シブリングスの立ち位置 Side : Country of Regulations
「執行部と同じく一週間頂けるよう話をお願いします。その手の仕事にあたれるのは、ぼくらの中でもこの場の七人だけですが、スラム出身で歳が近くて油断も狙える。十分でしょう」
間接視野で全員が、ぼくに無言でうなずいたのが見える。
「ふむ。ならばメルカ様へは、レイジが承諾したと言っておこう」
「ご指示は承知いたしました。……ついてはルル様とメルカ様に一つ、お願いがあります。このことはリオお姉さまには。内密にしていただきたいのです」
「当然だな。メルカ様とてこの件については、面白がって話を面倒にするつもりはないようだ。――あの子には世界の闇は見せる必要はない、とはご自身が言われている。そこは請け合おう」
……見せたくない、まだ早い、では無く。見せる必要が、ない?
いくらメルカ様の物言いとしてもちょっと、引っかかる。
「ありがとうございます」
「少なくとも、あたしが礼を言われることでは無い。気にしないで良い」
リオ姉様は特別。
確かにメルカ様からも言外に何度かそう言われたことはある。
あきらかに普通の人では無いのだろうけど。
けれど、ならばいったい。
姉様は何者で、メルカ様は、いや法国の上層部は姉様に何をさせる気なんだ……。
事実上、救世主様の最側近であることをもって、聖人認定でもするつもりなんだろうか?
しかし、普通に考えれば、姉様がそれを素直に喜ぶとも思えない。
自身が直接活動できる幅が狭まるのを気にして、単純に階級が上がることさえ拒んでいた人なのに。
そしてメルカ様だけでなく、教皇様だってそれは知っているはずなのに。
場合によっては、ぼくらと情報部や中央大神殿と意見が対立する可能性。
そんなシナリオも、考えておく必要があるのかもしれない。
神様ご本人や教義以外だと言うならば。悪いとは思うけど、教皇様や信教指導部よりも姉様が優先する。
それがぼくら、リオの弟妹達だから。
「いずれ情報は明日朝までにレイジか、バニティ。どちらかに渡す。排除の執行は早くても三日後以降、メルカ様の指示を待て。これは私から直接レイジに伝える」
ルル様の言葉にぼくを含めた全員が揃って頭を下げ。
――承知いたしました。
全員が揃って返事をする。
「話はここまでだ。……ユーリ氏が帰ってくるまであと二時間強か、ワカモノには長いな」
「あの、ルル様だってそこまでお歳と言うことでは……」
ルル様、本当はおいくつなんだろう。
多分メルカ様と同じくらい、と思っていたが。
そう言えば、これまで何歳なのかは聞いたことがない。
「レイジ。女性に歳の話をするときは、首を墜とされる覚悟をしなければいけないよ? 知らない仲じゃない。今回は一回、貸しにしておこうじゃないか」
「ご自分でふったんじゃないですか!」
「上手く話をそらすのがデキるオトコなのさ。覚えておきな」
ルル様は、――ふ、と笑みを浮かべて席を立つ。
「さて。あたしはこれで失礼する。……キミ達はいつも忙しそうだが、何ごとも経験。たまには退屈さえも。経験しておくこと自体、そう悪くはないのかも知れないぞ」
そう言うと、こちらに背を向けケープがひるがえり、湯気の上がるお茶の用意が丸ごと無くなる。
次の瞬間には目の前からルル様の姿、そのものが消え失せ、入り口のドアがゆっくり閉まってくるところだった。
「……い、いつものこと、と言えばそれまでだけど。ルル様はいつ出て行かれた? アバラス、気配は追えた?」
「今思うと、ルル=リリ様がお立ちになったあたりで既に、気配が薄れていた気がする。……つまり、自分にはよくわからない」
「カナリィ。……何が起こったんだと思う?」
「恐らくルル=リリ様は、幻像のようなものを魔導でこしらえて、話術と視線誘導で注意がご自身本体に向かないようになさったうえで、悠々と出ていかれたのではないか。などとカナリィは愚考するです」
「問題があるとすれば」
「はいです」
「何故。ぼくら相手にそれをしなければいけなかったのか、だけれど」
「もちろん、自分にはわからない」
「カナリィにも、意味はわかりかねますです」
「……だよね」
あの人が何を考えているか。
たとえメルカ様であっても、全部はわからないと思う。
「ん……? どうしました? バニティ姉さん」
「あのね、レイジくん。もしかするとテーブルの上のそれは、先程のお話のお茶、なのかしら……」
テーブルの上には、いつのまにかお茶の入った高級そうな缶が置かれているが。
……本当に飲んで良いものなんですよね? これ。
何を考えているかわからない人こそが、本当に恐ろしい人なのだ。
多分、その考えに至ったのは。
修業時代にずっとルル様がそばに居たからなのかも知れない……。
「あとで、みんなでいただきましょう」
「……うん、その。悪いものではないのでしょうけど」
「なにか悔しいのだけれど。正直、とても美味しいお茶でしたよ……」」
そして本当に世界で一番、恐ろしい人。
メルカ様はいったい何を隠して、何をお考えなのか。
やはりぼくなどには、想像すらつかない。





