差別の無い国
「どうせたいしたもんじゃ無いから、そこは気にすんな。俺はユーリ、こっちはアリス。歳は二人共、お前よりひとつ上だ。――よろしく」
――手、出してみ? 差し出された腕に残った腕輪。
魔導の封印が文字通りに吹き飛ばされたそれは、簡単にヘアピンで外れた。
腕輪の形に皮がむけ、血まみれの腕に。亜里須が鞄から出したタオルを、同じく鞄から取りだしたハサミで二つに切り、そっと巻く。
表示欄からはみ出した“アイテム”は、一体あといくつあるの?
なんで表示されたものがチェッカに選択されたわけ!?
あー。……それはともかく。
「……で、だ。何があったのか、キミの知ってる範囲で良いから教えてくれないか? 帝国の奴隷狩りが来たらしい、と言うところまではわかった」
「ではユーリ、で良いですか? ――はい。帝国の奴隷狩りが来たのは、今朝遅く、でした」
獣人は強靱な肉体と凄まじい筋力を誇り、獣化で更に素早さや攻撃力を底上げする。
視覚、嗅覚、聴覚はそれぞれ得意不得意はあるけれど。当たり前だが、得意分野なら勝てる人間は居ない。
まさに戦闘種族と言った感じではあるが、一方でさっきニケが自分で言っていたように、魔法には滅法弱い。
もっともニケに関して言えば、インコンプリーツのマイナスボーナスの側面が異常に強いのだけれど。
いずれにしろ、獣人を奴隷としてみた場合。
労働力や戦闘力としてみれば文句なし、暗示や魔法の類にもかかりやすく、更に性的な意味で見た場合も、野趣を残した女性のその姿は美しい。
男女の区別無く奴隷としては最高だと言う事だ。
どうやらリオの読み通りに、たった二人ではあったが護衛の戦士が常駐している間は、手を出してこなかった。
彼らは戦士としては下流から中流クラスではあるが、仮にも法国中央から選抜されての精鋭。魔導に対しても対応の手段を持っているからだ。
そして農繁期で彼らが村を去って三日目の朝、襲撃が始まった。
但し獣人側も事前に察知し戦いの準備は出来ていた。
アイテムで魔導を拡散する段取りも付いていた。
初期の、遠距離からの魔法さえ何とかしてしまえば。
接近戦なら例え戦士の職業でないとしても、相手がダイノロイドであろうと力負けはしない。
相手が魔道士だとしても、そして獣人側が例え単なる主婦であろうと。
スピードではそれこそ段違いに勝る。魔法が当たるわけが無い。
但し。
「本物の魔道士が居たようなんです。それで戦闘開始直後から、動ける人が半減してしまったらしく……」
彼女の言う“本物の魔道士"とは初心者魔道士や、その上の魔道士を超えて魔道師と言われる高位クラスの魔法使いの事だろう。
法国ならば騎士団と同格である魔導団、帝国でほぼ同じ立場なら、皇帝お抱えの宮廷魔道師クラスの強力な魔法使い達である。
彼らが本気で魔導を振るえば、魔導封じのアイテムなど無視出来るが、一方で圧倒的に数が少ない。
ちなみに、亜里須もチェッカで見る限りソーサラーなのだが、現在は条件未達で凍結中。
俺の持っていることになっているアイテムもそうだが、条件ってなんだろう。
ともあれ国境がそこそこ近いとは言えこんな田舎で、しかも話を聞く限り村人は四〇人弱。
わざわざ高位の魔法使いが奴隷狩り如きに投入されるはずが無い。と当の住人達でさえ思って居た。
そこを突かれた、と言うことだ。
そしてリオは村に入った時点で、目に付いた獣人達の亡骸を冷静に数えていた。
その数、男女合わせて約20強。抵抗に加わったもの全てが犠牲になり、その他の女子供は全て連れ去られた、と言うことだ。
道路事情が悪いとは言え、法国中央から歩いてたった一〇日。
獣人達が静かに暮らす村は、半日かからずに無くなった。
「にけちゃん。なんで。……縛られて、いたの?」
「魔法戦でみんなが怪我をしたあとで、獣人の誇りをかけた大事な戦いだからお前は関係がない、出てくるな。と言われて。ここから絶対出るなって」
……大事にされていたのでは無いか。とリオは言った。
インコンプリーツとして村の外には出せない存在。
憎しみや蔑みの視線を送るものも居ただろう。
けれど彼女は大事にされていたのだ。
……戦わせれば、誰より強いはずなのに。
純粋な獣人では無いから。
だから村のための戦いで傷ついたり、ましてや奴隷になったり。
そんな事をさせるわけにはいかないのだ、と。
今となっては推測でしか無いけれど、リオが真っ先に思いつくくらいだ。
きっと、基本的にそう言う文化なんだろう。
それにインコンプリーツであれば、能力は折り紙付きだ。
生きてさえ居れば……。村人達がそう思うことはおかしくない。
但し、当人はとても納得出来るものでは無いだろう。
事実ニケは拘束を断ち切るべく、腕に怪我を負うだけでは収まらず、気を失うまで全力で暴れ続けたのだから。
「ドラゴラムが小屋に入ってきたら、この腕輪は外れるから。そしたらその時は村を全部壊して良いから全力で暴れなさい。あなたは力持ちなんだから出し惜しみしないで。……お姉さんは僕にそう言って、腕輪にカギをかけた」
言われてみて入ってきたドアを振り返る。
そこには、いかにも急いで書きました。と言わんばかりの魔方陣が、緑色に光っていた。
なるほどな。そういう封印か……。
 





