移住願望(1)
2 移住願望
高校の清掃作業が始まった日、凛、笹岡、片山の三人は体育のジャージを着て登校した。午前中で、学校での作業を終わり、午後は、家の手伝いをする。
凛は、変わった機械を持って来て、笹岡家の手伝いをした。
圧縮された水を噴射する機械だ。水の勢いで、面白いように泥や汚れが取れた。しかも、噴出口は30センチほどの幅――ちょうど掃除機の吸入口のような感じだ――があるのだ。一気に30センチ幅の掃除ができる。
掃除は道具で決まるから。凛は、言葉少なに言った。
笹岡は、知っていた。凛は、この機械を作るため、寝る間も惜しんで頑張ってくれたのだ。
その甲斐あってだろう。小さな機械なのだが、作業がはかどった。
近所の人達が、その機械は、どこで売っていたのか?と、訊きに来たほどだ。
片山家も同じ機械をもらった。こちらは、凛の設計図を見て陽一が作ったものだ。
笹岡と片山は、戦いでも頑張ってくれたから、というのが、その理由だった。
凛を迎えに来た舜が、笹岡家と片山家に差し入れの弁当を持って来た。今時の食料難では、手に入り難い米のおにぎりや魚や野菜のおかずだ。
凛達が帰った後で、両家は並んで弁当を開いた。
席上、片山の母が、ポツリとつぶやいた。
「今時、こんなに食べ物に恵まれてるなんて。何か秘密でもあるのかしら」
桃源郷の秘密を他へ漏らさないという約束があるのだ。
ヤバイ!しらばっくれよう。
笹岡と片山は、目で合図しあった。
「こんなに恵まれている所なら、ウチもあの近所に引っ越そうかしら」
笹岡の母が溜息をついた。
「そうね。どうせ、家はこの状態だし。いくら先祖代々の土地だって言っても、また、大雨でもあった日には、同じことが起きるわ。きりがない」
片山の母も同調する。二人とも疲れ切っているのだ。
「どこなの?確か、山辺集落って言わなかった?」
笹岡の母が身を乗り出した。
笹岡も片山も話の流れに唖然として、黙って下を向いた。
黙り込んだ笹岡達に何を言っても無駄だと思ったのだろう。
「今度、凛さんか小林さんに訊いてみようかしら」と、笹岡の母。
久しぶりのまともな食事だ。夢中になって食べていた笹岡の弟が口を挟んだ。
「姉ちゃんばっか、良い目して、ズルイんだから。ボク等、まともなもの食べてないんだ。こんなに食べ物があるなら、ウチもそっちへ引っ越そうよ」
「里奈も賛成!」
笹岡の妹が手を挙げて、笹岡家と片山家は、凛の住む山辺集落へ引っ越す気満々だ。
「……無理よ」
話の流れに我慢できなくなった笹岡が言った。
「お母さん。他人を当てにしないで、自分で何とかして頂戴。
あそこに食べ物があるのは、あそこの人達が、水とか電気とか、こっちで簡単に手に入るものに、半端じゃない努力をしてるからなの。私達が行っても、受け入れてもらえない」
「受け入れてもらえないって、お前、日本なんだろ?パスポートが要るわけじゃあるまいし。その辺りの土地を買えば、自動的に近所に住めるんだ」
笹岡の父が口を出した。乗り気なのだ。
「問題は、住んでる土地がどこかってことじゃないんだ。住んでる土地にどれだけの金と労力をつぎ込んだかってことなんだ」
片山も笹岡を援護する。
「どれだけの金と労力って?」と、片山の母。
「俺と笹岡さんは、あそこを真似て、少しでも生活しやすい土地を手に入れようと考えてるんだ。父さん、相談に乗ってくれる?」
「相談に乗るって?」
「城山の上の方に土地を買う。多分、この台風の後だ。無茶苦茶値上がりしてるだろう。だから、不便な所で良いんだ。そうして、そこに太陽光発電のついた家を建てる」
「太陽光発電の家って、無茶苦茶高いのよ。そんなもの駄目よ」
片山の母が止めた。
「母さん、まだ先があるんだ。そうして、海から直系5センチほどのパイプラインを引いて、海水淡水化装置を設置する」
「お前、そんなものいくらすると思ってるんだ?」
片山の父が絶句した。
「それから、その水を使ってスプリンクラーを設置した農園を開くんだ」
「翔。そんな夢みたいなこと言わないの。そんなことができれば、誰も苦労しないの」
片山の母がたしなめた。
「片山くん。それ以上、言わないで」
笹岡が寂しく笑った。
恵まれた場所が近所にあると、みんなそこへ行きたがるものです。