レイジ・イーストへの懲罰 Side : Country of Regulations
「さて、改めて。……何故ここへ呼ばれたのかは、わかっていますね? レイジ・イースト」
「はい」
ニケさんと戦うにあたって、わたくしと彼の間で“取引”があった。
彼の勝った時の条件は、あの場で彼が言った通り。
但し、負けた場合は。
「導士のお役目はお返しします、魔道士の能力も全面的に封印して下さい。……栄えあるイーストの名。これも当然、神職を辞する以上はリオ姉様にお返しします」
仮にも教皇様へのお客人、“救世主ご一行”に手を出す以上、ただで済むわけが無い。と言うのは確かにその通り。
但し。条件はこちらも、彼が自身で出したものだ。。
わたくしは形の上だろうと、その条件に頷いてあの場に送り出した。
そして結界、封印を特に得意とするルルがここに居る。
と言うことで彼は、表情をなくして俯いている。と言う次第である。
しかも導士を辞め、魔道士でなくなってなお。リオに見込みのあるものとして拾われ、教皇様もそれを認めたという証であるイーストの姓を名乗れ。と言われたのだ。
こんなに迷惑な話もそうは無い。
もっとも。当然にこちらとしても、彼を手放す気は無かった。
色々理屈をこね回さずとも、今のわたくしの手元には都合の良い言い訳がある。
ありがたいことだ。
「救世主様のお側付きとなれば、あなたに限らずそこに立ちたいものもありましょう。……あなたも聞いた通り、無礼な物言いについては、ニケさんご自身から不問に付す。とのお言葉を頂いています。ならば今回に限り、それを罰することはしません」
ニケさん。彼女は彼女で、障害にはならないものの。
正直。なにを考えているのかわからない部分が多々ある。
ユーリ君に曰く、
「ノリと勢いだけで生きていける、得な体質」
とのことで。彼は、――うらやましい。と言っていた。
彼の見立てでは性格でさえ無く、体質なのであって。
本当にそうなら。わたくしとしてもうらやましい限りだ。
「それを踏まえて。此度の件について、あなたへの処分を通達します」
「……はい」
「導士の資格はただいまを持って凍結を解除します。これまで通りに礼拝士として、法国の民のために励みなさい。魔導、理力の使用についても、神職の権限に基づいての使用、これを再度許可します」
「……それは」
「これはニケさんよりの、たってのお願いを聞いてのもの。彼女には、機会を見つけてきちんとあなたから、自身の言葉でお礼を伝えておくように」
「ニケ様、が……。ぼくの、ために……?」
彼を手放さないで済んだのだ。世話になったのはこちらも同じ。
あとでニケさんにお礼が必要というなら、わたくしもそうである。
「しかし、教皇様のお客人の従者に手を上げた罪は消えません。罰は必要です」
「……もちろん謹んで。なんでもお受けいたします」
「明日より当面、朝食後の奉仕活動へのあなたの参加は、これを一切認めません」
「それは、し、しかし……!」
彼が一番力を入れているのが、恵まれない子供達への炊き出しや、読み書きを教えること。
自分が同じ立場だった彼の想うところはわからないでも無いが、時間は有限である以上仕方が無い。
導士には午後にも神事があるのだ。
「ニケさんが中央に向かうまでの間、午前いっぱい。彼女の鍛錬にお付き合いしなさい。……これはあなたのためでもあります。わたくしがいなければ、あなたは今時分。自身の魔導で胸に大穴を開けて棺の中、ですよ」
「……総監代理」
「もう一つ自覚が足りないようですが。あなたはそう遠くない将来、ルルに変わり、魔道巫女総括も視野に入れねばならぬほどの力がある」
リオの連れてくる子達はべらぼうに能力値が高い一方、何故だか自己評価が低い傾向にある。
彼も、普通に神職となれば。中央で神官を目指すことになったことは間違い無い。
但し自分では、未だごく普通の見習い神職である、と言う認識でしか無いのだ。
「ぼくは、でも……」
「そればかりではありません。あなたに関して言えば、行く々々は東支神殿総監にもなろうかという器。持てるものにあっては。常人と考えを同じくするばかり、と言うわけにはいきません」
このレイジは特に能力と自己評価の乖離が激しい。
持てるものはその力をどう使うか、と言う命題について。
早いうちから考えておかなければ、今。中央で神官の服を着ている年寄り達のように、人間が曲がってしまう。
「魔道士が自分の力で胸に穴を開けていてどうしますか。自分になにができるか考え、自身の力を確実にコントロールできるよう精進なさい。せっかくの機会ですから身体も鍛え直しなさい。ニケさんも手伝ってくれましょう。……この件は以上とします。――さて。ルル」
「わかりました。……レイジ?」
ルルが傍らに置いたヴェールを被りながらレイジに声をかける。
「……は? いえ、はい! ルル様」
「実は私も今朝方、モリガンにこっぴどくフラれてね。今ほど、メルカ様から叱責を頂いたところだよ。……なので神職として神へとお詫びをしにいく。キミもあたしの贖罪に付き合ってくれないか?」
ヴェールから黒い布を降ろすと顔の上半分が隠れ、アラクネーの目は見えなくなる。
「モリガン様がなにか? ……あ、いえ。至急、服を着替えて参ります」
「詳しいことはキミにもあとで教えようが。……理由も聞かずに、あたしが神に謝るのに付き合ってくれるのか? キミは本当に優しいのだな」
ルルの言葉が終わると、レイジが何かを言いたそうにこちらを見る。
「かまいません。……言った通りに用事は済みました。レイジ。あなたからも神への謝罪がありましょう。――服を戻し、ルルと共に祭壇へ向かいなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
「……着替えもあるのだろう? 先に行け。なーに、慌てることは無い。神は逃げないさ。むしろ謝るまであたしを追ってこよう。――ロビーで待っているから急がなくて良い」
一礼すると、レイジは急ぎ足で廊下へと出る。
「ルル、仮にも上級神職です。言葉を慎みなさい?」
「神への畏怖を忘れているものが多すぎると思いますよ? 神の恐ろしさ、無慈悲さ。情け容赦のなさ。モリガンはそれは良く知った上で、あえて神へと暴言を吐くんです」
「だからといって、助祭のあなたまでがそうすることも無いでしょう。――わたくしはリオを見ていなければなりません。ルル、レイジを頼みます」
「初めから知っているとは言え。メルカ様は本当に何処までも非道い方です。――どうか、神の怒りの雷が、メルカ様の頭の上に土砂降りのように降り注がんことを……」
「おかしなことを言っていないで、あなたも早く行きなさい……」
察しが良いのは良い事なのだが、なにしろこの減らず口が困りものだ。
彼女がモリガンさんに拘るのは、同類のニオイを感じているのかも知れない。
特に普段の性格に……、





