旧東都 Side : Yuri's former companion. " Freja "
「ところで。なんで自分の魔導を阻害するなんて封印を張ったんだ?」
「神殿の中では襲われにくいからな」
ユーリは、今ひとつ納得していない顔をする
これしきでユーリを誤魔化せるわけは無かった。
伊達にJJに詐欺師呼ばわりはされていないのだ。
他人の誤魔化しなど即座に気がつく。相変わらず面倒なヤツめ。
「そこじゃねぇよ。……逆に自分だけスルー、って言う封印が張れるんじゃ無いかって話なんだが?」
「法王に、できれば荒事は避けてくれ、敵討ちも止めないが、おおっぴらにはしないでくれと言われていてな」
止めない、と言うから。暗殺者ばりに。闇討ち不意打ち卑怯討ち。
一〇年で二〇〇人以上を“燃やして”きた
「法王も、そこは止めろよ……」
「なので結界は自重のため。おのれを見失わぬように、だ」
フロイデンベルグは貴族。
ならば敵討ち自体は、名乗りを上げれば合法の範囲内。
普段偽名を名乗っている。と言う灰色の部分は残るがそれはおく。
とは言え、王都内でリミッターも無しにことを成せば。
自身の気持ちを抑えきれずに、先日のようなことになりかねない。
そういう自覚はあった。
結局、結界に穴を空けたところが大惨事。
謁見の間は修理再建、となってしまった。
「知ってのとおり、人に倍して堪忍袋の尾が短い。それを自覚しておる故のことであるよ」
「一〇年以上あっただろ!? 普通にそっち直せよっ!!」
ただの復讐鬼となっては意味がない。
一人一人、理由を告げてから殺す。闇討ちであるのに面倒くさいことこの上ない。
それを二〇〇回以上など、阿呆では無かろうか。本人ですら思った。
だがその無意味にも思える行為も先日、終わった。
「うむ。……大きいのはあの男、法王よな。……命や食事のみならず、名を無くした儂の立場までをも保証してくれようというのだ、いくら気ままだとて、言うことを汲もうとは思うさ」
「まぁな、飯は大事だ」
身もふたもない言い方をするものだ、と思うがそれが事実だ。
事実上、10年以上にわたって法王に喰わせてもらってきた。
こちらから渡す見返りが無い以上、言われたことくらいは守ろう。
意外にも。それを思う程度の殊勝さはあった事に自身で驚いたほどだ。
「喰えねば死ぬからな。みっともなくも、死にたくは無かったのだ」
我が子等の仇を討つまでは、と表面上思って居たがもう一つ。
――たった一目で良い、ユーリにもう一度会うまでは。
と言うとても人には言えない、普通の女子の様な理由もあった。
約束とも言えない彼の言葉。
――約束しないけどまた来るぜ、……今だけ一旦、お別れだ。
なにしろ異世界と行き来しようというヤツなのだ。
何処に。は、もちろんのこと。
いつ来るか、などわかったものでは無い。
その言葉を約束として履行できるのは、時間の関係の無い自分しかいない。そう思った。
いくらこの男でも、誰も知り合いの居ない世界に放り出されてはたまらないだろう。そう思った。
だから。地を這おうが泥を啜ろうが、死ぬわけには行かない、そう思った。
一〇年前のあの日さえ、自死を選ぶことは。
その約束が優先されて、出来なかったのだ。
まさか約束が叶うなどと、露とも考えていなかったくせに。それでも。
愚直にその約束にすがって今日まで生きてきた。
人は約束を守るものなのだ。
特にあの男は常にそう言っていたのだから。
と自分に言い聞かせ、自身を欺し続けてきたのであるが。
苔の一念とは良く言ったもの、なんでもやってみるものだ。
先日、ついにその想いは意外にも叶うこととなったのだから。
一度も口に出したことなどないが、それでも法王は気がついたうえで直接は言わない。
昔から細かくて嫌みたらしい男なのだ、アレは。
「何処まで行くんだ? この先はもう森しかないぞ」
「その森の中心こそが、六代二八〇年続いたフロイデンベルグ最後の工房。……その跡地であるよ」
「そうか。森の中、な。……亜里須もそんなこと言ってた」
「……モリガンもそうだが。アレも、無駄にものを知っておるな」
久方ぶりに東都の入り口に立つ。
今のランドで、一番来たくない場所であり、どうしても来なければいけなかった場所。
そこへと、ついにやってきた。
本来は一人で来なければいけないのはわかっていたが。
一人で来るのが恐かった、とは。
臆病者だと自分で知ってはいても、それを肯定するのはなかなか難しい。
ユーリにも立ち合って貰いたかった。
もちろん、一人で過去と向き合うのはは怖いからだ。
「うぬがいなくなってのち、嫌われ者の儂が一人で、たった一〇年で、ここまでの街をこしらえた。うぬに本来の姿を見せたかったほどであったのだぞ」
自分に対する言い訳は、なんとか用意することが出来た。
燃やす以外に能のない阿呆としては、上出来の部類だろう。
――そう。この森、全てが街だったのだ! 少し誇張して言ってみる。
「へぇ、そう言われると。……たいしたもんだなぁ。森になってるトコ、全部だろ?」
見栄をはりたい、ふざけたい、などと。そんな感情がまだ残っていたとは。
いや、蘇った。と言うべきか。
三人で居た時は、たった一月ではあったが、毎日こうだった気がする。
「そうか、ここが……」
「領主であるヴァナディスは先日、この世より消え去った故、儂。フレイヤが代わって案内をしようぞ」
入り口など無い様に見える森の外縁、かつて馬車道であった部分は草に埋まっているが、木は生えていない。
そしてかつて住んでいたもので無ければ、そんな微妙な違いなどわからないほどに草が生い茂り、木が枝を伸ばしていた。
「ユーリよ。我が街、東都へようこそ」





