“設定”の裏側
「……今より十年前の話ぞ」
「そうか、貴族排斥運動で……」
「その後は法王が面倒をみてくれておるから、儂が喰うには一切困らなんだがな。……ただ、何も知らぬ幼子達までもが。ただただ、フロイデンベルグの家に生まれたと言う、ただそれだけで……」
「弟の、孫? ……ひ孫、になるのか?」
彼女、フレイヤは歳を取らない。いや、もの凄く歳を取るのがおそい。
第二次成長期の爆発的な成長。これを実感するのに一〇年以上かかるのだ。
“知り合って”から約二十年経つが、出合ったときの見た目は完全に小学生だった。
その彼女に、自分の子供が。ましてや孫なんか、居るわけがない。
「そうだな。だが全員、儂の可愛い子供達だったのだ。……目の前で蹴殺され、焼き潰さるるを見ながら儂には何もできなんだ。できなんだのだ、ユーリ。……何故で、あろうな」
「それは……」
当時の彼女が怒りにまかせて、後先考えずに魔導を発動すれば。
多分法国の、いやランドの1/10はそれだけで焦土と化したはず。
防衛や復旧を行う軍隊は国を問わず、全土で疲弊し数も減っていた。
それをしなかったのは、無意識に民衆を守ったんだろう。
ただ貴族さえ倒せば生活が良くなる、と信じて疑わない民衆達を。
「我が身可愛さに、居間の法王に助け出されるまで小さくなっておるしかなかった」
「多勢に無勢って言うしな。自分から死ぬようなことはしないでくれて良かった。……俺は絶対、死ぬよりは生きてる方が良いと思うぜ」
もっと言えば。
法国帝国の別を問わず、同時多発的に運動が盛り上がった。と言うのが設定だ。
その設定に引きずられたからこそ、彼女は何もできなかった。とも言える。
貴族の数は半減した。とは設定にあっても、貴族の反撃によって、ランド全土で多数の死傷者が出た。とは書いていないからだ。
ヴァナディス・フロイデンベルグは、目の前で身内を殺されてなお、“設定に引きずられて”なにもすることができなかった……。
「いや良いのだ。……リオもあの時は親御様や兄上様を亡くしたのであったな、儂ばかりが被害者面ですまなんだ」
「まぁ正直。詳しくは覚えてないんで、その辺はあんまり」
そこは、リオ本人と一度話したことがあるが、家族の記憶だけがすっぽり抜け落ちているのだそうだ。
リオのためにはむしろ良いことだとは思うが。
でも、……こんな都合の良い話があってたまるか!
もしも両親の顔を思い出したら、ウチの父さんと母さん。それと同じ顔をしている可能性がある。
それならきっとお兄さんだって、俺と同じ顔をしているはずだ。
俺がランドに来たことによって時間が歪んで捻れて捩れて、歪んだキャラが生成された。
それがリオだ。というのはほぼ間違い無いと俺は思っている。
じゃあ現実の里緒奈はどうしたんだよ! とも思うが。
目の前のリオに責任はない、そう言う意味ではむしろ被害者なんだから。
「フレイヤ様は、その、……生まれのこともあるし」
「蛇女を母に持つインコンプリーツのヴァナディスは、あの場で死なねばならなかった。法王に言われるまでもなく、良くわかっておるよ。お前が気に病むことなぞ何処にもない」
「でも、虫人が上級神職になれてるくらいだし、差別とかそう言うものは,今の法王が即位してからはあまりないんだろ……?」
ヴェールから黒い布を降ろし、顔を半分隠して歩いている巫女さんを何人か見た。
モリガンに聞いたらアレは虫人の神職で、特徴である複眼を怖がられるので、見えないようにしているのだ。と言っていた。
巫女はもちろん。司祭級の服を着た人が、メルカさんと一緒に居るのも見た。
差別なんてある訳が無い。
「王都東教区は、あのメルカ・アナベルが管轄であろう? アレは娘子のときから変わらず、種族間の差別にはどこまでも否定的であったよ。――城下のものの考え方も必然、影響を受けようものだ。とユーリは思わぬかえ?」
「じゃあ、差別はあるってことなのか?」
「貴族排斥運動を起こし、責任も取らなんだ連中が今。丁度エラくなって大神殿にふんぞり返っておる。……きゃつらは自分の利権しか興味のない連中ぞ。何故、穢れた半端者の立ち位置などに固執する必要があろうや」
「つまり……」
「東支神殿とその城下はある意味、法王の理想そのものであるのだ。――法国内でも中央大神殿、城下は置いてもその内部こそが。一番差別が非道い、ということでもある。儂が名前を変えるだけでは済まず、インコンプリーツのヴァナディスは死んだことにしなければ。あの法王ですら、庇いきれなんだほどに、な」
馬車の列は中央大神殿の門をくぐりつつあった。





