王都外縁 Side : Yuri's former companion. " Freja "
早朝。周りの風景は漸く、オレンジ一色から色を取り戻しつつある。
王都の東ゲートから約一リーグほど。
かつて東都と呼ばれた場所へ向け。
何もない草原を、ユーリと二人で歩いている。
「お付きが誰もいない、と言うのも珍しいな。……確かに来てくれるなとは儂から言ったのだが」
「リオは朝から夕方まで立て続けに三本、儀式があるんだって。……それはフレイヤは知ってる、って言ってたぞ」
「聞いておる。……なにしろ必要以上にエラくなってしまったからな。儀式の仕切も仕事の内ぞ。……儂が神官でなくなった影響もあるので、そこはあまり上から物を言える立場でも無いが」
見てくれはお互いに変わった。……らしい。
彼は少し若くなって、見た目はかえって好ましいものに変わった。
“始めて再開”した時に、つい口に出してしまったほどに。
らしい、というのは自分のことだ。
こちらも少女として、多少は体も成長はしたのだろう。
自分では気がつかなかったが、彼がそう言っていた。
「レイジには、お前と一緒だ。と言っても、――王都の外には出ないで下さい! の一点張りで大変だったが」
「まだメルカが世話係の任を解いておらぬか。修行中は所属大管区の外には出られぬ故、目の届かぬところは困る、と。……必要以上に真面目なのも考え物であるな」
それだけでは無さそうだ。と言うのは、一〇〇年以上にわたって人を見てくるとわかる。
だが、可哀想だが“そう言う意味”ではユーリには目は無いぞ。
これはいかにもな女、しかも胸の大きなものにしか興味がない。……昔から。
何をしようが文句を言わないはずの自分の一行。
それにまるで手を出す気配がないのは、興味の対象外だからだろう。
昔からこの男、自分の好みには一切の妥協が無い。
胸が無いものと、そして胸はあってもあの獣人はまだ娘とさえ言えまい子供。
アリス以外は自分が手を出すことの無いように、と。わざと侍従として選んだ。とも思えるようなメンバーなのである。
性的な趣味や趣向というものはそうそう変わるものでは無い。
それに気がついて魔導で、せめて背だけでも大きくできぬものか。
そんな無駄なことに悩んだ夜もあった。
……だいたい。
過去を思い出すに、忌々しいことだが東の小娘、メルカ=アナベル。
あれこそがまさに、かつてのこの男の好む女性像そのものであった。
その辺。一〇年経って見た目さえ変わった今は、どうなのだろう。
「他の三人はどうしたか? 普段なら意地でも付いてきそうなものだが」
「アテネーは掃除と称してモンスターの駆除を頼まれたらしい、ニケは戦士長と鍛錬。モリガンは……、なんかルル=リリさんと話があるって。――全員、今日はフレイヤに任せる、とさ」
「主人側だがアリスは良いのか?」
「いいもわるいも、この時間ならまだ寝てるよ」
彼が、体のことについてなにか言おうとしたところで、アリスに小突かれていたところを見れば。
ここ100年、代わり映えしなかったので意識はしなかったが
確かに多少は女性の体に近くなったのかも知れない。
言われてみると。背丈だけに限れば何故かここ2,3年で多少伸びた。
胸や尻もそれなりに出てきた気もするが、そこまで大きくなっただろうか。
メルカ=アナベルとは比べるべくもなく、乳あてなどそもそも縁がないのは変わらない。
生まれてこの方、一二四年。未だ月のものさえ来た例しがない。
「モリガンはまだ怒っておるかや?」
「お前に対して? ……あいつは誤解されがちだけど、そう言うヤツじゃない。表面上はともかく、同情してるんじゃねぇの?」
モリガンは見た目と違って、色々と感じやすい性質だろうとは、少し話してみただけでわかった。
なにがどうしたものか。
あの偏屈で頑迷で、どうしようも無く性根の腐りきったルル=リリでさえ。
彼女のあり方を心配して、心を砕いているくらいなのだ。
なにしろあのようなタイプはユーリには扱いにくいことだろう。
悪いことには他の二人と同じく、ユーリに絶対の忠誠を誓っている。
ユーリが扱いをどうしたものか、困っているのは聞かなくてもわかる
「だが、同情されるというも、それはそれで素直には喜べんな」
「それは俺の言い方が悪いかも、だ。……変態だが心はある。と言ったら伝わる?」
変態を大真面目にやっている。と言うものにも始めてあったが、考え様によっては好ましくさえある。
本人は大変だろうが、なにを思ってそんなことをしているものか。
「はっはは……。むしろわからんわ! ――なるほどな。アレも複雑であると?」
「自分のことはあんまり話したがらないからさ、詳しく聞いていないけど。……育ててくれた父親とは、微妙な感じだったらしい。ってトコまではなんとなく」
「半端者である以上、幸せな家庭などと。……それは有り得んとは、同じく半端者である故、儂もわかるがな」
遙か昔……。
ある少女は、さる事故から市民を守った大英雄として喧伝されながら。
しかし破壊の神のごとく畏れられ、その市民達からさえ距離を取られた。
父母をその事故で失った彼女は、インコンプリーツであったが故に、後ろだてになってくれるものさえ無かった。
弟を守るため、魔導に没頭し、それを金と地位に替えつつ。
――お前には迷惑だろうが、邪魔が入らぬは研究が捗って良い。
弟にそう言ってみせる以外、なにもできなかった。
本当に大事なかわいい弟だったのに、だからこそ距離を取るしかなかった。
あの当時、世界でただ一人、姉と呼んで慕ってくれた弟。
姉よりも数段早く歳を取り、寿命を迎え、少女の姿のまま。看取った。
だからこそ。
人生で唯一守りたかった彼の血脈、それも目の前で全て灰になって散った。
百年前から何も変わっていない。人も、世界も……。
「本人はともかく、家族のことは。なぁ……。アレも苦労をしたのだろうかな」
「ん? なんだ?」
「あぁ、おほん。……なんでも無い、こちらの話だ」





