彼女のリボンをほどいたら
「ただの、……布?」
「まぁ、そうなんだよね。……アリス、なんかゴメンね?」
見た目のみならず手触りも。ただのリボンであったらしい。
見た感じ、結び方だってごく普通。簡単にほどけそうではあるが、亜里須が触ったくらいでは結び目が緩んだりはしない。
「俺も触ってみて良いか?」
「え! あ、うん。――い、良いけど髪の毛が、その……」
赤くなる必要、あるのか?
ああ、そうか。
俺からすると、見た目から言っても。つい妹みたいなもんだと思ってしまいがちだが、一方。リオから見たら、俺だって男だものな。
AdME世界の常識がどうなっているかは置いても、女の子が男に髪を触らせる機会なんてものが、そうそうあるとも思えない。
そりゃそうだ。
当人は髪の毛が汚いのだ、と言ってるくらいだし。
「あの。……い、良いよ」
「お、おう」
リボン自体は手触りの良い布。そして結び目もごく普通。但し引っ張ってみてもほどける気配は無い。
「ふむ、封印。ね」
もっと簡単に指輪とかにしてやれば良いのに。
だいたいこのリボンがますます妹を彷彿とさせるんだよ。
大きさと言い結び方と言い、色以外、里緒奈が最近気に入っていたリボンそのままなんだから。
と、そのリボンの結び目がふわり、と緩んだ気がした。
「りおちゃんっ!」
いきなりリオが倒れ込み、正面に居た亜里須が抱き留める。
「一体どうした!? リオ、しっかりしろ!」
『まだ覚醒もしていないうちから、いきなり法王の封印を揺るがすとは。流石はエースプレイヤーにしてハッカーと言ったところか。久しいなラビットビル。――そしてアリスには初めまして、だな。IDは送ったぞ? その方が早いのだろう?』
亜里須の胸に顔を埋めたままリオの声が聞こえる。
声はリオだが、喋っているのは男性。と、何故かそれは理解出来た。
いろいろと、どう言うことなんだ!?
「誰だ……。リオ、じゃないんだな? ……リオの身体を返せ!」
『勘違いをするな。この身体は元々私の容れ物でもあるのだ。今のところ、この娘との同時使用は出来ないのだがな』
「な、……あんたは、なにものだっ!」
「かつて神であった残り滓、もしくは神の切り捨てられた半分、あるいはその両方。……世界から見ればどうでも良い、思念だけの概念」
「神、だ。とでも言うのか。アンタ」
「この世界においてかつて神であった、だ。あぁ、私の半分はまだ神であるのか」
「意味がわからない」
『今は知らんでも良い』
「……なんて呼べば良いんだ。リオじゃ無いんだろ?」
『なれ合うつもりは無い。……それに私は基本的には封じられた身であるからな。そうそうお前達に邂逅する機会も、今はまだないだろう。必要になればその時に考える事としよう』
「じゃあ、リオの封印ってのは……」
『魔導の暴走を押さえる。法王はそのつもりで作っているだろうし、その効果も当然にあるが。事実上私が顕現することを阻止するためのものだ』
亜里須に抱き留められた形からふわり、と起き上がってこちらを振り返る。
『本来封印が外れようが、一週間程度は問題がないはずなのだがな。救世主の近所にあると、法則が書き換わるとでも言うのか。――なにかね? アリス』
ぴゅいっ!
【なんで神様が、りおちゃんの身体に封印されているの? どんな理由があるの? 何かの呪いなの?】
神がSNSのアカウントを持っているのか知らないが。彼女の“神”に向けたメッセージは俺のスマホにも着信する。
嫌みでも何でもなく、確かに“神”がこの文章を直接理解出来るなら。
亜里須だったら喋るより早い。
『当然に神から捌きを受ける様な、この娘はそんな子では無い。……この娘は成り立ちが特殊だ、とだけ言っておこうか。そこも、今は知らずとも良い事だ』
してみると、脳に直接メッセージを送るようなことになっているんだろうか。
……スマホが魔法の道具だとリオも言ってたし。ならば、無くは無いのか。そう言うの。
「俺は、アンタを知ってる。のか……?」
『直接は知らないのでは無いだろうかね。まぁ、私は神だったのだから一方的にキミを知っていても、設定的にそこはおかしくは無い』
「設定ってなんだ、誤魔化すな! もっと具体的に……」
『まぁ今日はたまたま出てきただけだし。時間切れだ、ラビットビル。――だが、せっかくだからひとつだけ。まだむやみに私の封印は解くな。お前達二人に私の再封印は、今はまだ出来ないのだからな』
――今は? 後ならできるのか?
【神様というのなら、あなたが出てくれば紛争やもめ事が簡単に解決するのでは無くて? それを見て見ぬ振りする。それは職務放棄、サボタージュなんじゃ無いの?】
『アリス。気持ちは理解するが、神とは人の目から見て必ずしも善良なものとは限らないのだよ。……私とて神である以上そこは変わらん。神には神の事情がある』
【善良で無い、神様……】
『むしろ古来より、神というのはそう言ったものなのだ。お前達の世界にあってもな。神が供物を捧げられて奉られているのは、それは何故だと思う? ……それにいくら大きい力であるとは言え、制御や封印が出来ぬもの。そんなものを簡単に解放して頼るのか? あり得ないだろう?』
「だから説明しろと言ってるんだろうが!」
――時間切れだと言った。そう言って光の消えたリオの目がこちらを見る。
見た目は一緒だが、これはリオじゃ無い。完全に別人だ。
『この娘に身体を返さねばならん。なんの準備もなかった以上時間がたつと不味い。……この娘、自分の体の使い方をわかっていないな。理力も魔力も巡りが悪い、無意識に私を封印しようとしているのか。必要以上によく出来た娘だが、このままでは身体が持たん……』
「――っ! 待て! なにをする気だっ!」
【りおちゃんの身体はいじらないでっ!】
『心配するな。……少々血と、そして気の巡りをよくするだけだ。これで虚弱な体質は改善される。元々持っているパワーは常人、どころか常識さえもはるかに超えるのだからな。それに私の封印はこの娘のパワーとは別物だ、気にすることはない』
「さっき封印がどうとか言ってたろ!」
『私が便乗させてもらっているだけだよ。これは魔導の暴走を防ぐ封印で間違い無い』
そう言うと俺にリボンを結んだ頭を振ってみせる。
「アンタ、一体……」
『かつて神であったもののなれの果て。今はそれで良い。――二人の救世主よ、私とは近いうちにまた会うだろう。その時を楽しみにしているぞ……』
「おい、待てよ!」
【ちょっと待って、まだ聞きたいことが!】
リオの後頭部、やや緩んだ真っ赤なリボンは、何もしないのにひとりでに、――きゅっ。と締まり、リオの身体が、亜里須の腕の中に今度こそ崩れ落ちる。
「亜里須、リオは!?」
「……えと、寝ちゃ、った?」
リオは、抱き留めた亜里須に完全に身体を預けて脱力している。
「大丈夫、なんだよな?」
「ぅーん……。たぶん」
確かに、亜里須に身体を預けて立ったまま。――すぅすぅ。と気持ちよさそうな寝息を立てている。
ように見える。
「飯は食ったんだから、昼寝の時間ではあるか……」
昨日も昼食の後、リオは昼寝してるし。
「そう、……なのか、な?」
「少し早いって言ってたしな」
「それは、……言ってた。ね」
――どうして良いかわからないから、三十分程様子を見よう。亜里須にはそう言った。





