フロイデンベルグの亡霊
「……えーと、フレイヤは……」
【では、さっきのモリちゃんの話は、アレはつまり……】
「そう。あの一番エラそうなジジィ、なんならあそこの全員が。そのフロイデンベルグ家襲撃に関わってたんだろうな。――少なくてもモリガンの当たった資料にアイツの名前が有った、ってところまでは間違い無い」
現職の高級神職の名前は全部覚えてる勢いだが。
アイツの頭の中はどうなってる……?
白夜の遠眼鏡、なんて呼ばれてるのは伊達では無いらしい。
躁糸の蟲使いと言い。なんか二つ名だけはやたらカッコいいな、アイツ。
【敵討ちしたいけど。法王様に拾ってもらった恩義があるから、中央大神殿の中では自分から騒ぎは起こせない。だからあえて謁見の間で騒ぎを起こすように、モリちゃんをけしかけた……?】
「で、モリガンも薄々わかっていながら、いつも通りに“面白そう”。くらいのノリで話に乗った。――そんなとこなんだろ? ……モリガン」
「いいや。今回の私に限って言えば、マイスターの扱いに文句があったのみだ」
「逆に言えば。だからこそモリガンを良いように出来た、とも言えるのではないか? 端的に言って、謀でモリガンをわざわざ使おうとするならば、それは良くも悪くもメルカ様くらいのものだ」
――確かにロリババァだけど、そう言うのは苦手だったよな。アイツ。
「貴様ら! 我らを愚弄するのも大概に……」
「自らに益のないものはゴミとして扱う。自身の流儀で扱われてそんなに不服であるのかや? ゴミ以下の塵芥の分際で。――中央大神殿法務院内総士長。いいや、今や神に反逆せし異端の者。であったな? ……ジルジット・アテレアドよ」
「なんのおつもりか。エッシェンバッハ卿」
「まぁ確かに。いちいち殺した人間の顔など覚えておらぬわな。だが“殺された”側の人間は当然に覚えておる。中央で貴様の顔を見たときは、衝動を抑えるのが大変であったのを、まるで昨日のことのように思い出すぞ」
「殺した……? まさか、貴様。……フロイデンベルグのヴァナディス、だと!?」
「おうとも! 神殿の沙汰も経ず、勢いだけで神職に殺されたフロイデンベルグの亡霊、それこそが儂であるのさ! 前法王失脚の原因でもある。自覚もあろう! この後に及んで言い逃れなどは聞かぬぞ!」
「……生きていたのか、ヴァナディス・フロイデンベルグ」
「我が子らの仇を取るまで、死ねるものかよっ! ――ルル=リリ、ヘカテー! 封印を緩める! 場に留まるなら防御の術を展開! 騎士巫女アビリィ、イースト准礼拝士長の両名は、急ぎこの場を離れよ! …………警告はした、あとは知らぬぞ!」
―― 魔導発動封印、超限定解除! 彼女がそう言うと部屋の中の空気が一気に変わる。
「大神殿の封印を部分的に切りとるだと!?」
「誰が張った封印だと思うてある、この程度は当たり前の範疇よ! 亡霊だというなら尚のことであろうさ……! 全力で、灰も残さず燃やし尽くしてくれようからそう思え!」
「……貴様は、この手で確かに止めをさしたはず!!」
「ここ十年来、うぬらには顔を晒してきたが、誰も気が付かんとはな。ヴァナディスは公言する通りに得意は炎であった。うぬの炎程度で焼き尽くした気で居るなど、まさに笑止に過ぎるわ!」
余裕の笑みで神官に対峙するフレイヤ。
「だが。我が子らは、違った。うぬ如きの力で十分であったのだ、うぬ如きの力でな……。なんという理不尽、哀れで不憫であったことか……!」
笑みを浮かべた表情は変わらないが、フレイヤの頬に涙が伝い始める。
「その後の保証が有るでは無いが全員に、せめてこの場からの逃亡を許そう。儂を出し抜ければ、の話だがな。……何人集まろうがゴミはゴミ、一〇人纏めていつでも逃げて良いぞ」
その言葉を聞いて巨大なフレイルを持った一人がフレイヤに飛びかかるが。
――パチン! 指が鳴った瞬間に飛びかかるカタチのまま燃え上がり、炎が消えるとフレイルもその姿も、一握りの灰になって床に落ちた。
「逃げろと言ったに。……阿呆が」
「せいぜい麦粒程度の炎で人間を跡形も無く……。姉御、今のはもしかして。ファイア、なのか?」
「私にもそうとしか見えなかった。お前の言う通り、ファイアだとは思うが。……しかし、なんと言う速さ。発動の瞬間も発動点も、まるで見えなかった!」
「ホントにフレアでさえ無い、だと……? なんてパワーだ……!」
この二人にはそれでも魔導の火が飛んだのは見えたらしい。
お前らも大概おかしいと思うぞ。
でも。この二人が揃って本気で驚いている……?
フレイヤは握っていた手袋を、――ばさっ! 神官に投げつける。
「その上で。ぬしとの戦いは決闘だ、逃げることは許さん。我が一族の誇りをかけた戦い、受けて貰うぞ……。お互い炎使い、相手を燃やした方が勝ち。……は、はっはは。シンプルで良かろう?」
フレイヤは流れる涙を拭いもせず、凶暴に微笑んだ。





