獣人の村
「ユーリ。なんか……。変だよ?」
村の名前の看板。読めないが入り口、と書いてあるのはわかる。
その辺は異世界とは言え、ゲーム世界。だいたいそんな感じだろうとは思う。
日本語でふりがなが出ない分、直接判る。くらいのことなんだろうけど。
しかしリオが言うのは、当然その看板では無く。
「確かに。……あれは、あからさまにおかしいわな」
リオの感じた違和感の原因。
本来は木で出来た柵が見えるはずの村の入り口。
看板の先には、なにも見えず。
霧がドーム状に、村の入り口があると思しき部分を覆っている。
きっと霧は魔導で形作られたものだろうが、非戦闘時に天候操作なんて、そんな都合の良い魔法はなかったはずだ。
戦闘で辛くも勝ち残って這々の体で生きのこっても。
天気が土砂降りなら移動が遅くなり、そのまま体力を削られて帰れずに死亡。
それが起こるのが魔導帝国の興亡、そしてその続編、AdMEの世界である。
「誰か、来る。の……?」
「……! 二人共、私から離れないでっ!」
リオは腰を落として右手に担いでいた槍を構え、左手で俺達を制止して庇う。
霧の中、揺らぐ黒いシルエットは、徐々に人の形になり、巨大な首狩り鎌を担いで灰色のローブを纏っている、と言うのがかろうじてわかるところまで進み出る。
フードを目深にかぶっているので顔は見えない。
「くく……、掃除はしておいたわ。……あとは、うふ、ふふふ……。宜しく」
「……女?」
台詞が終わった瞬間。コーン! と言う澄んだ音と共に強烈な青い光の柱が天に伸び、霧自体も真っ青になる。
霧の中にはもう一人、居るか? 人のシルエットらしいモノが、一瞬浮かび上がって。光に飲まれて消える
そしてその柱が女性を飲み込むと、唐突に細くなって不意に光が消え、次の瞬間にはもう目の前には何も無く、村を覆っていた霧さえ綺麗に晴れていた。
もう村の入り口、木で出来た柵と門が見える。
「なんて強力で立上りの速い転移陣! 神殿の転移鏡並み!?」
「リオ、今のは短距離転移だ! 何処に飛んだか追えるか? 霧はどうなったっ!」
転移陣で天候まで変わるなんて聞いた事が無い。
「……ごめん。両方、わかんない」
「りおちゃん、……知ってる、人?」
「……多分、知らない人だと思う」
「女……、だったが」
「声、聞こえたの? この距離で?」
耳が良いくらいしか取り柄が無いんだよ……。
「いずれ、こうなった以上。リオの立場では、村に行かない。と言うわけにはいかないんだろ?」
先頭に立ったリオは無言で頷く。
法国で神職にあるものは、現代日本で言うところの役人であり、警察でもあり救急隊、軍人の指揮官でもある。
そこは、見習いであろうとリオも巫女である以上変わらない。
「俺は両脇を見る、亜里須は後ろを警戒してくれ。人影があったら、それは敵の可能性が高い。もし何かあったら喋らなくても良い、何でも良いから教えろ」
「……うん」
「……? おかしい」
リオが再度呟く。
目の前にはAdMEでは一般的な村の入り口。
そして木で出来た柵、門。
俺の目で見た限り、特におかしなところは感じない。
「村の入り口に誰も居ない? そんなわけが……」
俺にとってはいつもの光景、誰も居ない入り口から村に入るのは普通なのだが。
けれどゲームと違って入り口には歩哨が立つのが当然、と言う事なんだろう。
「……ゆうり、くん」
【何かしら? イヤな臭いがする。失礼ながら獣人族の臭いなのだと思って居たのだけれども。だけど、りおちゃんが言うならば。あながち私の鼻もバカに出来ないのかも知れないわね。生臭いような、鉄のような。……血の臭い、かしら……】
「臭い……か。――リオ、亜里須が血の様な臭いがする。と言うんだが、なにか臭うか?」
「血の臭い? まさか……! アリス、私の左肩に手を置いて絶対離れないで。ユーリは、後ろの警戒を間違い無くお願い」
「……わかった。――亜里須、位置を変わろう」
柵に設けられた門をくぐって直ぐ。おかしい。の原因は判明した。
「さっきの女、掃除したって。……まさか!」
「……こんな!」
「ひっ! むぐ、おぅぷっ……!」
亜里須が口を両手で押さえる。
獣人とドラゴラムの双方。まさに死体の山。
むごたらしくいたましいさまをさして酸鼻、と言う言葉がある。
言葉の成り立ちは教師に聞くまでもない。鼻をつく血とすえた肉の臭い。
まさか、それを身体で理解するときが来るとは思わなかったが。
当たり前だが戦闘となれば。矢を撃って、槍で突き、剣で切るのだ。
ゲームではダメージを喰らえば、確かにエフェクトで出血はするけれど。
でもそれだけ。
倒した敵の死体は徐々に薄くなって消えるから。
だから気にしないし、気になったこともない。
でも、現実では死体が自然に消えたりはしない。
ワイバーンだって消えないから燻製に出来た。当たり前だ。
隣では亜里須が完全に真っ青な顔になり、しゃがみ込んで震えている。
「亜里須、大丈夫か!?」
「だ、だいじょ……お、ぶぼぉっ! おげっ……! げは、がっ、うばっ……」
刀傷も、流れる血も、肉の色も、はみ出す内臓も……。
全ては倒れた時そのままに転がっていた。
ただの女子高生の亜里須が、平気でいられるはずが無い。
「亜里須、気にすんな。……無理しないで良い。――リオ、周りは!?」
「……生きてるものは居ない。みたい、だね」
……正直に言えば、俺だって平気では無いんだけれど。
女の子の前だと、見栄が優先するんだな。
自分のことなのに、初めて知ったよ……。





