静かなゲート前
王都を取り囲む城壁の前。
草がそよ風になびき、俺達がここに来るときたどってきた道が一本、遙か彼方まで続いている。
見た目には何もおかしいところは無い。
「全員止まれっ! この感じ……。姉御、これ。隠蔽結界か?」
このモリガンの台詞は、本物の魔道士でもあるアテネーに対して、確認してくれ。と言うことだ。
「双方向遮蔽。かなり稚拙な結界ではあるが、なんだ? この効果範囲……! 何処まで、続いている……? 南北に一リーグ以上はあるか? 高さも優に三〇mはあるな。……なにを考えている? こんなめちゃくちゃな使い方があるか!! 誰も前に出るなよ!?」
ゲートを出て二〇〇mも進まずに、おかしな雰囲気に気が付いたアテネーとモリガンが周りを制止する。
「アテネー。ブラインドアストレイじゃなくフルクローズドブラインドなのな? ――なら、向こうもこっちが見えない、と言うことだな?」
「多分そうだ、見えないし聞こえない、臭わない。但しそれは向こうも同じ事。鼻先に何か居てもお互いわからん! アリス殿、ニケさんも。それ以上は進むな。結界を踏み超えてしまうと、いきなり敵に出くわす可能性がある」
「……ぅう。え?」
「え? ネー様、臭いしないのはそのせい? 風のながれは普通だよ!?」
フルクローズドブラインドは、魔法の衝立を立てて自身の存在を隠蔽する。
結構、低レベルから使える上にほぼ完全に隠れることができるのだが、一方。
今アテネーが言った様に、魔法の反対側に居る存在も見えなくなる。
あまりに使い勝手が悪いので、ほとんど使用されない魔法である。
使い道とすれば、敵を撒いて逃げる時や、本当に体力が限界の時に。――バレないでくれよー。と思いつつ物陰に隠れて展開するくらい。
それ以外なら、圧倒的戦力差がある時に、わざと姿を消して相手をいたぶる。
そういう目的で好んで使うユーザーがいる。と言うのを戦術まとめサイトで見たことがある。
それなら。……いま。
とんでもない規模で魔法を展開している、と言うのはつまり。
「主殿。結界は打ち破って良いのか?」
「すぐはダメだ。敵はそれを待ってるはずだ。多分団体さんで、な? ――モリガン。結界の綻び、位置は把握してるな? ワイバーンが居るなら直接突っ込ませる気だ。糸と蟲で防いでくれ」
綻びは王都を囲む塀の上。ワイバーンだって最強の生命体である竜の一種。
それが突っ込むなら、穴が空くかも知れない。種類によっては火球だって吐く。
「わかった、任せろ」
「アテネーはモリガンの援護、同じ闇魔法の使い手なら何かとあわせやすいだろ?」
「人間性以外は極力同調しよう」
「姉御は、人間性こそを私とあわせるべきだと思うぞ? 堅苦しい」
「黙れっ! お前こそ普段から言動を私にあわせろ、腐れ蜘蛛っ!」
うん、息ピッタリだな。ナイス俺の人選!
「ニケ、アテネーとモリガンの援護をしつつ、亜里須を物理攻撃から守ってくれ。亜里須は相手の魔法使いを潰してニケを援護、いけるな? 二人共」
「がんばるっ! 初めてホンキで使えるね、これ!」
シャラン。鉄扇がニケの手の中で開く。
本気の戦闘以外、なにに使うものなの? それ。
「がん、ばる……。ま、マジカル☆チャームアップ!」
既に亜里須の手のひらにあったペンダントが魔法の杖になる。
……つーか、かけ声必須なの? それ。
「亜里須、例の雷。使えそうか?」
亜里須は杖をじっと見つめて、そしてぐっと握る。
「……うん。いけ、そう」
「頼む」
【覚悟のあるところをみんなに見せる! 私はお荷物じゃ無いって言うところを!】
「あのさ、……気持ちはわかるけど、無理すんなよ?」
「……わかってる。おっけぇ」
【無理なことは初めから出来ない。だから私は、私の出来ることをする。そうで無いと、私がここに居る価値が無い!】
「あぁ、お前の言いたいことはわかってるけどさ。……充分気をつけてくれ」
「主殿はどうする?」
「遊撃隊、お前達の邪魔になっても困るし。……なんかイヤな予感がするんだよ」
胸元からナイフを引き抜くと、右手の中で手応えが代わり光の剣になる。
チェッカーの存在に気が付いた日からこっち、自分を再確認はしていないが。きっと“条件未達”の部分はある程度解除されているはず。
剣の使い方、身体の動かし方がわかる。剣術師の☆であれば、これは当然。
魔法やスキルも使えるのかも知れないが、ぶっつけでコケたらシャレにならない。
迂闊には使えない。
……練習しておくんだったな。
「主殿がそう言うなら、むしろそうしてくれ。……何かがあれば助けてもらえる、と言う事でもあるしな」
「買いかぶりすぎだ、お前らの方が普通に強い」
ゲームの世界ではあるだろうけど、今、ここは現実だ。
自分の命もそうだが、亜里須やアテネー達全員の命がかかっている。
不安があるんじゃ使えない。
「多分ゲート真っ正面に敵の主力が居る、アテネー、ニケ、良いな!?」
第三ゲート正面、目の前にかなりの数が臨戦態勢で居るはずだ。
セオリー通りならそう言う使い方をしてくるはず。
「先日のような遅れはもう取らない。近衛だろうが10人程度なら、モリガンを守り切った上でも殲滅するくらいは本来、造作もないことなのだ」
アテネーは仕込み杖を抜くと、鞘の部分を遠くに放り投げる。
お前、それ。お気に入りの杖だったんじゃ……。なんてがさつなヤツ。
「これ貰った、いっぱい練習もした。もう正面からスロゥリアなんか喰らわないよ。それにアリスも居てくれるんだし!」
――パチン。ニケは鉄扇を閉じると右手に持って腰を落とす。
完全に格闘家の構えだ。隙が無い。
「先日、モンスターテイマーと親しく話せたのは幸運だった。ドラゴンの一種とは言え、ワイバーンなら動きを読むのは簡単だし、使える蟲もある。それに私は蜘蛛女。……、知ってるか? マイスター。小鳥を餌食にする蜘蛛だって居るんだぞ」
――ならば私はドラゴンを喰らってやる! 言いながらモリガンは右手を空に突き出しつつ、左手で蟲笛を口にやる。
どうやら予想以上のワイバーンの気配、これに感づいたらしい。
「……電撃フルチャージ三発! ざ、残念、だったですねみなさん。私が経験値、全取りです!」
聞いてるこっちが気合いをそがれる気もするが、まぁ。確かに第二話の最初の方にそ
んな感じの台詞があったな。
アドリブではなく、記憶から引っ張り出してきたものを“読んでいる”。から喋れるのか。
「敵は多分、俺達が出てくることを予想して組織的に動くはずだ。俺とニケで突っ込んでかき回し、強引に乱戦に持ち込んで東支神殿守備隊の到着まで時間を稼ぐ」
「そこまでの敵が待っていると?」
「それでなんでワイバーンなんだ?」
「魔道師以外なら僕が行く!」
「……魔法少女は、要らないかな?」
「全員初期配置完了、でいいな? ―― 良し、アテネー、叩き割れっ!戦闘開始だっ!!」
俺の言葉に合わせてアテネーが剣を横に振り切ると、何も無い空間がひび割れ、景色の欠片が地面へと落ちていく。





