方向音痴の巫女
「リオ、で良いんだよな?」
――リオンデュール・カニュラケイノスです。さっき彼女は、改めてそう名乗ったはずだがさて。どう呼んだものだろう。
と思っていたのだが、長い名前を名乗る西洋風の世界、略称で呼ぶのが普通であるらしく。
「はい、そう呼んで下さいユーリ様」
「様はいらん、ユーリで良い」
まぁ、なんか西洋風みたいだし敬称略でもいいだろう。
話しているのが日本語だから吹き替えの洋画みたいだけど。
「じゃあ、ユーリ、で良い? ところでそちらの方は……」
あまりのことに言葉を失ったのか、未だ樺藤は茫然自失。
「えーとこっちは樺藤……、あ、ゴメン。そのぉ、下の名前。なんだっけ?」
頬のふっくらした輪郭、もちろん太っているわけでは無い。メガネで伏し目がちだから判りづらいけど大きな瞳に長いまつげ、綺麗に透った鼻筋。
真っ白とは言わないが。いつも静かに本を読んでいるのに健康的で、きれいなつるんとした肌。
黒く輝く髪は身じろぎするたびにサラサラと零れては、日の光を跳ね返す。
いつも俯いてるのがデフォだったし、俺が話しかける用事なんて無いから。
だから顔をよく見たこと無かったけど、意外にもコイツは。
「……名前? わ、たし、わたしは。あの……亜里須、なの。……へ、へ、変、かな?」
そして見た目を裏切り、やや低い声で若干ハスキィボイス。
やべぇ。こうしてみると可愛いくない要素がねぇ!
イジめられてたわけでも無いのに、なんで男子の中で話題にならなかった。
さっきこんな可愛い子のおっぱい、触っちゃったよ、俺……!
そしてその事に関してはなにも言われていない。
だって抱きかかえれば必然あぁ言うカタチになるんだし。
だから樺藤も気にしてない、もしくは気が付いて居ない。――うん、そういうことにしよう。
「変な事なんか無い、むしろ似合ってるよ。――えーと、リオ。普通名乗る時は名字。……えーと、うん。なんつーの? ファミリーネーム? が後なのか? ――なるほど了解。じゃあ、コイツはアリス・カバフジってことになる」
「アリス様、ですね?」
「……わたしも、様とか、敬語とか……その、要らなくって」
「ではアリスで。――それでねユーリ。さっきの件だけど、……ごめんなさいっ!」
夕暮れ間近。森に囲まれた静かな湖の畔。俺とリオ、そして樺藤の三人は静かに座っていた。
と言うか。ぶっちゃけ、何処行けば良いのかわかんないので途方に暮れていた。と言うのが近い。
と言うのも、異世界転移を果たした俺達に案内役の巫女。であるはずのリオが、
「ここは、どこなんでしょう……?」
などとこちらの想定外な台詞を口走ったのが原因である。
「本当にどこだかわからんのか?」
「……うん。自動的に中央大神殿の、第一礼拝堂に戻れるものだとばかり」
「アイテムを操る人間の資質が、結果を左右したりするんじゃないのか?」
「……ちょっと、する」
少しもじもじして、ちょっとほおを赤く染め、俺から目をそらして答える。
里緒奈と同じ顔をした相手を問い詰めるのは気分が良くない、が。
「それ絶対、ちょっと。じゃ無いリアクションだろっ!」
あの転移陣、どう考えても術者の技量で結果が左右されるタイプのアイテムだ。
しかもこの反応、多分リオの技量は低い。
「ある程度は、術者の技量が反映される。と言うような方向で納得してもらえないかなぁ、なんて……」
語尾が消えるようにか細くなって、しょぼくれた。
つまり。――迷子になったの、おまえのせいじゃないか!
樺藤のセーラー服、その肩がガクッとおちる。彼女なりにずっこけたらしい。
湖のど真ん中におちなくてラッキー。ぐらいに思わないとやってられない。
まぁ、灰色からは救ってくれたのだし。あまり虐めても可哀想だな。
「それはもう良いや。――で? ここがおまえの世界ってのは間違い無いんだろうな?」
「現象平面界ではワイバーンは居ないと聞いてるよ。今、頭の上を飛んでいるのがそうだけど、ユーリの世界にはワイバーンは居た?」
……居るわけが無い。
つーか、ワイバーン? 見晴らしの良い湖畔で座る俺達の頭の上をぐるぐる……。
それは、つまり。
「なぁ、リオ。ワイバーンって空を飛ぶ龍って理解で良いか?」
「うん、龍としては低級な部類だけどね」
「そのワイバーンは人を食うか?」
「そうだね。――種類によっては大人でも普通に襲われるね」
そこまで聞いて俺は樺藤の右手を多少強引に掴むと、ぐいっと引き上げる。
「……え? あの、……えぇと」
少しほおを赤らめてこちらを振り向く蒲藤の後ろ。頭の上を廻っていた小さな影が急降下に入った。
「……かばふじっ! リオっ! はしれぇええっ」
樺藤の手を取って駆けだした次の瞬間、彼女の頭を掠めて巨大な爪が通り過ぎた。
 





