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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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誘拐(1)

舜が誘拐されて拷問に近い扱いを受けます。苦手な方は、スキップしてください。

10  誘拐


 凛、笹岡、片山、大槻の四人は、高校二年になった。

 二年から、クラスが文理別になる。凛と笹岡は理系、大槻は文系になった。片山は、理数科だから、もともと理系だ。


 笹岡が理系を目指すと言うと、数学のひどさを知っている担任は反対したが、夏休みの宿題テスト以降、笹岡の数学は下手をすると得意科目に変じていた。


 笹岡は、農学部を目指すことにした。凛の食料増産の研究を引き継ぎたいと思ったのだ。

 笹岡が食料増産の研究をすれば、凛は、安心して、小野寺博士の研究――二酸化炭素を分解して、その際のエネルギーを電気に変える研究――に打ち込むことができるのだ。


 片山は、凛と同じ学部学科を目指すことにした。

 できれば、凛の助手になって凛の研究を助けたいと思ったのと、高校や大学で凛が一人で活動するのは危険が大きいことに気付いたからだ。


 先の誘拐事件で分かったように、桃源郷を手に入れたいものは、凛を手中に収めれば良いのだ。


 凛は、桃源郷のシンボルであり、桃源郷そのものだ。

 凛を失うと、桃源郷は終わる。桃源郷が終わると、片山達の第二桃源郷も終わる。

 中村達の第三桃源郷を含めて、三つの桃源郷は運命共同体なのだ。


 片山は、山道夫人に格闘技を習って、凛のボディガードになろうと思った。

 一つには、先の誘拐事件が片山のせいで起きてしまった、つまりは戦犯だったのと、もう一つには、少しでも凛の側にいたいという不純な動機によるものだ。



 このところ、松浪組の動きがおかしかった。

 カマボコメーカーの襲撃の時は知らなかったのに、どこで聞きつけたのだろう?松浪藤五郎は、桃源郷の存在に興味を持って、情報に謝礼を支払うと、大々的に宣伝し始めたのだ。


「現代の桃源郷の情報をご存知の方、ご一報ください。現代のロマン、桃源郷の存在を明らかにして、みんなで、その恩恵を被ろうではありませんか」


 駅やショッピングセンターなんか人が集まる場所にポスターが張られ、明らかに水商売と思われるきれいどころのお姉さん達がビラを配る。


 桃源郷は、この地方にあるはずなんです。こんなに食料が不足してるんです。みんなで、桃源郷に行って、腹いっぱいご馳走になろうではありませんか。

 口々に言いながら、ビラを配る。


 笹岡に、小野寺さんの集落って桃源郷じゃない?と、聞いたクラスメートまでいた。


 笹岡は、内心、ギョッとしながらも、表面上は、とり繕って言った。

「何、寝ぼけたこと言ってるの?

 あそこが桃源郷なら、私やヨーコが、わざわざ海縁の崖っぷちにじゃがいも植えなくても食べてけるのよ」


 桃源郷だけじゃなく、第二、第三桃源郷の面々にも、秘密を守るよう指令が降りた。

 




 今年の梅雨は、女性的で、しとしとと静かに雨が降っている。去年の水不足を考えれば、雨に文句も言えない。この後、夏の照りがよければ、米の作柄が良くなるのだ。

 日本中が祈った。

 

 だが、桃源郷のスーパーコンピューターによるシミュレーションでは、今年は、夏の照りが期待薄だった。

 

 桃源郷では、小野寺夫人が、日照不足に備えて、太陽光に近い電光を開発している。

 できれば、夏までに、桃源郷の分だけじゃなく、第二、第三桃源郷の分も作ってしまいたいので、山道氏や陽一に手伝ってもらって製作に励んでいる。


 大小の小野寺博士は、相変わらず、二酸化炭素を分解する研究に励んでいるし、凛は食べ物を倍の大きさにする研究に夢中だ。


 松浪組の動きを除けば、平穏な日々が続いていた。



 あと二日で夏休みという日の夕方、健二がスマホを手に叫んだ。


「本当か?……やられた!」

 辛そうに頭を振る。


 リビングで、くつろいでいた面々が、驚いて健二を見る。

 健二が、絞り出すような声で言った。


「舜が捕まった」

「捕まったって?」

 陽一が訊いた。


「松浪組だ。幹部達が『桃源郷の人間を捕まえた』って言ってる」

「この頃、あそこの動きおかしかったんだが……」と、水野氏。

「舜には、連絡してなかったのか?」

 再び、陽一が訊く。

「もちろん……したさ。だから、明後日から夏休みに入るけど、できれば、今日の講義が終わったら、帰って来るようにって言ってあったんだ」


「小林さん」

 小野寺博士が真っ青になって小林先生を見る。

「最悪のことがあっても、桃源郷ここのことは話すなと言ってあります」

 小林先生が辛そうに言った。

「小林夫人に連絡してくれ。凛は、どうしてる?」

 小小野寺博士が訊いた。


 台所の小林夫人の方へ歩き出しながら、陽一が言った。

「凛ちゃんは、例の作物を倍の大きさにする研究するって、研究室に籠もってます」


「凛には、私から言おう。陽一くん、対策本部の指揮を頼む」

 

 小小野寺博士が、苦いものを呑み込んだような顔で、リビングを後にした。





 半地下の倉庫のようだった。剥き出しのセメントの床が、ひんやりする。梅雨時の湿り気を帯びたセメントは、虜囚の身であることを思い知らせた。


 口の中に血の味がした。ゆっくり頭を起こすと、体中のあちこちが痛い。


 健二からの指示を受けて、早目に帰ろうと思っていた。帰省するための荷造りは前の晩に済ませた。


 捕まったのは、キャンパスの正門を出てすぐだった。

 横手から現れた集団にクロロホルムを嗅がされたのだ。

 気が付くと、手錠を掛けられて、どこかの部屋の隅に転がされていた。


「おやっさん、気が付いたみたいです」

 誰かが言うのが聞こえた。

「長いこと眠ってましたね。かれこれ、十五時間ってとこですか。量が多すぎたんだろうか?」

 別の男の声がする。

「桃源郷の住人って、どんなヤツかと思ってたが、意外とガキなんだな」

 低い声。

「まだ、二十歳か二十一、K大医学部の四年だそうです」

 

 グイッと顎を持ち上げて、眼光鋭い男が、舜の顔を覗き込んだ。


「この顔で医学部か?モテまくってるだろうな」

 おもしろくなさそうに言う。低い声の持ち主は、こいつだった。

「神さんは不公平だな。この顔で、頭が良くて、食べ物にも不自由してねえなんて」


「どんな顔だい?」

 女の声が聞こえた。


 顎を支えていた男が、顔だけ女の方へ向けたので、舜は、首に痛みを感じた。


「可愛い坊やだね。でも、男はこんな柔なのより、藤五郎、お前みたいな、苦み走った方が良いよ」

「嬉しいこと言ってくれる。さすがは、先代が惚れたお人だ」


 藤五郎と呼ばれた男が、舜の顎から手を離した。

 

 バランスを失って、顔から落ちる舜を周りがゲラゲラ笑った。


「桃源郷がどこにあるか、教えてもらおう」

 藤五郎が言った。


 舜が黙っていると、藤五郎の口元に残忍そうな笑いが浮かんだ。


「眠りすぎて、思い出せねえか?じゃあ、思い出させてやろう」

 

 それが、合図だった。

 周りの連中に殴られた。体への衝撃を少しでも軽くしようと、殴られる際に力を逃がす。それでも、連続でやられるのだ。すぐに息が上がって、口の中が切れた。


「その辺で、やめろ。殺しちゃ、何にもなんねえ」


 藤五郎が、一旦止めた。そうして、首実検をさせたのだ。


 どこかで見たことのある中学生ぐらいの少年を連れて来た。少年が、「間違いない」と頷く。 

 藤五郎が、煙草の煙を舜の顔に吹きかけながら言った。


「強情もいい加減にしろ。この子は、桃源郷の住人に会ってる。この子の友達の所に、食べ物を差し入れに来てた桃源郷の住人は、お前だって言ってるんだ」


「そうだ。良介の所にいっつも差し入れ持って来てた。台風の後で、みんな、食べ物がなかった時だ。

 ボクは良介の所に遊びに行ってて、一緒に食べたことがあるんだ。米のおにぎりに、野菜や魚や肉まであるんだ。良介は、いっつも言ってたんだ。こいつと良介の姉ちゃんのクラメートの凛って子が桃源郷の住人だから、いつか、自分も桃源郷に入れてもらうんだって」


 見たことがあると思ってたが、笹岡家で会っていたのだ。

 でも、ここで、この子の言い分を受け入れると、桃源郷に害が及ぶ。それは、絶対避けなければならない。

 この少年は、凛の名前まで口にした。凛だけは守らなければならない。


 必死になって、平静を保つ。顔色が変わらないよう努力した。








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