誘拐(3)
コトリと、音がして、通風口から何が現れた。
ネズミだろうか?だとしたら、こんな倉庫でネズミと同居するのは、遠慮したいものだ。
一同、振り向くと、通常の四倍はあろうかという蛇が、悠然と現れた。通常1.5メートルから2メートルほどのものが、6メートルから8メートルはあるのだ。
全員、目を剥いた。日本にこんな大きな蛇がいただろうか。
誰かが、飼ってたものが、逃げ出したのだろうか。
大きさを考えなければ、普通の青大将なのだ。
でも、大きさが異常なのだ。
ニシキヘビの新種だろうか。
突然、舜が笑いだした。手錠を掛けられているのに、腹を抱えて笑う。後から現れた男が、ギョッとした。
「こいつ、気が狂ったか?」
捕まって、監禁されて、殴られて、異常なことが次々起こったのだ。気が触れてもおかしなことじゃない。
上の階から、誰かが怒鳴るのが、聞こえた。
「何だ?こりゃ?こんなでっかいヤツ、見たことねえ!」
「一匹や二匹じゃねえぞ!いっぱい、わいて来やがる!」
「きゃー、何よ、これ?」
女の悲鳴が上がる。
ドタバタと、何かを追いかける音。何かから逃げ回る音が、ビル中に響き渡る。
突然、全く違う色合いの怒鳴り声が割り込んだ。
「くそーっ!誰だ?とんでもねえこと、しやがって!
データ全部、流出しちまった。しかも、流出先が、最悪だ!
野郎ども、集まれ!非常事態だ!」
パソコンがハッキングされて、保存してあったデータが、勝手にどこかへ送られてしまったのだ。宛先を確認した男が、真っ青になって藤五郎の元へ注進する。
夕食後、愛人とゆったりした時間を楽しんでいた松浪藤五郎は、報告を受けて目を剥いた。
幹部を集めて、大慌てで会議を開く。
半地下の倉庫に、再び鍵がかけられた。
武彦と舜は、大きな蛇とともに閉じこめられた。
この蛇をどっかへ連れ出してくれ!武彦の叫びは、無視された。
窓ガラスに何かがへばりついた。目を凝らして見ると、巨大なナメクジだった。ナメクジを裏側から見たことなんかない。でも、確かに、異常に大きいナメクジだった。20センチ以上はある。そいつは悠然と上の階を目指して登って行った。
ガラスが割れる音がして、女の悲鳴が聞こえる。今度は、何だろう?
上の階で、誰かが、拳銃まで持ち出して乱射している。
よっぽど、すごいものが現れたのだ。
武彦は、次々現れるこの世のものとは思えない蛇やナメクジに呆然としている。
同時に、さっきから、クスクス笑う舜に不気味さを感じた。
追いつめられすぎて、気が触れたんだろうか。
楽しそうに蛇を見ていた舜は、ゆっくりと蛇を先導して入り口の鉄製ドアの上の方にある覗き窓から上の階へと促す。
蛇は平然と出て行った。
こいつ、蛇使いだったのか?
入り口のドアが開いて、松浪藤五郎その人が立っていた。
「お前の仲間の仕業か?」
憤怒の形相で睨む。
「何のことでしょう?」
「パソコンのデータが、勝手に県警本部へ送られてしまったんだ。他に誰ができる?」
「ハッカーを自認しているヤツは、たくさんいます。
松浪組ほどのメジャーになれば、ハッキングするのは自尊心をくすぐるられるんじゃないでしょうか?」
「減らず口たたくんじゃねえ!」
藤五郎が、舜の顔を殴った。
「組の構成員の名簿だけじゃねえ、薬やハジキの密売データから、裏帳簿、依頼された殺人データまであったんだ。
これからのヤクザは、パソコン駆使してやらないと時代に取り残されるって、これまであったたくさんの帳簿やメモを廃棄して入力たんだ!」
舜の腕を掴んで引っ立てる。
「お前がこっちにいる限り、あっちは何もできねえんだ。
来い!よーく見える場所に行こうじゃねえか」
「親分、ボクは、どうなるんですか?」
武彦が、松浪親分にすがる。
ここにいると、次から次へと、超大型の蛇やナメクジがやって来るのだ。そのうち、トカゲやイグアナやムカデやサソリの超大型がやって来ないという保障はない。
イグアナなんか出て来たら、完全にゴジラだ。
「うるせえ!邪魔するんじゃねえ!」
武彦を残したまま、藤五郎と舜が階段を上がると、後から子分達がぞろぞろと付いて来た。
松浪建設の本社ビルは、五階建てで、大して大きなものではない。ただ、一階の開口部から、大きな蛇やカエルやナメクジが、ぞろぞろと現れて、上の階を目指すのだ。
玄関から逃げるには、どうしても、あの巨大な蛇やカエルやナメクジをかき分けなければならない。そんな根性のあるヤツは、いなかったのだ。
毒はないのだろうか?それが、一番知りたいところだ。でも、蛇に訊いても、答えてくれるはずもない。
屋上に出ると、30メートルほど離れたビルの屋上から照明弾が打ち上げられた。
「何だ、こりゃ?」
松浪組の面々が、目を剥いた。
隣のビルの屋上から、6~8メートルの蛇だけじゃなく、50センチ近いカエル、それに20センチほどもあるナメクジが、ドローンを使って放り込まれた。
「まただ。また、この大蛇とカエルとナメクジだ」
組員は、パニックだ。
「野郎、桃源郷のヤツ等か?手前等が、その気なら、こっちだって」
藤五郎が、舜を引き寄せて喉に短刀を当てる。
「これ以上、何かしてみろ。こいつの命はない!」
「そうだ!こいつの命が惜しかったら、降参しろ!」
子分達も口々にはやし立てる。
遠くで鋭い発射音があった。
松浪親分が、短刀を取り落として手を押さえる。
ライフルで撃たれたのだ。居合わせた子分たちは、蒼白になった。人質を傷つけず藤五郎だけ撃ったのだ。神業だった。
すると、銃弾が発射された方向に向かって、舜が両手を上げた。
「凛!僕の手錠の鎖を撃つんだ!」
次の瞬間、鋭い発射音があって、舜の手錠の鎖が撃ち砕かれた。
松浪組の皆さんは、真っ青になって、舜を見た。
向こうには、プロのスナイパーがいるのだ。その気になれば、自分達をねらい打ちすることだってできるのだ。
隣のビルの屋上から荷物をぶら下げたドローンがやってくる。
また、蛇やカエルだろうか?一同、思わず引いた。
ドローンが松浪組のビルの屋上に来ると、隣のビルから、スピーカーの声が響いた。
「舜、水ヨーヨーに当たるんじゃねえぞ!」
舜は、隣に立っていた太めの組員を背負い投げの要領で、体の上に抱え上げた。
ドローンから水ヨーヨーが大量に投下された。同時に、隣のビルの屋上から、マシンガンのように水ヨーヨーでねらい撃ちされた。
藤五郎始め、松浪組の組員は水浸しだ。
遅れて屋上にたどり着いた武彦だって、2、3発当たった。
タダの水じゃないようだ。奇妙な臭いがする。一同、互いに顔を見合わす。
急に蛇達の動きが活発になった。
再び、スピーカーの声があった。
「気が付いただろうが、その水はタダの水じゃねえ。蛇やカエルやナメクジが好む臭いがするんだ。手前等目指して、可愛い蛇達が、押し寄せるって寸法だ」
一同、パニックだ。辺り中に拳銃を乱射する者。刀を振り回す者。女だって、夢中になって、包丁を振り回している。それほど、大型の蛇やカエルやナメクジは不気味だった。
同士討ちが、次々起こった。
「ええい!塩だ!塩持ってこい!ハジキなんか、ぶっ放すんじゃねえ!同士討ちになるじゃねえか!」
「兄貴、今から台所なんか戻れませんぜ。階段中、蛇やカエルが争って登って来やがる」
「あんなでっかいナメクジにかけるほどの塩なんてないよ!しかも、いっぱいいるんだ!」
遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。明らかに松浪組を目指している。
怒りで真っ赤になって舜の方に詰め寄ろうとした松浪藤五郎は、足下から巨大な蛇に巻き付かれた。それも一匹や二匹じゃない。何匹もの蛇が、体中を締め上げるのだ。
足下がもつれて転んだ。隣のビルの様子を伺おうと屋上の端近くにいたのだ。手すりを越え、真っ逆様に落ちて行った。
「親分!」
一同が、叫んだ。
しかし、組員達は、藤五郎の心配をしている暇はなかった。
巨大な蛇やカエルやナメクジが、次々に押し寄せる。蛇は体を締め上げ、カエルは重量級の体でのしかかる。ナメクジはヌラヌラとはいずり回り、生きた心地もしない。
みんな、舜のことなんか、忘れてしまった。
舜は、武彦が蛇と格闘しているのに出くわして、蛇の尻尾を掴んだ。その蛇を向こうで蛇と格闘している組員に向かって投げると、武彦の腕を掴む。恐怖のあまりバタバタと抵抗する武彦のみぞおちを突いて担ぎ上げると、蛇やカエルを押しのけて階段を降り、親分の部屋で手錠の鍵を見つけてポケットに入れる。
流れるようにそこまで済ますと、パトカーが到着する前に松浪建設のビルを脱出した。




