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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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移住願望(2)


 翌日、笹岡の家に手伝いに来た凛に、笹岡の妹が言った。


「凛さん。里奈もお姉ちゃんみたいにアルバイトに行きたい」

 凛が目を丸くした。

「ボクも行きたい。牛の世話でも豚の世話でも、何でもするから」

 弟の良介も言う。

 

 凛が、やっとのことで言った。

「ゴメンネ。あなた達にお願いできる仕事、ないの」

「里奈、良介、やめなさい!凛が困ってるでしょ」

 笹岡が割って入った。

「姉ちゃんばっか、ズルイ!ボクだって、アルバイトするんだ!」

 凛は真っ青になった。


 騒ぎを聞きつけた笹岡の母が、二人をたしなめた。

「里奈も良介も何言ってるの?

 凛さんは、高校生だから、そういうお願いは、お父さまにしなくっちゃ。

 凛さん、家もこの状態だし、アルバイトなんかじゃなくて、私達の家族もそっちに引っ越そうと思ってるの。

 お家の近くに空いた土地とかないかしら?真紀子もお世話になってることだし、お礼かたがた、一度、お父さまにお会いしたいんだけど」


 

 凛が、驚いたような、怯えたような顔で笹岡を見る。

 笹岡はゆっくり首を横に振った。

「良いのよ。凛。私、分かってるから」

「マキ、ゴメン。凛が、駄目だから……凛のせいなの」

「凛のせいじゃない。凛、頑張ってるの知ってるって。そんなに頑張りすぎると、体壊すよ」


 凛が弱々しく首を振る。呆然とする凛を不思議そうに見つめていた里奈と良介は、面白くない。

「姉ちゃん、自分だけ良い格好するなよ」

「里奈だって、お腹いっぱい食べたい!」


 腹減った。腹減った。食べたい。食べたい。の大合唱だ。


 その日、凛は、迎えに来た舜に抱きかかえられるようにして帰って行った。



 翌日、凛は、笹岡家に現れなかった。

 夕食時に桃源郷からの差し入れを期待して現れた片山家の人々は、凛がいないことに失望した。凛がいると迎えに来た舜が、差し入れを持って来てくれるからだ。


「小野寺さん、今日は、どうしたの?」

 片山の母が訊いた。

「さあ、昨日、様子がおかしかったから……」 

 笹岡の母が首を傾げる。

「お母さんが馬鹿なこと言うから。来れなくなっちゃったのよ」

「馬鹿なことって?」

「凛に、山辺集落に良い物件がないかって訊いたの」

「まあ、ウチも同じこと、お願いしようと思ってたのに」

 片山の母は、先走った笹岡の母が面白くない。

「馬鹿な……凛が可哀想だ」

「翔、子供の話じゃないのよ。良い物件があったら、交渉するのは、大人の仕事なの」

 たしなめようとする母に、片山はキッパリ言った。

「あの集落には、空いた土地はない」

「あなた、何にも知らないのね。あんな山の中、土地なんて二束三文なのよ。家の一軒分や二軒分ぐらい、いくらでもあるものなのよ」

 片山の母が笑う。

「多分、あの一帯は小野寺博士の持ち物で、博士は、絶対、誰にも売らないわ」

「でも、凛さんだって年頃なんだから、これから、他の土地に出るってこともあり得るわ。

 そうなったら、その広い土地をご両親が持っててもしょうがないじゃない。持ち主がいなくなるってことも考えられるわ。

 だから、凛さんに友達が必要な高校時代から、あの土地に他人を招き入れた方が良いってことになるわ」

「私もそう思うわ。

 今までは、あんな山の中だから、誰も行きたいと思わなかったんじゃない。

 だから、凛さんも寂しい思いをしたんでしょうけど、これからは、台風なんかの被害を考えれば、あそこに行っても良いって人が現れるはずよ。

 それが、ウチの翔とかオタクのマキちゃんみたいに凛さんの友達の家なら、大歓迎のはずよ」


 二人の間で、一度、小野寺博士にお会いして、お願いしてみましょう、という約束ができあがる。

 片山の父も笹岡の父も何も言わない。内心、歓迎しているのだ。


 

 これ以上何言っても無駄だ。笹岡と片山は、顔を見合わせて黙り込んだ。




 凛は、笹岡家へ来なくなった。


 笹岡の母は、首を傾げた。

「変ね、授業はまだ始まってないし、あの集落では、大した被害もなかったって話なのに。

 一度、小野寺博士にお会いしたかったから、あの子が来たら連れてってもらおうと思ってたのに。

 真紀子、道、分かってるでしょ?案内してくれない?

 片山くんのお母さんもご一緒したいって言ってたわ」

「道、分かんないから」

「あなた、何回あそこへ行ったと思ってるの?」

「行ってみれば分かる。あの道、隠してあるの。そうして、しょっちゅう、変わってるの」

「何で?」

「お母さんみたいに、あそこへ行きたがる人から隠れるために」

「何でそんな馬鹿なことする必要があるの?」

「みんなして押し掛けても、あそこで作る食べ物は、あそこの人の分しかないの。

 そもそも、あそこは、完璧に計算して食べ物を作ってるの。他の人が来ても、水さえ、計算外だから、分けてもらえない」

「馬鹿なこと言わないの。水は、みんなのものよ」

「高価な風力発電で作った電気で、海水を淡水化した水でも?その機械だって、特注で、日本どころか世界中で、あそこにしかない機械だわ。

 だから、あそこの水は、世界で一番、お金がかかってる。ここらでいう水とはワケが違うの」


 笹岡の母が、目を剥いた。


「実際の計算は知らない。でも、一立米一万円以上もする水をウチで買える?

 この前、片山くんが言ってたでしょ。太陽光発電を使って、海水を淡水化するって。

 片山くんのお母さんが、そんなお金ないって言って終わったけど。

 でも、あそこの水は、片山くんが言ったのより、もっと、高度な機械を使って作ってるから、あの程度の話じゃないの。

 しかも、米や野菜なんか、その高価な水を惜しげもなく使って作るの。だから、あそこで暮らすのは、お母さんが思ってるような半端な話じゃない」


「だったら、余計にあそこに行かないと。あそこへ行けば、その高価な水を使わせてもらえるのよ」



 いつもの母じゃなかった。まるで、片山の姉の早苗のようなノリだ。


「お母さん、あそこに、たかるつもり?」

「たかる?そう、そうかも知れないわ。でも、そうしないと、こっちは、親子5人飢え死にするのよ。

 小野寺博士も凛さんの友達の一家が飢え死にするのを黙って見ていないでしょう。

 あなたが、あの子と友達になっておいて、良かったわ」



 駄目だ。いつのも母じゃない。食べ物に目がくらんでいるのだ。

 

 それだけ、食料事情が切迫しているのだろう。


 笹岡は、溜息をついた。






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