役に立つ名前 Side : Yuri's valet "Athena"
周りは黒い霧で覆われている。
意識を失って倒れていくモリガンの体を抱きとめ、そっと草の上に寝せる。
「わかっているだろうな、腐れ蜘蛛。……この程度で死んだりしたら、それこそただではおかんからな?」
心臓は動いているし、息もしている。
口の中の血を吐かせて顔を拭う。
「あとでリオさんと合流できるまで、ここで寝ていろ。……良いな?」
多分、モリガンなら。簡単に死にはしないだろう。
「私が何かを言わずとも。わかっているはずだな? 総てを賭して、私を捨ててまで“マイスター”に貢献する。それがお前の選んだ生き方だというのなら……」
――ここで死んでは意味など無いぞ? お前も私も。まだ、なにもしていないのだからな。モリガンの頭をそっと横向きに草の上に置いて、まずは彼女から距離を取る。
「あとはゴミだけ、私一人で十分だ。黙って寝ていろ。……モリガン、少しサボらせてやる。私への感謝を忘れるなよ?」
死んだように見えてくれれば一番都合が良いが、意識が無いでは死体のフリさえできない。
息をしてるから、胸は無いなりに動いている。
コイツは、何処まで私を振り回せば気が済むのだ。……まったく。
体内の蟲のせいなのか、それともイラついた分が大きかったのか。
モリガンの、通常は自身の意思では自由にできない、潜在的魔力量が思いのほか大きかった。
私の気合いが想像以上に乗っていたこともある。
そのせいで、私の潜在魔力も限界まで引き摺り出され、ダーホールブレイクは二人の潜在魔力量のほぼ全量分、と言うとんでもない規模になった。
そうして発動した術の規模は、私の想定を遙かに上回り、一〇倍以上に達した。
テイマーと共に敵の兵隊も、モンスターも。ついでに地面まで。
漆黒の球体にまとめて吸い込まれ、大きくえぐられた大地もろともに消えた。
更にはモリガンの制御を離れたはずの蟲たちが2/3以上、健気にもモリガンの意思を汲んで、ワイバーンやニーズヘグにたかるのを止め、敵のただ中へと舞い降り。
蟲に集られ、囓られ刺されて。無事だった戦士やモンスターも蟲の攻撃だけで壊滅。
どれだけ強力な蟲を呼んでいたのか、改めて驚いた。
敬意を表して当分、生きた蟲を食べるのは止めることにしよう。そう思った。
術の影響で黒い霧に覆われた視界が晴れてくる。
ワイバーンやニーズヘグは残らず飛び去り、生きのこった地上のモンスター達も逃げ去って。残りは戦士が一二人。
できる限り背筋を伸ばして立つと、剣を振りかざして声を張る。
「聞け、帝国の雑兵ども! 私は戦闘一族サベイヤレルファの現頭領。暗闇の娘、アテネーだ! ゴミのくせに良く生きのこった、褒めてやるっ! よって、ここより先は褒美として、この私が! 直々に! 弓も魔導も無しにて相手をしてやろうではないか!」
弓は端から持っていない、魔導も残りは完全にゼロ。
まぁ、嘘は吐いていないし良いだろう。
モリガンから気をそらすのに名乗るだけで良いなら、そんなに便利なことも無い。
初めてサベイヤレルファの名前が役に立った、と思った。
一部がまだモリガンに拘っているようだが。
「そんな死にかけの蜘蛛女など放って、こちらへ来たらどうだ? 剣を持った相手とやり合うのが怖いというなら、無理強いはしない、だが。……ゴミ以下の塵芥の分際で、――戦場に何をしに来たのか、私に教えて貰いたいものだなっ!」
モリガンに迫りつつあった敵の注意もこちらへ向く。
左足が動かないことに今、気が付いたが。まぁ片足が動けば十分だ。
所詮は雑魚の寄せ集め。
片足立ちだろうが這っていようが、考え無しに殺す。それなら容易い。
「ほぉ。ここまで言われても、それでも蜘蛛女にご執心か。さすがは国の旗を立てつつ大集団で奇襲などと言う、姑息な手を使う連中だけのことはある。そこまでして私を笑わせようとするなどとは、感心なことだな。……どのみち帝国に使い捨てられる雑兵でしか無いのだ。せいぜい動かぬ蜘蛛女を突き刺して逃げ帰り、小銭を稼ぐと良い。私とやり合おうなどとおもわぬは、雑魚であれば正解だ!」
ついに全ての敵が私の方を向く。
雑魚とは言え、三神将が直接指揮を執る作戦に投入されるくらいだ、私の名前くらいは知っているだろう。
そして。私の名を知るというならば、使い終わったからモリガンを捨てた。そう思っているはず。
――あのアラクネーが誰であるのか、知れているなら話も別だが。





