迫り来るもの
――ぴく。ニケのねこみみ(虎、だが)が動き、ごく自然に腰が落ちる。
「ネー様、モリィ! うしろの光る塔の影。何かが動いてる! 0.1リーグ離れて無いっ!」
「ちっ! 姉御すまない、しくじった! 向こうには偵察の蟲を出していない!」
「当然、私も無警戒で良いと思っていた! ――気配からするとかなり大きい、フルサイズドラゴンのクラスだ! ニケさん、リオさんとフレイヤは、主殿とアリスを援護しつつ下がれ!」
いやいやいや! いないから、ドラゴン。東京には!
そういう名前のトカゲなら、動物園にはいたかも知れないけど。
それだって、どんなにデカくても2mってとこだし。
「モリガンは私の隣に来いっ! 最悪、二人がかりでダークホールブレイクを打つぞ!」
「種類にもよるが、相手がドラゴンではダークホールブレイクは……」
「お前と私では文字通り、他に打つ手がない。――効かなくても、せめて主殿が離脱する時間だけは稼ぐっ!」
「だがしかし。姉御、大出力の魔導が 発動す るか? この環境で?」
「迂闊! 少々浮かれすぎていたようだ。確かに、そこは確認はしておいて然りだった!」
ランドでデカいクラスのドラゴン、というならなら最低でも15m。ホントにデカいとなったら30mは優に超える。
最強生物だけあって、魔導に耐性を持っている種類も多い。二人の使う黒魔導なんか、効く種類の方が少ないくらい。
でもさ。
東京にはいなかったからね、そんな生き物。マジで!
「リオも下がれ、ニケよ、儂の真後ろにつけ」
「ドラゴンなら僕が前に出る方が良いよ!」
「白魔法が通る種類なら私が最初にでるから!」
リオって、なんか白魔法、使えたっけ?
「……ゆうりくん」
「こっちはなんだ?」
「バス停がね、……生きてるの」
[=お知らせ・一部路線が運休しています= ・・・次のバスは 《X1R系統循環バス右回り(無)》です。 ・・・前のバス停を出ました ・・・お待たせしました。間もなくバスが来ます]
広告がカラフルなままのバス停の上。
取り付けられた小さめのディスプレイに文字が流れる。
「みんな、慌てなくて良い。この棒のまわりに集まってくれ」
「しかし、もう気配はすぐそこまで……」
「なんだ? 魔導の気配が、……無い?」
「聞いたことのない音がする! ……これって、機械の音?」
バス停に向かってくる、生き物でも魔導でもなく、機械仕掛けで動くドラゴンクラスの大きなもの。
それはつまり。
バスがのんびりと走ってくると目の前で止まり、前の扉が開く。
【お待たせいたしました。循環バス右回り、駅前方面、です。交通局車庫前、記念病院、区役所分庁舎、駅前ターミナル、の順に止まってまいります】
「馬のいない馬車。まさにそのものだった……!」
「ここまで巨大な鉄の塊が自分で動くのか……!」
「誰が話しておるのだ? これは魔導、なのか?」
【なお、この車は無人運転の自立走行車両です。パスの無い方のご利用は出来ません。ご了承下さい】
「えーと、タッチパス持ってるの俺しかいなくて7人なんだけど、良いかな?」
人間だったら説明がめんどくさいところだ。
――無登録でいくらでも乗れる、ザルのセキュリティ。
とは、ネットにも出てたけど、あえてバスに聞いてみる。
【おまちください。……人数を確認いたしました。ご乗車ください。只今無料運行中ですが、代表の方はパスをかざして下さい】
一応合法的に乗れたみたいだ。バカ呼ばわりされてたけど、頭、良いじゃん。
でも、なんで無料運行中?
無人の運転席の横を抜け、誰も居ない車内、後ろのドアの前に座る。
「あの、……ゆうりくん?」
「あぁ、このまま駅に行こう」
「……でも駅に行っても」
「多分だけど、灰色回避の条件。わかった気がする。電車はあの路線なら動いてると思うぜ?」
――ダメでも線路沿いに歩いて行けば迷わないしな。
時間は決まってるんだし、悪いことは何も無い。
歩くよりは楽チンだし、動いてるなら連れて行ってもらおう。
「ねえ、ユーリ。これ、本気で走ったら結構早い?」
「この椅子ときたら、まるで立派なお屋敷のソファじゃ無いか……」
「全員座ったら何人なんだ。……じかも聞いていた通り、馬で引くより早いとは」
「馬車はだいぶ乗ったが、この速度で衝撃が無い、などとはどうなってるのだ」
「天井のヒモは、これなんに使うの? カゴとかかけたら……ぶつかるよね?」
バスって、どう説明したら良いんだよ……。
誰も居ない道路を、バスがのんびり、淡々と走る。
歩くのとそんなに差が無い速度にも思えるが、馬車よりも速くて快適。
まぁ、当たり前ではある。
【バス運行へのご協力、ありがとうございます。次は駅前バスターミナル、駅前バスターミナルです】
亜里須がそのアナウンスを聞いて反射的にボタンを押して。
――ピンポーン。
その後恥ずかしそうに俯く。わかるよ。押したいよな。ボタン。
自動運転のバスって、基本全部の停留所に止まるからね……。
【――次、止まります―― 駅前ターミナルを出ますと駅前東口、東図書館、商工会議所前の順に止まってまいります。JRをご利用の方は、駅前東口でお降りになるとご便利です】
ターミナルの真ん中にゆるゆるとバスが止まり、扉が開く。
【ご乗車ありがとうございました。降車のさいは足もとにお気を付けください。この車は循環バス右回り、区役所方面です。ご乗車は前扉です】





