旧フロイデンベルグ邸 Side : Yuri's former companion. " Freja "
「確かに、よく見ると家やら塀やらそこら中にあるのな。たった一〇年で、なんでこんなに木が茂ったんだよ。しかもこれ、よく見るとみんな、家を突き破って生えてるじゃ無いか」
太い木が生え、森の様相を呈しているのは実は家屋や倉庫、畑であった部分なのであり。
道であった部分にはせいぜい背の高い草が生い茂る程度。石畳さえ見える。
街の中心、フロイデンベルグの屋敷へは。そこまで労することなく行けそうだ。
「魔力の暴走だな。……家や塀というものは結界になり得る。零れた魔力が家に籠もって木を生長させ、道には逆のベクトルがかかったのやも知れん。結果、一気に草木を生やして街を隠した、と。……まぁ、儂が隠したかったわけでは無いのだが」
むしろ街並みであれば、保存しておいてユーリに自慢したいくらいであったのだ。
「フロイデンベルグの屋敷が焼き討ちされたから。だから、あふれた分が暴走したってこと?」
「正直に言えば、あの時点で神殿半分も魔力の備蓄は無かったはずなのだが、人の気が魔力を生成し、街が魔力を“自身で集めた”のやも知らんな」
なにも、かの事件で思いがけずに命を落としたのは。フロイデンベルグに関わりのあるものだけでは無い。
さらには襲撃者達が“落としていった”、人をさえ殺そうと言う激情。
最新の研究によれば。条件が揃えば人の念は、純度は低いが自然よりも“火力”の高い魔力を生む。
この有様を見ればその研究は。なるほど、そこまで間違ってはいないのだろう。
「わからねぇ話だな。じゃあ、戦で使ってる魔力は“自分達”が生み出してるってこと?」
「それこそわからんが、一概に有り得ない話とも言えんのだ。確かに大きな戦のあった近辺では、魔力生成量が大きく上がる時があるのだよ。――うむ、カタチは残っておるな」
「ここが、……そうなのか」
焼け焦げた外壁、全ての窓が破れ只の穴となった壁。
天井を突き破って、天をつくような巨大な木が数本生えた大きな屋敷。
「……そう。ヴァナディスの、フロイデンベルグの一党が殺された屋敷なる」
「こんなところ、と言ったら語弊があるかもだけどさ。……でも、なんでわざわざここに来たかったんだ?」
「歳を取らぬ儂だとて、区切りはつけねばなるまいよ。……見ておったろう? 過去に縛られる亡霊は先日。お前も見た通りに本懐を遂げて滅した」
首から黒革のチョーカーを外す。
我が一族への弔意の印。
郎党を守れなかった無能な長の印。
仇討ちの徒としての印。
死人であることの印。
そのチョーカーを湯浴みの時以外で始めて、外した。
「首輪、……じゃない、えーと、そうだ。チョーカー、ってんだよな? それ」
「女子の装束など良く知っておるの。二〇年も経つと変わるのぉ。……さすが女子ばかりを拾い集めて周りに置いておると、違うものよな」
この男から、そんな単語が出ることがなにか可笑しい。
戦闘に関係のないアクセサリーになど興味がなかったはずだが。
もっとも。今は全員、訳ありとは言え年頃の女子だけを拾い集めて、手元に置いている彼だ。
ならば、その辺は自然に覚えてしまうものなのかも知れない。
「あげても居ない足を取るな! ――だってお前、それは……」
なるほど、法王から何か聞いておるか。
「……先日、ヴァナディスと言う名は死んだ。この世より完全に消え果てた」
「言ってることが……」
「ならばもう、なつかしの我が家へと帰してやっても良かろう。と思うてな」
チョーカーを家に向けて放り投げる。
変に上手く飛んだそれは、リビングの窓だった穴へと吸い込まれ。消えた。





