正義の刃
話の中にアテネーが、たまらず、と言った感じで割って入る。
「待て、ヘカテー! 話はわかるがアイツ等は強い。お前が弱いとは言わんが、だからといって勢いだけで勝てる相手ではない! そちらの助祭様と共闘して頂いた方が良い! 私達も手伝う、早まるなっ!!」
ヘカテーと自分。実力ほぼ同じなのはわかった上で、ヘカテー一人では勝てない。と踏んだんだな。
――でも、犬猿の仲だったろ? いつ仲直りしたの? お前ら。
「中央で数年、修行をしてきたのです。当然知っています。……ですが」
ヘカテーは切っ先を神官へと向けると、目だけをアテネーとあわせる。
「正義を背負いし刃の力、これを知らしめる良い機会でありしょう。……それに。わたくしにとっては贖罪の機会を与えられた、と言うことでもあります」
「建て前だけで強くなるなら、そんなに楽なこともない! それに私ならともかくも、巫女としてやってきたお前が、今更贖罪の必要など……」
「このような下銭の者どもに傅き、あなたたちに同じ事をしてきた……。罪は充分、罰として命をさしだしても足りない中、贖罪の機会を得られた。僥倖です」
目線がアテネーから神官へと戻る。
「わたくしが、力及ばずこの場に果ててもそれは罰。その後のことは助祭レラ様もいらっしゃる。アテネーさんへの暴言もそれで無かったことにして頂くと……」
「甘い、手緩い、あまりに脆弱っ! なんのつもりか、助祭ヘカテー! ……いつまでモタモタと何をしている! 誰もやらんと言うならば私がこの手で全てを、切るっ! そのものら全て、この場にて間違い無く処分せねばならん! 沙汰が降りていると言ったが、ならばこれは遂行すべき義務なのだぞっ!」
キンキンとこだまする女性の声。
「私事の入り込む余地など、どこにあるかっ!」
こんな台詞を大音声で言い切る人には一人、心当たりがあるな。――そうだろ?亜里須。
「エリザベート・アビリィ、推参っ!! ……アリィ様、遅れました。申しわけの次第も御座いません。――御身にお怪我なぞ、御座いませんでしたか!?」
「……リズねぇさん!?」
「大巫女アビリィ殿!? し、しかし、既に異端のものはわたくしの責任において打ち倒せ、と上の決定が降りて……」
「先の話とは矛盾するがな、助祭ヘカテー。――私個人の思惑とも一致している以上は、もはや上の意向などどうだとて良いのだ」
アビリィさんは腰の長剣に手をかけたまま、姿勢良く俺達の前に歩いてくる。
「この身はアリィ様を護る一振りの剣、アリィ様に害をなすもの全て、切り刻み、粉砕し、打ち倒すことこそが今の私の生きる意味。――助祭ヘカテー! 私が巫女である事が不敬であるというならば今、ここで! 巫女の服など脱ぎ捨てる所存だ!!」
そう言って、――ばさぁっ! ケープと羽織を、脱いだその場で放り投げる。
巫女の役目ごと象徴である服を脱ぎ捨てた、とも見えるが。神の紋章がデカデカと彫り込まれた左胸を覆う胸当ては外してない。
騎士巫女の制服みたいなものだが。鎧風、というか明らかに剣の打ち合いを想定した装甲でもある。
さらにアレには若干だけど、魔導防御の効果も付いていたはず。
これは防御力はそのまま。口上で惑わしつつ、実は動きやすくなっただけ。
当然、さっき分かれたときにはつけていなかった、すね当てや籠手も装備しているし、いつの間にか右手には抜き放った剣もある。
上着を脱いだ腰にはもう一本、予備の剣。腰の後ろにも結構な刃渡りのナイフがベルトに付いている。
ルル=リリさんもそうだが、やたらに戦い慣れしてる。
……この二人はそもそも、俺達とはレベルが違いすぎる。
「ヘカテー! 我ら侍従は三人、そちらは四人。10対7なら3人余る、残りは早い者勝ちでどうだ? 私達も主殿を利用する、と公言する輩を黙って見過ごすわけにはいかん!」
――それに、だ。アテネーはゆっくり歩いて、ヘカテーの隣へと位置を変える。
魔道師はルル=リリさん、物理的攻撃をしようとするものはアビリィさんが牽制して動けない。
この二人の実力はみんな知ってる、と言うことか……。
「お前が意味も無く立場を悪くする必要は無い。この場の悪人とすれば、私とモリガンが居れば釣りが来る。――不合理な既成の概念と、世間の理不尽。これに命がけで反逆する巫女。……それこそがお前の二つ名、叛逆の白巫女の、これが本当の意味であるのだ。だから……!」
――死にたいというならその時は、この手で素首落としてやる。ためらわずに私に言うと良い。ヘカテーと並んだアテネーは、彼女が床に捨てた仕込み杖のさやを拾って手渡す。
「アテネー、さん……?」
「それと前言を一つ、撤回する」
「まだ何か……」
「無理をするな。上の命令は即時拘束せよ。だろう? お前はここで人を殺めた場合、罪に問われる可能性があるのではないか? ……レイジくんも同様だ、そこから動くなよ? ――モリガン、これで良いのだな!?」
「あぁ、本当にここで決着をつけたいヤツが、別に居るんだよ。――さすがの私も思い出すのに時間がかかったが、確かにそこのジジィの名前はあった。……間違い無く関わっていた。当時からエラかったんだから指揮を執っていたのかも、な……!」
――久しぶりに頭にきた。この私を良いように使いやがって……! 毒づきながらモリガンは戦闘態勢を解除すると、ポケットに両手を突っ込む。
「もう舞台は完全に整った、見てたんだろ? とっとと出てこいっ!」





