ルル=リリ・レラの報告 Side : Country of Regulations
所属:フェリシニア法典による神聖聖道王国
法国情報部長:メルカ・アナベル・リッター
「手当はこんなもので良いでしょう。包帯は明日いっぱい、解かないよう。……しかしまた。メルカ様ともあろうお方が、魔導で火傷をなさるとは」
座ったわたくしの向かい。助祭の服を着た女性がわたくしの手のひらに巻いた包帯をほどけないように結んでいる。
「掴むので精一杯だったのですよ。手のひらに結界を張る暇さえ与えてくれない速度などとは、思ってもみませんでしたが。――あなたも首の具合はどうですか?」
私の手に包帯を巻く彼女も、長く細いクビに包帯を巻いている。
「全くもって、本来の意味のかすり傷ですね。何処をどう切ればどの程度血が出るか、そこまで計算ずくなのです。さすがに人体の構造というモノを良く知っている」
「ふむ。――それでルル。モリガンさんは、……怒っていましたか?」
「それはもう。彼女がそこまで怒ることがあるのか、と思うほどに烈火の如く」
「あの、感情の見えない彼女がそこまで……。まぁ。確かに、怒るでしょうね」
「抉れ胸とまで言われましたが、メルカ様が何某かの保証を考えて下さるとでも?」
「さすがにわたくしとしても、感情的になったときの他人の言動まで責任は持てませんが。まぁ。……災難でしたね、としか」
わたくしの自室、リオがベッドで寝ている。
先程、多少様子がおかしいのに気が付いて部屋に呼んで薬を飲ませた。
修行自体は一昨日の時点で問題なく終わったはず。
昨日一日はだから完全にオフだったわけで。
――むしろこれで調子が悪いなら看過できない事情もある。
いずれにしろ。よほどのイレギュラーが起こらない限りは、当分目を覚ますことはない。
その横の応接に、わたくしの手当を終えヴェールを脱いだルル=リリ・レラが、目を閉じてかしこまって座っている。
目を閉じているのは人族の前に出るときの、彼女の癖のような物。
わたくしは気にしない、と再々本人に伝えてあるし、ルルも承知している。
殊勝にも今回の件を多少は反省している、と言ったところか。
彼女にも、リオに薬を飲ませて眠っている旨の話はしてある。
リオのことは気になるが、依頼した仕事の報告も聞いておきたい。
少なくても、――必要ならモリガン・メリエを殺しても良い。
と言う許可を出した。それはわたくしであるので、話を聞く責任はある。
「ルル。わざと負けた、と言うわけでは無いのでしょうね?」
そこでようやく彼女は目を開け、三組の目がそろってこちらを見る。
「せっかくメルカ様に殺して良い。とまで言われたのに、あたしがわざと負ける道理は無いですよね?」
この子は。信教に奉職してからと言うもの、アラクネーではあるものの。
美しくしとやかな見た目もあって、東の聖母、慈悲のルル様。などと呼ばれ。
特に直接付き合いのできた支神殿付近の住民からは、厚い人望を集めた。
王都東教区で、対インセクタの差別が激減したのは彼女のお陰、と言っても決して過言ではない。
状況に応じ人前であえて、ヴェールを脱いで見せさえする彼女だ。
インセクタの巫女も、彼女の入信後には数倍の単位で増えた。
しかもわたくしが何かをすることも無く、自力であっという間に助祭の地位まで上り詰めた。
努力する気持ちと素養、人望。全てを併せ持った、見目麗しくしとやかな女性。
金属質の輝きの頭髪と三組の目玉を持つ麗人。
それが目の前に座る、ルル=リリ・レラ。という女性である。
但し彼女は、見た目に反して。生粋の殺人鬼でもある。
同族喰らいの名前通りに暗殺者として暗躍する一方。
ごく普通の人々も定期的に犠牲になっていた。その数、実に月五人。
小さな村なら半年かからず無くなる勘定である。
だからこそ、その殺人癖を法国の利益になるようコントロールするために。
神殿が。と言うより情報部が。言ってしまえば、わたくしが。
引き取るよりほか無かった。という事情もある。
法や法典に背く神敵、犯罪人の暗殺。
この仕事を与えて以来、彼女は安定した。
具体的には、意味のない殺人を犯すことはしなくなった。
問題があるとすれば、彼女の獲物を探し続ける専門の部署を開設しなければならなかったこと。そしてその構成員が、いつでも過労でふらふらになっていること。
法国内で。しかも、あからさまな殺人癖を持つルルを満足させる程の人数。
この条件で法に背くものを探すのは、結構な労力を要するのだ。
それでも条件に合致するものが定期的に見つかる。
と言う事実もまた、困ったものなのだが。
他には他国のスパイを暗殺する、と言う仕事もあるがこれは、こちらがなにを言わずとも自分で進んで、勝手にあぶり出し。喜んで始末を付けている。
まさに彼女にとっては天職、と言えるだろう。





