付き従う意味 Side : Yuri's valet "Athena"
私がユーリのことを、本人が嫌がろうが、かたくなに主殿。と呼ぶのには理由がある。
私が彼に特別な想いを抱いていること、これを誰にも悟られないように。
……いや、この後に及んで自分まで誤魔化そうなどとは意味がない。
そう、自身がそのことを再認識しないように、だ。
星を見上げてユーリが草の上に寝転がったあの日、彼は言った。
「普段から今みたいに、素のまんまで良いんじゃ無いか?」
その後、簡単に寝付いてしまった彼の寝顔を見ながら考えた。
素の私? それは一体どんなものであるのか、自分でも考えた事がなかった。
ただの女としてみた場合。私にはいったい、いかほどの価値があるものなのか。
暗殺者“暗闇の娘”では無い、女としての、アテネー。
一般的な男性は、果たしてその彼女に対してなにかを思うものなのだろうか?
私に対してそんなことを言う男性は、今まで出会ったことが無かったが。
ならばそもそも。私はユーリにとって、一体何者であるのか……。などと。
――何が暗闇の娘だ! これではまるで普通の女の子ではないか……。
いずれにしろ安い理由だ、と自分でもそう思う。
但し、わかっていることが一つ。
血で真っ赤に染まったこの手で、ごくわずかでも彼の心に触れる。そんなことは許されない。
自制しておかなければ、最終的に自分でどこに行くのか。わかったものでは無い。
人を想うと言うこと。知識として知ってはいたが、まさかこの私がこれほどの影響を受けるとは。
彼を気安く、名前で呼ぶわけには行かないのだ。
同じく彼をマイスターと呼ぶモリガン。きっと彼女の真意は私とは反対側にある。
特別に考えている、それを周り中に喧伝せんが為の呼び方だ。
もちろん、テイマーがそう呼ぶ以上は尊敬の念が少なからず込められて居るのは間違いが無いし、彼はそれに答えうる存在だとも思う、
だが、女として“想い”の部分。それもモリガンは、冗談にしてしまうことでむしろ、積極的に拡散する。
そんなことをすれば黙っているよりもよほど、苦しくて辛くて悲しいはず。
考えるまでも無く当たり前だ。
しかし一方私は。それを躊躇無くできるモリガンがうらやましく思えるのだ。
ニケさんはと言えば、実は自分のことを積極的に話さない彼女であるので、具体的なことは知らないにしても、
ここまで一緒に居て、全くそうは見えないが、実は人間不信で、その上男に抵抗がある。と言うのはわかった。
私やモリガンとは正反対に見えて、根っこは同じなのである。
そのうえ、実は見た目とは正反対に。人の言うことなどまるで聞くつもりが無い。
その彼女もまた、ユーリの言うことにだけは耳を傾け、従う。
ユーリへの想い。その辺はもちろん良くわからない。
頼れる兄であるのか、気になる男性であるのか。
彼女がユーリになにを見ているのは知るよしも無いが。
ユーリには喜々として従っている、と言うことだけが事実。
彼のため、賢く強く使える女になろうと日々努力している。
読み書きも格闘技も挨拶も、最近になって気にし始めた髪型も。
全ては彼のためだけに。
きっとさっき親しげに話していた導士にしても、服装は魔導導士見習い。
ならば、自分が苦手にしている対魔導戦の訓練の相手なのだろう。
ユーリの脅威を排除するためなら、人間不信も男嫌いも気にならない。
彼女の腹の据わり方もただごとではない。
その部分、私個人とすれば。
ユーリに出会ってむしろ弱くなってしまった。
特に女としての部分が引きずり出されて、明らかな弱点を抱えた。
私の無機質で暴力的な強さは、モリガンに言われるまでもなく。
自身が女である、ということを完全に無視した部分にあったのは自分で知っている。
但し、パーティで動くのだ。と言う彼の考え方を受け入れたことで今、五〇人からの相手と無数のモンスター、さらには空を飛ぶワイバーンを相手に対処ができている。
敵も味方も関係無しに、間合いに入れば皆殺し。ほかの戦い方など知らなかった。
仲間と協調して戦えると言う点において、私は強くなった。
モリガンの手を引き、戦場を走り回る今なら……。そう言えるかも知れない。
ユーリは一つ目の山を越える間中、言い続けた。
――みんなで、このメンバーでさ。このパーティで山を乗り越えるんだぜ? 楽勝だろ?
今でも良く覚えている。
だからこそ私は、目の前のこの山を乗り越えるため。
彼には敵の総大将を。そしてアリスとニケさんにも半分の敵を任せ、モリガンを守りながら戦うのだ。
ユーリ率いる優秀なパーティの一員として。
一人で戦うわけではない。今の私にはユーリが、仲間が居る。一人では無い。
事あるごとに、
――うちのパーティ。
ユーリは、いつもそう言った。
そう。……だから、私は。





