むかしむかしのお話(上)
「どうか、しましたかな?」
本編にも出てこないし、音声ドラマだって無い。アニメになってるわけでも無いけど。
ゲームのキャラなんだから本来、声があるなら声優がいるはず。
つまり。……多少、歳を取ったくらいでそうそう変わるわけが無い。
さっきのジジィ神官の言っていたことを思い出す。
――むしろあなたの方がよくご存じのことでは?
なんのことかと思って居たが。
フレイヤの時と同じだ。
ゲームには出てこないんだけど。俺の記憶の中にはその声がハッキリとある。
つまり、法王の声には“聞き覚え”があった、
「……聞いた声だな。――俺が良く知ってる、なんてさ。……なるほどね」
そして当然、見た目。
俺が知っているのは多分二十代後半。今だって五十前ならそこまで変わるわけは無い。
ラビットビルとしての記憶が一気に蘇る、と言うかさらに今も書き込まれてる、と言うか。
「確かに良く知ってたわ。……信教からクビになったって、自分で言ってたじゃねぇかよ。まさか法王になってるとは驚いた。――だいぶおっさんに磨きがかかってるが。……あんた。JJ、だよな?」
「放せ、放さんか! 乙女の身体をなんだと思っておるのだ、この変質者がっ!!」
窓から飛び降りる俺。嫌がるフレイヤ、いやヴァナディスを小脇に抱えた大柄なおっさんが続く。
「国のためとは言え、誘拐だぜ? こんな事して、良いのかよ?」
やたら良い声が隣から応える。
「言葉を間違えるな、人聞きの悪い。……これは軟禁状態からの奪還だ」
「へへ……、国を憂る神官様は言うことが違うぜ」
「な、神官となっ!? なれば尚のこと儂を放せ! 民草の治安を護る立場のものが、見た目だけとは言え少女を略取するなどと、いったいなんのつもりであるのか!!」
「悪いな、ヴァナディス・フロイデンベルグ。後で説明する。――JJ、真面目に神官はどうすんだ?」
「こんな無益な戦は一刻も早く止めねばならんのだ、手段を選んでは居られない! ――貴様のような小狡い詐欺師と同行するのだ、神官などできるか! ローブは脱いで来たと言ったろう!」
「誰が詐欺師だっ!」
「この場に、貴様以外の詐欺師がいるとでも? ……神官はクビになったよ。今や治癒魔法の使える、ただの力持ちのおっさんだ」
――わはは……。彼は走りながら豪快に笑った。
「――ヤバいぜJJ、少し急げ! 思ったより結界範囲が広い、ここまで来ても、まだ転移陣が使えない! もう敷地の外に出るよりほかない!」
「事前に調べたのは貴様だろう!」
「ちゃんと調べた、サボってるみたいに言うな! ――おとといより広くなってる、つってんだよ!」
「私が知るか! いくら少女とは言え、人一人担いでいるのだ! 外壁まで半リーグはあるんだぞ! 簡単に言うな!!」
「うぬらは一体、何をしようとしている……!」
「我らは広がる戦火をくい止め、人々の暮らしを救済せんとするもの!」
「あまり巫山戯ていると燃やすぞ、下郎っ! その様な立派なことは、薄汚い手を放してから言え! ――しかも儂の魔導を限定付きだろうと封印するなど、うぬらは何者ぞ! 儂をどうするつもりか!」
「へへ、魔導発動条件にはちょっとしたバグがあるんだよ。修正前のバージョンで良かった。――くそ、予想よりだいぶ早く気が付いたな……。JJ止まるなよ? 追っ手がかかった!!」
仕込んでおいた魔導封印の前を、人が横切った気配。
つまり俺達を追ってきている者が居る。
「……なんと! 儂の魔導を封印したのみならず、この敷地の結界内で、追跡検知の術式を構築、展開して実際に起動させるだと!? ……本当に何者だ、うぬら!」
――言う程たいしたものではないけれど。
まぁ確かに。ちょっとした“チート”を使わないと、普通の方法では術式の展開も出来ないんだよね。
「我らはまさに申し上げた通りのもの。……あえて一つ、偉大なる大魔道師ヴァナディスに問う! 法国も帝国も無く、無駄に広がった戦禍にただただ飲まれる民! 慈悲の魔女の銘を持つあなた様のその目には、果たしてなにがどの様にうつり、それについてなにを思われるっ!?」
女の子を担いで走りながら、そう言う問答をするなよ。
しかもその、自分の抱えた女の子に対してだぞ。
ドンだけ気力と体力に余裕があるんだよ。
「……言いたいことの理解はしよう、理解はするが、だが神官。儂にできるは力押しのみ、それだけで。いや、それしかできぬこの儂に、一体なにをなせと言うつもりかっ!?」
「さっきも申し上げた、私はもはや腕力だけのおっさん。……そのただのおっさんと、権力を毛嫌いし、どの勢力ともくみしない正義感だけのヌケ作。この二人と組んで世界を救う、これを手伝ってもらいたいっ!」
「たった……。たった三人で、だと……!?」
「二人だけではちょっとだけ、足りなかったんだよ。……具体的には魔導が」
当面の敵は魔導帝国だからね。
一応、やってはみたけど。魔導ゼロではなかなか大変なんだよ。
「別に教皇様や魔導皇帝を倒すというわけでは無い、戦禍を食い止め、なにもできぬ人々の助けとなる。……それだけとなれば、癒やしの業の使える私、腕の良い剣士でありながら小細工と口車だけで戦場を渡るこの男、そして慈愛の大魔道師と誰もが崇めるあなた様。三人も居れば十分。そうではないですか?」
「たかが三人で戦を止める、とでも言うか? 頭。頭がな、おかしいぞ。……うぬらは」
「おかしいヤツが動かなきゃ、世の中は変わらねぇ。――それともなにか? 気まぐれで三,〇〇〇人を救った英雄のくせに、忌み嫌われて軟禁されて。それでも戦争の行くすえ、人の生き死にを気にしてるお前が。……自分はマトモだ。とでも言うつもりか? ――誰が見たってお前の方が、俺達よりも数段おかしいんじゃねぇの?」
「は、はっはは……。理想論だけで走り回る莫迦者達は嫌いでは無いぞ。儂も同じく莫迦である故な。――もう暴れぬ、一度ここで降ろして封印を解け。……そこな剣士。追っ手がかかったは東の館からであろう? なれば足止めは任せよ。丁度、軟禁生活にも飽いていたところだ」
「いや、でもあんまり派手なのは。一応世話をしてくれてた人達なんだろうし……」
「わかっておる。剣士よ、何故、儂が炎以外の魔導を使えぬと思うた? 儂を誰だと心得てあるか。いくらでも手は有るわ……」
大莫迦三人組は、その日から停戦調印の日まで、行動を共にすることになった。





