工事中につき立ち入りを禁止します
所属:無所属 (未登録の第三勢力)
灰色世界の救世主:卯棟 裕利
朝食後。俺達が入ってきた王都東三番ゲートを見下ろす丘の上。
一本だけ大きな木が枝を伸ばし、葉を生い茂らせている。
青い空、白い雲。気持ちの良い風がゆるゆると吹いて、木の葉がさらさらと擦れ合って揺れる。
その木の下、簡素なテーブルと椅子がある。
なんとなく椅子の一つに腰を下ろす。
朝食後とはいえスマホを見れば、時間はまだ七時少し前。
セーラー服を来た亜里須も、俺の向かいに腰をおろした。
「もしかすると、……東支神殿に来てから建物の外に出るの初めてか?」
改めて俺の顔を見て、いつも通りに、こくん。とうなずく。
「……無理矢理連れ出して悪かったな」
としか言い様がないというか。
スキルに引きこもりがあったのは俺のはずなんだけど。
「……ううん。あの、ね、ありがと」
【外は気になっていたのだけれど、みんな外に出なくても良いように気を遣ってくれるものだから。……だからどうして良いのかわからなかった、と言うのも本当のところだったの】
【裕利君に連れ出してもらえてやっと外に出れた、みたいなところ。個人的には何度目になるのだか。やれやれ、またも裕利君に助けてもらったみたいね。と言う感じだわ】
「なら良いんだけどさ」
【お礼と言ってはなんだけれど、できることなら何でもするわ】
「今のところ、特に頼みたいことも無いな」
身の回りのことはみんな巫女さん達がやってくれるし。
【多少なら性的要素が含まれていても、私はやってみせるわよ?】
「そう言うリアクションしにくい話は、モリガンだけで間に合ってるっつーの!」
――それに、今の距離感が変わるのも。現状が居心地の良い俺としては、ちょっと困る。
こんな時は、強引に話題を変えちゃうしかないんだよ。
「ところで。……絵本の翻訳してるってきいたけど」
【だいぶ読めるようになったわ。まだ順番バラバラだけど、簡単な辞書もできたのよ?】
「マジでか!」
属性的に読書家なのであって、もちろん翻訳家では無いはずだよな。素直にすげぇや、こいつ。
そういえば。長文の割に頭が悪そうなテキスト亜理寿さん、彼女とばかり話していると忘れそうだけど、成績。
彼女は常に学年上位、どころか普通に毎回シングルだったよな。
「でも、なんで辞書を作ろうなんて」
「……みんなの。ゆ、ゆうりくんの役に、たちたい……。くて」
【辞書自体はどうでも良いのよ。文字が読めればリオちゃんやもりちゃんの負担も減らせる。結果的に裕利君の負担も減るかしらって。パーティで私だけ何の役にも立っていない現状は、これはどうにかしないといけないことではあるし】
……毎度のことだが、亜理寿とテキスト亜理寿さん。ホントに同一人物なんだよな?
「おや? おはよう、マイスター。アリスも。……二人とも珍しいな。こんな時間に」
「わぁっ!」
黒いコートと真っ赤な髪。
モリガンが木の上から天地逆さまにゆっくり降りてくる。……半分アラクネー、だったよなこいつ、そういえば。糸は見えないが。
髪の毛はバラバラなのに、どうしてコートの裾がそのままなんだよ。
メルカさん、どんだけの高等技術をあの変態コートに投入してんの……。
もっともめくれたらめくれたで、こんどはスクール水着がこんにちは。
なにをどうしたって変態には違いないんだけど。
「なんだ、モリガンか。……何してんだよ、こんなところで」
「少しうとうとしていた。こう言う木は糸を絡めやすくて落ち着く」
「糸使い、な」
「マイスター。さっきからイメージが悪いので、ルビと文字を逆にしてくれないか?」
「そんなメタな話は知らん!」
くるん。ごく自然に体の天地を入れ替えて。すとん。軽く着地すると、何も無いところを掴んで引っ張る仕草ののち、ぱっと手をひらく。
本当に、見えないほど細い糸でぶら下がってたらしい。
「糸が残っていると、ちょっと恥ずかしい」
……うん、わからんな。
「お前はもっと、他のところを恥ずかしがれよっ!」
「そう言う風俗になった理由はちゃんとあるんだぞ。糸が残っていると、それをたどられて不意討ちを喰らうこともあるのだ」
「王都の中で誰が襲ってくる想定なんだよ!」
「そういった事態は時と場所を選ばない。何があるかなどとは、マイスターさえ予想ができまい」
「予想する必要がねぇっつってんだよ!」
――だが常に備えることは必要だ。そう言いながらモリガンはエラそうに無い胸を張ってみせる。
「全くお前は……。別に早起きって事でも無いんだろ?」
「むしろ多少遅いのではあるが。……まぁ、二人とも朝が弱いイメージだからな」
「そこはイメージじゃ無くてホントの話だ、知ってるだろ?」
こいつに限って言えば、アテネーと同じくあまり寝なくて良い体質らしい。
それを生かして東支神殿の城下は一通り歩き尽くし、興味のある人物に逢い、話を聞いてまわっているのはすっかり有名。
ものぐさな印象があるのだが、実はモリガンという少女。
自分の知識のためなら、手間暇を惜しまないタイプの人間なのである。
単純に自分のため、と言うわけではないのが面倒くさい。
「お前はどうしたんだ?」
「あぁ、今朝方。あそこの工事現場から追い出されてな。気になるから見えるところに居ようと思ったら眠くなって。……マイスターの気配を感じたから降りてきた」
彼女が指を差すのは俺たちの入ってきたゲート。
ローブを纏ったいかにも魔道士、という感じの人達が数人、その周りにも人が集まり何かをしている。
その少し横。手伝いなのか、巫女さんや導師達が集まった塊の中心。
その巫女さんや導師達の指揮を執るのは。
黒のケープを纏って、後ろに手を組む魔導巫女。リオが居た。
どうやら本当に偉くなって、仕事も自覚もきちんと身についたものらしい。
……課金スキルって、裏では徹夜で特訓してるんだろうな。
見た目だけで無く、性別問わずやたらに人気があり、地頭が良い。細かく気が付くタイプでは無いが、空気はキチンと読める。
そんなところまで。本当に里緒奈そっくりだ。
多分「おにい」、って呼ばれたらごく普通に返事するな。
声だって同じなんだから。
そのリオが周りを見渡し腰に手を当てて何かを言うと、
「はいっ!」
巫女さん達は声を合わせて返事をし、塊が崩れ自分の持ち場へと散っていく。
リオと、同じく黒いケープを羽織った魔導巫女達は彼女に率いられ“工事現場”へ。
一人だけ白いケープの少年は、アレはレイジ? 確かに魔導導士の見習いだとは言っていたけど。
胸当てを付けた騎士巫女の中には、長身にひときわ長い剣を履いたアビリィさんも居て、他の騎士巫女の先頭に立って姿勢良く門へと歩いて行く。
こっちは警備の手伝いなんだろうな。
そのほかの巫女さんは炊き出しなんだろうか、建物の中へ入るもののほか、何人かが組で水場の方へ回るほか、買い出しのなのか手押し車を出してきて街へ向かう組もある。
「工事? あぁ、こないだアテネーの見つけた穴を補修するのか。――早かったな」
大結界を魔導で張り直すのも言葉にすると工事。
なんか違和感を感じないでも無いが。





