白と黒
「ご謙遜、だな。助祭レラ様。……私など、多少早く動ける程度。後は何も無い」
一方のアテネーは、俺とルル=リリさんの真ん中に入って、表情がピクリとも動かない。
「あたしに様など……。それに暗殺なら手数の多さも重要だ。キミ達は二人共、実に早いし、できることの幅も広い。実質はあたしよりも数段、強いさ」
どうやらアテネーは、警戒態勢を解いていない。
しかも、珍しいことに自分では敵わない。と思ってるっぽい。
ルル=リリさん、やっぱり規格外に強いらしい。
「それにこんなことで、レイジの手を血に染めるわけには。これは絶対に行かないからね。……メルカ様の大事な秘蔵っ子、後に法国の旗印にさえなる器だ」
ルル=リリさんはそう言いながら、足元に落ちていたヴェールを拾うと軽く埃を払って被る。
黒い布をおろし、六つの瞳も見えなくなると。レイジの方に向き直る。
「まぁ、さっきもそうだが。見た目とは逆に、なにしろこの子はすぐ頭に血が上る」
「あ、あのぉ、ルル様。それはその……」
「レイジでもキマリが悪い、なんて事はあるのだね。ふふ、うふふ……」
実は、さっきも本気でブチ切れてた、と言いたいらしい。
レイジは冷静に怒るタイプか。それは一番恐いな。
「ふむ。私にはそうは見えなかったが」
モリガンでさえ気が付かなかったらしい。俺にわかるわけが無い。
「正義感が人一倍、それにまだ十四だからね。悪事を看過できないのだ。その上今回は友人が巻き込まれた。――間もなく感情も、理性さえ。完全にコントロールできるように成るだろうが、だから。今はまだ、見ておいてやらないといけないのさ」
                                                                           
「……コントロールできた気で命を落としては。それでは元も子もないぞ」
「ですがわたくし、そういうつもりは……」
「わざとでないならなお悪い、と言っているつもりだが? ……だいたい、のちに話し合いの時間を取れ、と言ったのは自分だろうが」
こっちはアテネーと、近寄ってきたヘカテー。
頭が固い上にわりとキレやすい同士が、それでも穏便に話している。
しかも今回、ウチのアテネーさんはブチ切れもせず、とうとうとヘカテーに命を粗末にするな。とといているようだが。
そしてそれをうなだれて聞く上級神職の服を着たヘカテー。
なんなんだろうな、これ。逆じゃねぇの?
「私にもお前と話すつもりはあったから、だから怒っている。……必然、話すことだってあった。と言っているのだ」
「アテネーさん、あなたは……」
「約束がある以上、勝手に死なれては迷惑だ。神職なら少しは考えろ」
「その、私は……」
「いいや、このまま言わせてもらう。――私を嫌うのはかまわん、だがその為に時間を使うな。そうなら私の存在など無視しろ。……そしてその時間で人々の救済を図り、くだらない体制に叛逆し、理不尽な概念を粉砕しろ。お前にはそれができる器量がある」
――あぁ。前にも言ってたな、それ。気に喰わないとか言いながら、意外とヘカテーのこと、気にしてんのな。お前。
「お前と私は表と裏。お前のできる全て、それは。……嫌われ、殺し、壊すだけの私には絶対できないことばかりだ」
「なぜあなたが、わたくしにそのような……」
「簡単だ。ここ暫く、我が主殿を見てきた私は知っている。できないことはできるヤツに押しつければ良いのだ。――知識というものは、必要な人間に伝えねば意味がないから。だからお前には、これを是非教えようと思っていた」
「ちょ! アテネー、お前!」
まさか流れ弾がこちらに来るとは!
「あっはっは……。主殿も意外と狭いな。もちろん冗談だから気を悪くするな。――だいたい、主殿は私のできることなどは全て自分でできてしまうのだからな、侍従としてはこれほどタチの悪い主人もそう居ないぞ」





