リオの逆鱗
当人の、――おぉ、イケた。と言う呟きが聞こえなかったら凄くカッコ良く決まったシーンだったな、今の……。
ともあれ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……あのさ、リオ」
肩で息をしながら、それでもリオはその獣人の少女に対して。怒りながら向き直る。
「インコンプリーツの人達はみんなそう! 自分には価値が無い、生きている意味が無い、生まれてしまったことが悪いって、みんなそう言うんだっ! そんなのは自分の価値を証明するって言う、大事な仕事を放棄してるだけなんだよっ!」
少女を睨みつつ、ずいっと一歩踏み出す
「……自分をなんだと思ってんのっ! 冗談じゃない、ふざけないでっ! そんないい加減な生き方を、神様が望むわけ無いっ! みんな、神様に望まれて、祝福されて、なすべきことを持って。そうして、生まれてきたんだよっ!!」
「いや、リオ。……あのな?」
「今此所で、私達は息をして、血が巡って、生きてるのっ! ――ユーリ、それ以上に大事なことってなに!? 死んでから役に立つってどうやるの!? 知ってるなら、今ここでっ! 私に教えてっ!!」
「……み、巫女様? あの、怒って。……らっしゃる?」
「当たり前でしょ! どうして神にお仕えする巫女が、すがるものを殺すと思うの!? 私はそんなことする気は、そもそもはじめっから全く全然! これっぽっちも無いのっ!!」
「す、すみませんでしたぁ!」
「いいえっ! そう言う意味では私は、全く! ぜんっぜん! これっぽっちも! 髪の毛一本ほども! ……怒ってないからっ!」
……いや、リオ。めっちゃマジギレ状態だからな、お前。
「ひぃ! 巫女様、どうかお静まりを……! どうかこの、もの知らずの田舎者をお許しくださいぃ!」
リオは腰に手をやってまだなにか怒っている様子。
獣人の少女は地べたにへたり込んで必死に許しを請うている。
まぁ,リオからするとそれがますます気にくわない。と言うところか。
「亜里須、今、何時になった?」
【一時四三分。日没は昨日、一昨日をみれば多分六時半過ぎ。真っ暗で行動不能になるのは七時一五分頃ね。表の“片付け"をある程度、日のあるうちにしたい。と言うつもりなのでしょう?】
なんで亜里須には腹の中を見透かされるかなぁ。
【彼女はまだ小屋の外には出さない方が良いかしら。まぁ、裕利くんの考えているようなことは、あり。だとは私も思う】
【さっき醜態をさらした通りで多分、手伝うことが出来ないであろう私が言うのもなんなのだけれど、あの子は力持ちなようだし】
寝るために何処かの家は拝借するにしても、獣人達の遺体はいったん何処かに集めたかった。
亜里須が気にするだろうし、何よりケモミミ少女の手前もある。
それにこのまま転がしておくのは、それは俺としてもあまりに忍びない。
ドラゴラム達だって、ただ転がしておく。と言うのはちょっと。
「そうなんだけどな。もう少しだけ様子を見てからの方が良いんじゃないか?」
「……そう、だよね」
無関係の亜里須でさえあれだけ取り乱したのだ。
表で倒れている死体の半分、獣人達は彼女の知り合い、この規模の村なら全員、家族と言っても良いだろう。
それに、さっきまで身体を拘束されていたのだし、自由になった直後に今度は“巫女様"から怒られたのだ。
色々ショックだろうし。
「ごめんなさい。私だって見習いなのにエラそうに怒っちゃった。私はリオンデュール・カニュラケイノス。中央大神殿の拝殿巫女見習いです。……あなたは?」
「僕は虎の獣人と人間のインコンプリーツ、この村の余り物、ニケ・バラントです」
猫じゃ無くて虎だったのか……。シマはどこ行った?
【なんて事! ならば彼女の髪型、ウルフカットでは無くタイガーカット、と言う事になるの!?】
――知るかっ!
「……だぁ・かぁ・らぁ! そういう事を言わないようにって、さっきからずっと言っているのにぃっ!」
「わぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ……!」
「まぁまぁ、リオ。急には変われないだろうよ。ところで、――ニケ、で良いのかな? わかる範囲で状況を説明して欲しいんだが……」
「拝殿巫女のリオ様、この方々は従者の方ですか?」
「普通にリオで良いからね? それに自分で言うのもなんだけど、私は見習いだからそう呼んだらかえって失礼になっちゃうから。他の人には言っちゃダメだよ?」
「し、失礼しましたぁ! ものを知らない田舎者で申し訳ありませんリオ様!」
「まぁ、別に私個人はその辺どうでも良いし。あとホント、様も要らないから。――で、なんだっけ?」
「その、従者のお二方ですが……」
「そこは逆なの。この二人は、世界を救ってくれる救世主様。……になってくれる為にわざわざ異世界から来てくれた中央大神殿のお客さん。私が王都までのお世話と案内を、法王様から仰せつかっていて、それで……」
「そ、そんなすごい方がこんな田舎に! 失礼があったらごめんなさいですぅ!」
……このニケという猫耳少女は敬虔なフェリシニア教信者。それはわかったけれど。
なかなか話が前に進まないなぁ、この状況。





