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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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移住願望(3)


 

 小野寺家に不動産会社からひっきりなしに電話がかかるようになった。周りの山林を売って欲しい、と言うのだ。

 不動産会社にすれば、山の中の二束三文の土地だ。山林としての価格より、少し色を付ければ、簡単に手放すだろうと踏んだのだ。まさか、その杉の一本一本に発電のため風車ガーランドを取り付けて活用しているなんて、思いも寄らないのだ。


 電話に出た小小野寺博士が簡単に断った。

 なおもくどくどと食い下がる不動産業者に博士は不思議そうに言った。


 「しかし、私が言うのも何だが、こんな土地、宅地に向かんよ。

 水道だって来てないんだ。自分で水道を引くにしても一番近い水道管は、10キロ先だと聞いた。いくら土地代が安くても、水道設備だけで、膨大な費用がかかるだろうに」

「現在、そちらで皆さんが、暮らしてらっしゃるじゃないですか。地下水の水脈があるんでしょう?」

「いや、父の発明した海水淡水化装置を使って、水を作ってるんだ。でも、これから来る人は、あの機械を作ることから始めるとして、あれは、12年前で、数千万だから……」

「その機械で作った水を分けていただければ良いんです」

「いや、計算したことはないんだが、一立米1万円以上はするんだ。その前に、今いる人数分しか水を作れない機械だから、もう一回り容量の大きい機械に替える必要がある。12年前検討したときはいくらだったかな……?業者に見積もりをもらわないと。

 それを人数分で割るとして、ウチには20人いるけど、本来ならば買い替えなくても良かったのだから、まず、機械の購入については、半額は払ってもらって、それから、1立米当たりの水の計算をすることになる」

「博士、馬鹿にしてるんですか?水にそんな大金を払う人間はいないですよ」

「日本人は水と安全をタダだと思っているようだ。ウチの集落では、みんな、このぐらいは払うんだ」


 電話を荒っぽく切る音がして、小野寺博士が溜息をついた。今日は、これで7件目だ。


 台風が終わってから、こんな電話が増えて来たのだ。

 大方、登記を調べて、ここらの山林一帯が小野寺博士のものだと分かったので、連絡をとったのだろう。

 町の中心部は、ぼつぼつ新築が始まった。でも、洪水が起きれば、再び同じことが起きるのだ。だったら、絶対浸水しない高台に家を建てれば良い。と、誰もが思ったのだ。しかし、高台の土地で、まだ、建物が建っていない所、しかも、ほどほどに町の中心部に近くて便が良い、となると限られるのだ。


 小野寺博士は、陽一を呼んで、警戒を強めるよう指示した。

 とりあえず杉を切り倒し、原状回復が難しいから売ってくれ、と言われるのを避けたいのだ。 何より、業者は知らないが、集落を囲む杉には、風車ガーランドが設置してあるのだ。


 陽一は電動バイクを完成させた。これに乗って、一時間ごとに杉林をパトロールするのだ。




 中山は、チェーンソーのスイッチを入れた。山林に大きな音がこだまする。今日は、山本不動産の依頼で、ここら一帯の杉林を切り開くのだ。

 

 台風一過、人々は、家を掃除や消毒をしたが、十日も海の水に浸かっていた家だ。何となく不潔な感じがするばかりじゃなく、いろんな不都合が出た。畳や建具が駄目になったり、柱が腐ったり、クロスが剥がれたりしたのだ。

 資金に余裕のある人は、建て替えることが多かった。

 どうせ建て替えるなら、今度は、浸水しない場所に、というのが人情だ。

 高台の分譲地が飛ぶように売れた。

 穴場が、ここ山辺集落の近所だった。確かに、水道は来ていない。でも、山辺集落には、水があるのだ。「あそこと話をつければ良い」と、不動産業者が言ったのだ。

 県道から集落まで、直線距離で15キロもあることを、誰も知らないのだ。一種の詐欺だった。

 確か、あそこは、この夏の水不足でも、それなりの水があったという噂だ。だったら、あそこのお世話になろう。そう思って山辺集落近くの土地を買う者もいたのだ。


 中山は、下請けだから、詳しいことは知らない。

 でも、この一帯を切り開いて、宅地にして売るというのは、山本不動産の方針だった。中山は、伐採作業を二日で終わり、後は、更地にするのだ。

 杉の木を切り始める。

 二本目を切り倒した時、木に飾りが付いているのに気が付いた。こんな山の中の杉に飾りを付けるなんて、酔狂なヤツがいるもんだ、と、飾りを眺める。『Onodera』と読めた。オノデラという名をどこかで聞いたことがあるように思った。


 三本目を切ろうとした時だ。バイクが走って来て、大声で怒鳴った。


「野郎!誰に断って、ウチの木を切ってるんだ?」

 中山は、唖然とした。

「手前ぇ、この杉はな、俺達のものなんだ。小野寺って、書いてあっただろ?もう10年もすりゃ、良い木に育ったのに、損害賠償を請求する!っていうか、その前に警察へ行く。ついて来い!」と、畳みかける。

 バイクの男は、スマホで電話を掛けると、中山を睨み付けた。

「今、身内に連絡した。じき、もう一人来る。ついでに、警察を呼ぶよう言っといた」

「そんな……俺は、山本不動産に頼まれて……」

「それは、後で警察で言え。

 お前、俺達が黙ってるとでも思ってたのか?法務局で調べれば分かることだ。ここら一帯は、小野寺博士の私有地だ。で、お前は、他人の土地に不法侵入して、博士の財産である立木を伐採したんだ。

 断固抗議する!」


 二人が言い争っていると、パトカーが現れた。


「ヤレヤレ、警察の方が俺達の集落より近いってことだ」

 陽一が苦笑いしてパトカーに手を振った。

「通報したのは、あなたですか?」

「ええ、この馬鹿が、多分、権利関係も何も知らずに、他人の土地の立木を切り倒したんです」

 警官が、切り倒した木を見て、モジュールに気が付いた。

「何だろう?」

「ガーランドですよ。凛ちゃんが遊んでたんだ。ここら全部、ウチの木ですからね。ドローン使って、クリスマスまでにって頑張ってましたよ」

「子供の仕事か?」

「まあ、子供といえば、子供なんだが……小野寺博士の孫なんだ」

「それで、オノデラか?」


 赤い軽四が到着した。あどけない顔をした少女が現れて、倒れた杉を見て泣き出した。

「凛のガーランドが……」

 あんまり悲しそうなので、警官も居づらくなって中山を促した。

「お前、こんなお嬢さんの楽しみを邪魔して酷いことしたもんだ。

 こんな山の中に住んでるんだ。この子の大切な木だったんだ。話は署で聞く。一緒に来なさい」


 居心地が悪いのは、中山も同じだ。まだ幼さの残る少女が、中山が切った木を見て、泣いているのだ。ここから立ち去るなら、早い方が良い。そう判断してパトカーに乗った。


 パトカーがいなくなったのを確認して、凛は、ドローンを取り出して風車ガーランドを別の杉に巻き付けた。この際、1本の杉に2本巻くことになってもやむを得ない。それから、木の下の配線をつなぐ。無事に、異常なく稼働することを確認して、息を吐いた。

  

 陽一が、ご苦労さん、と頭を撫でて、電気自動車の運転席から、水野慎二が手招きした。



 裁判所から山本不動産へ損害賠償請求の訴状が届いたのは、翌月のことだった。

 きっちり、不法行為として訴訟手続きを踏んでいた。違法に他人の杉を伐採して、損害を与えたというのだ。

 

 訴状を見て、山本不動産の社長は絶句した。

 杉の木2本で、ここまでやるか?あの集落には、訴訟マニアでもいるんだろうか。


 桃源郷の訴訟担当は、水野慎二だ。彼は、元公務員だ。融通が利かないこと甚だしい。しかし、こういう手続きについては詳しいのだ。



 桃源郷は、梁山泊みたいになって来たみたい。

 陽一と健二の母で格闘家の山道夫人が、ポツリと言った。




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