかなりの大問題だ。
「ただ、なかなか逢えない上に気難しくてなぁ」
【裕利くんなら上手くたらし込めると思うの。お世辞じゃ無いわよ?】
「たらし込むってなんだよ! お世辞になってねぇよ! しかも相手は精霊だぞ!」
【うーん、なら、たぶらかす?】
「……ますます非道くなってないか? それ」
【それにしても今日一日あったことだけでも。霧のドームに鎌女、奴隷狩りに、悪の幹部やニケちゃん、アっちゃん。考えることは沢山あるのよね】
「ま、考えるのは後に回して今は少し寝た方が良い。気持ちが高ぶっているのはわかるけどさ」
亜里須からスマホを取り上げると、横に持ってきていた白いバッグへと入れる。
「ぅあ。……でも。アっちゃん、だって」
「アテネーは、基本狩人だから夜討ち朝駆けは慣れていると言っていた」
それに、――私には父上である夢魔の血が半分流れているからなのか、寝ないと決めれば二,三日なら寝ずとも大事ないのだ。さっき当人がそう言っていたし。
「あの。ここで、寝ても。……良い?」
「えっと、じゃあ灯りを消して、俺は納屋にでも……」
「……怖いの。灯り消さないで。……それと手を、……手を、握ってて。欲しい」
マジでか! まさかこの俺が! 女の子からそんなお願いをされる日が来るだなんて!
「ぁ……! イヤ、だよね、……キモい、ね。…………ご、ごめんなさい」
いやいや、キモいだなんてそんなことは決して……。
「こっちこそゴメン。こういう時なんて言って良いかわかんなくって。今日は亜里須、言われてみりゃ怖かったよな。…………良いのか? 俺なんかで」
「うん。ゆうりくんが、良い……。ありがとう」
ごろん。メガネを外して上体を横にした亜里須が手を差しだしてくる。
なんて事だ! 指が細くて、その上スベスベ! これが女の子の手なんだ!
いや、勘違いするなよ、俺。あくまで亜里須が寝付くまで、それまでの間、手を握ってあげる。それだけだからな。
「……おやすみ」
「あぁ、手は朝まで間違い無く握っとく。亜里須はゆっくり休め」
あ、勝手に朝までに延長しちゃった。
「……ぅん」
亜里須が寝息を立ててからなら。手を放したって文句は言われないだろう。
でも。――すぅ、ぴぃ。ちょっと鼻を鳴らしながら眠る彼女の手を取って、寝顔に見入ってしまう。
たまに、――むぅ。なんて寝言を言ってみたり、ちょっと涎が垂れたり。
それでも可愛いんだよなぁ、コイツ。なんか悔しい気がする。
もちろん手を握ってるだけ。……ちょっと真面目ぶって損してるかもしれないな。
うん。自分でわかってる。真面目じゃ無い。俺がヘタレなだけだ……。
それにしても。……何もしてないのに、なんなんだ、このドキドキは!
……結局。
「ふわぁあ、ニケちゃん、想像以上に朝早いんだもん。……おわよう。――ユーリ、起きてたんだ。いくらかでも眠れた?」
と言いながらリオが顔を出すまで、一睡も出来なかった。
仮眠しといて良かった……。





