命をかけた約束 Side : Yuri's valet "Athena"
「魔力の供給量を上げるっ! 魔導酔いなどとみっともない真似は、するなよ!?」
「私の場合、魔導は蟲が受け、……うぷっ、体の負担は変換だけ。もんだ、おげぇ、ウゲッ、ガハッ……、だいじょ、ぶだから! もっとだ! もっと、げはっ! ……私に魔力をくれ!」
モリガンはそう言ったが。
実際には魔導の充填よりも魔導の体力変換の方が体のダメージは数段大きい。
私から渡した魔導は、一旦蟲が受けるというのはわかるが。
魔導の体力変換はきっと蟲は介在しない、モリガンの肉体に直接かかる負担が大きいはず。
「足りねぇ! ……まだ足りねぇ! もっとだ、もっとくれっ、姉御ぉ!!」
かなり苦しそうな口調に振り返ると、親指をあげて口の端に笑みを浮かべるが。
左の眼から血の涙を流し、その白目は真っ赤に染まっている。
鼻血も出ているが、それを拭くこともせず。地面に赤い液体がそのまましたたり落ちている。
どんなに疲れていても、絶対に姿勢を崩すところを見せなかった足元も。
自分のアイコンとして気に入っていたはずのヒールさえ折って、それでも多少ふらついている。
「……おい! モリガン、お前!!」
「えっへっへ……。心配要らん、ランド史上最悪の蟲使い、……なん、だぜ? 私は」
魔導酔いはもちろん、呼びだした蟲にも相当の被害が出ている。
そして、テイマーの使役したもの達のダメージは、術者にフィードバックされる。
そうは言っても。
本来は途中に魔導的にワンクッション、腕の立つテイマーならもう一段。異常なまでの高位であるモリガンの場合、さらにもう一つ軽減措置をいれている。
本来の彼女なら、何を呼び出して何匹死のうがほぼノーダメージである。
だが、今は完全なコントロールのため、ダイレクトに感覚を繋げているはずだ。
つまり。蟲が死ねば死んだだけ、レベルが高ければ高いだけ。
そのまま彼女のダメージになって直接、跳ね返るのだ。
なまじ蟲使いとしてレベルが高いために、呼び出せる蟲のレベルも数も。あからさまに常識から外れている。
しかもけしかけた相手はドラゴン。蟲は冗談の様にボロボロ死んでいく。
ダメージはもはや、計算出来ないほどになっているだろう。
それでも魔力の供給量は、当人が言う通り。さらに上げざるを得ない。
本人が望んだとは言え、――許せ、モリガン!
「姉御、わた、し……。私は、いい加減な、テキトーな人間だと、自分でも思う。だけどマイスターとの、はぁ、ぅぶっ。……マイスターとの約束事だけは。中身はなんであろうと、こればっかりはさ、……違えるって、わけには、……いかないんだよ!」
――つぅ。笑みを浮かべた口の端にも、新たに赤い筋が出来て下へと伸びていく。
「自分で決めた、こんな、こんな簡単な約束すら、守れんようなら、私なんぞ、……モリガン・メリエ如きは、さ、……大事な食料を消費して生きてる意義が、価値が、意味が、……無くなっちゃ、う、……だろ?」
本当は始めてあった日。
生きていくのに疲れ、世界に絶望してしまった彼女は、中央の巫女が率いる特殊部隊を見つけたので、せめてこれに殺されたい。
として突っかかってきた、と言うのを私だけは知っている。
彼女が半分寝ぼけているのをわかった上で、雑談をしていたとき。本人が確かにそう言った。
情報屋としてどうなんだ? と思わないでも無いが。
彼女は“ウチのパーティ”内部については早い内から、完全に気を許した。
王都への道行き、三つめの山の中腹。
たき火の横で丸まって眠る。そんな仮眠のような眠りから覚めたモリガンは、慌てて飛び起き、辺りを警戒する素振りを見せ。
『前後不覚になるほど眠ったのは、物心ついて以来初めてだ』そう言った。
――姉御とニケちゃんが居るから気が緩んだのだな。と言われてどう返して良いのか戸惑ったのを思い出す。
そしてその特殊部隊を事実上“率いて”いたのがユーリで無ければ、私かニケさんがとどめを刺し、彼女の願望は叶ったはずだった。
だが、ユーリは襲ってきたモリガンを許し。飢えてボロボロだった彼女に、食事を与えた上で。
『お前は強い。その力で俺達を助けてくれないか?』
と声をかけた。
人間にも世界にも愛想を尽かしたモリガンは、
――お前は魅力的で価値の有る人間だ、ほかのヤツはどうでも良いから俺の役に立て!
と言われたのだ。
自分には人としての価値も魅力も無い。本気でそう考えている彼女だ。
ならばせめて。ユーリの役に立つにはどうしたら良いか。
ユーリに言われるまでも無く、基本的に真面目なモリガンのこと。
頭の中にはむしろ、それしかないだろう。
そして実はその部分。私やニケさんも大差はないので、気持ちは良くわかる。
世界でユーリだけが。私達に価値を見出し、さらに能力を引き出してさえくれる。
彼にはどうしても返さなければいけない義理が、私達三人には。……ある。
「ぅぷ、……私は、小鳥などでは足りん、ドラゴンを喰らう蜘蛛。……だからな!」
歯を見せて不敵に笑うのだが、それと共に真っ赤に染まった歯が見え、大量の赤い液体が零れて、ボタボタと地面に落ちる。
完全に魔力の過負荷だ。本来であればまるで動けなくなってもおかしくないし、全身に激痛が走っているはず。
その上、蟲からのダメージも全て一人で受けている。
それでも笑えるお前は、いったい何をどうして居るんだ!
ユーリのために血を流して笑顔で死ねるなら、確かにそんなに良いことは無い。
私にはモリガンが羨ましくさえ思えた。
多少、魔力の供給量を絞ってみるものの。
劇的な発作がなくなるだけで彼女の負担は、何も変わらない。
すぐに、――もっと寄越せ! と血を吐きながら文句を言われるだろうことは明白。
それに、私だって魔導師と言う訳では無い。
せいぜい、多少力の強い魔道士が良いところ。保有魔力量だって決して大きいわけでは無い。
彼女に回せる魔力の量、それは後どれくらい持つのだろうか。
「う、ぉぷ! 姉御、……魔力の」
「うるさいっ! 黙っていろ、腐れ蜘蛛!!」
果たしてこの数を、どうやって減らせば良い……?





