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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
33/38

松浪組(2)

暴動シーンがあります。苦手な人は、スキップしてください。

 約束の土曜日、笹岡と片山は、良介と里奈を自転車に乗せて登校した。二人の高校は、土曜に補習があるのだ。


 第二桃源郷に住みだしてから、笹岡、片山、大槻の三人は、自転車通学だ。時々、大坂が車で送ってくれるが、ガソリン車だから、極力、使わないようにしようという意思統一ができていた。


 大槻と大坂は、互いに、『イッペイ』、『ヨーコ』と呼び合う仲になっていた。


 笹岡と片山は、あの二人、案外、相性が良かったんだ、と思った。でも、それを認めると、今度は、自分達がペアリングを求められることになる。複雑なところだった。


 土曜だから、学校は午前中で終わる。


 昼過ぎ、例によって、陽一が凛を迎えに来た。車が国道と山の県道との交差点近くへ差しかかった時、車の前に両手を広げて、立ちふさがる男がいた。

 中村だ。

 中村は、桃源郷と連絡を取るとき、この辺りで車を待ち伏せする。

 元ヤクザが、高校の正門前にいるのは、凛に迷惑がかかると考えているようだった。


 

 陽一が、手を挙げて、中村を車に招じ入れた。

「今日は、どうしたんだ?」。

「悪い。かくまって欲しい」

「何かあったのか?」

「ああ、おやっさんが、カマボコメーカーのヤマスを襲撃するらしい。俺にも、手伝えって、連絡があったんだ」


 中村が、『おやっさん』と呼ぶのは、組の親分さんの松浪藤五郎のことだ。

「お前、隠れてて大丈夫なのか?」

「多分。

 黒崎には、俺が昨日から、旅行に出てるってことにしといてもらった」

「黒崎は大丈夫なのか?」

「おやっさんにとっちゃ、単なる不良だ。まさか、あいつが30人のグループを率いてたなんて知らないんだ。

 俺が、酔狂にも、不良雇ってイモやキャベツを植えてるって笑ってやがった」

「だったら良いが……今日は、健二がいないけど、慎二に様子を調べてもらおう」

「それを頼みたいんだ」



 凛が、バックミラーを覗くと、緊張してるせいだろう、いつもより眼光が鋭かった。



 桃源郷に到着すると、中村は慎二の元へ直行した。

 黒崎のスマホに電話して、松浪親分が迎えに来たかどうか確認する。まだ、現れてないと聞いて、ホッと息を吐いた。


 「いいか、万一、そこの畑を無茶苦茶されても、抵抗するな。命が一番大切なんだ。

 畑は、後で、やり直せるけど、死んだらそれまでだからな」

 陽一が横から口を挟む。

 電話の向こうで、黒崎が豪快に笑うのが聞こえた。



 桃源郷への襲撃はないだろうか?気になるところだった。


 中村によれば、松浪親分は桃源郷のことを知らないようだ。


 スマホで、健二に確認する。


 健二によれば、K市の松浪建設(松浪組の本部)で行っている盗聴では、松浪組は桃源郷の存在そのものに気付いていない、とのことだった。


 念のため、桃源郷も五段階で中ほどのレベルの警戒態勢に入った。




 襲撃が起きたのは、夜の9時半頃だった。


 カマボコメーカーのヤマスは、港の近くにあるから、良介が泊まっていた武彦の家から歩いて2分もかからない。

 

 外の騒ぎに気が付いた武彦の父が、様子を見に行ってそのまま帰って来ない。

 里奈は、武彦の妹の真美の部屋で遊んでいたが、辺りの騒々しさに怖くなったのだろう。リビングへ現れた。


「お兄ちゃん、町って、こんなこと起きるのね」

 里奈は真美の家に泊まりに来たことを後悔し始めた。



 良介は面白くない。せっかく町に来たのだ。何が起きているのか、この目で確認したいと思った。

 武彦の母が止めるのも聞かずに、武彦と二人で飛び出した。


 野次馬が大勢集まっていた。

 台風以来、資力のある人々は山沿いの分譲地へ引っ越ししたので、町に残っているのは、資力のない人々か、事情のある人々だけになっていた。


 良介の母が、何となくスラム化しているようだと言っていたのを思い出した。


 野次馬の集団の先に、拳銃をもった10人を含む50人ぐらいの集団が、魚を運び出している。

 大胆にもトラックを横付けして、荷台に放り込んでいるのだ。

 カマボコの原料は魚だ。それがトロ箱に並らんでいる。

 襲撃した連中は、トロ箱をバケツリレーのように次々と手渡して、冷蔵庫を空にする。


 野次馬の中から、誰かが飛び出して、俺にもくれ!と、叫んだ。


 賊は容赦なく撃ち殺した。


 それが合図だった。

 

 野次馬の集団が一斉に飛び出した。まるで鰯の群だ。

 ヤツ等が、いくら拳銃をぶっ放そうが、こっちは大群なのだ。

 弾は誰かに当たるかも知れない。でも、自分じゃないかも知れないのだ。


 拳銃が乱射され、トラックから魚が次々に奪われた。バタバタと人が倒れる。

 トロ箱を持ったまま倒れる者もいる。すると、そのトロ箱の魚を奪おうと、人々が駆け寄る。

 

 地獄絵だった。


 目の前で食べ物を求めて、人々が争っている。

 血の気が引いた。


 ふと気が付くと、武彦の父が魚目がけて駆け寄っている。賊が、やけくそになって発砲すると、武彦の父が倒れた。

 良介と武彦は、顔を見合わせた。

 慌てて、武彦の父の元へ駆け寄るが、すでにこと切れていた。


「魚……」

 武彦の様子がおかしい。

「タケ、どうしたんだ?」

「親父、いっつも襲撃があると、おこぼれを狙ってたんだ。何度か、上手く行ったんだ。

 でも、今回は……駄目だったみたいだ。ボクが、肉や魚が食べたいって言ったせいだ」


 武彦が、猛然と、魚目がけて走り出す。慌てて、止めようと走った。


「タケ!諦めろ!」


 不意に首筋に痛みを感じた。スタンガンだ。失神する直前、前を走る武彦に誰かがタックルするのが見えた。




 第三桃源郷に現れた松浪五郎は、中村がいないのを不満に思って、せっかく植えたじゃがいもやキャベツを引き抜いて辺りを荒らし回った。


 黒崎は、陽一の指示どおり、小さくなってやり過ごして桃源郷に報告した。


「あいつ等、襲撃に失敗したみたいです。

 野次馬が、横から戦利品の半分以上をかっさらってったらしいです。

 で、報復に、拳銃を乱射したって言ってたから、かなりの人死にが出たみたいですよ」

「黒崎くん。君は、無事なのか?」

 小林先生が訊いた。


 町の様子より、元不良の黒崎の心配をしてくれるのだ。その優しさに、胸が熱くなった。


「大丈夫です。あいつ等、俺のこと、手伝いのバイトか何かだと思ったみたいで、ハナから馬鹿にして、何発か殴っただけで帰ってきました」

「そうか、畑の修復は、後で、中原さんに手伝ってもらうと良い。

 ヤツ等、また来るかも知れない。今晩は、気を付けて寝なさい」

 小林先生が、受話器を置いた。


 重苦しい空気が流れた。


 とりあえず、桃源郷への襲撃はなかった。だが、暴力団による襲撃があるだけじゃない。一般大衆が襲撃に参加しているのだ。


「群衆が、襲撃のおこぼれを期待するようになっている。これじゃあ、襲撃が奨励されるようなものだ。

 こっちも気を付けないと。

 中村くん。君の所も、周りに木を植えたりして、他の人が近寄れないようにしないと。

 マキちゃん達の所も自衛策を講じた方が良いだろう」

 小林先生が言った。


 陽一が、ヒヤリとした声で言った。

「健二が言った通り、群衆が爆発する際の着火装置という意味で、松浪組の影響力は大きいな。

 K市での情報収集に力を入れてもらわないと、今後の防衛に支障が出る。

 あいつが帰って来たら、相談しよう」



 不足している食料は、米や野菜だけのはずだった。それも、統計上は足りているはずなのだ。

 それなのに、現実には、米や野菜は、どこかの倉庫に眠っているか、金持ちの台所で待機していて、肉や魚といったものまで値上がりしていた。肉が値上がりするのは分かる。餌にする穀物が値上がりしたからだ。

 魚は、他の食べ物が値上がりしたため、その影響で値上がりしたとしか言いようがなかった。

 つまり、肉が手に入らないから、代わりに魚を食べようとする人達が増えて、魚の値上がりを招いたのだ。


 この町の人達は、漁港で暮らしている。それなのに、目の前で水揚げされる魚を食べることができないのだ。

 台風で、家の補修なんかに費用がかかって、食費に回せないからだ。

 

 魚のために、どうしてこんなに人が死ななくっちゃならないのだ?

 

 ぼんやりとした意識のなかで、良介は思った。


 

 気が付くと、良介は道路脇で寝ていた。いつまでも帰って来ないので、武彦の母が、二人を捜しに来たのだ。


 肩を揺すられて、やっとのことで目を開ける。周りで血の臭いがした。

 隣で寝ていた武彦が、母親に父の死を告げた。武彦の母は、辺りを見回して夫を捜す。倉庫近くで冷たくなった夫を見つけて、号泣した。


 翌日、笹岡の母が武彦の母を見舞った。

 大黒柱を失って呆然とする武彦の母は、気を取り直すと、くどくどと嫌味を言った。

「オタクは、山の手へ引っ越しできて良かったわね。ウチは、主人に甲斐性がなかったから、暴動に巻き込まれてしまって……良介くんが、田舎にはテレビやゲームがないって、文句言ってたけど、テレビやゲームがあったって、死んでしまえば、何にもなんないわ。

 どっか、ウチでも行ける所ないかしら?

 でも、前に調べたら、山の手の土地って、オタクみたいに水がある所は、珍しいのよ。どこも水がないの。

 電気は簡単に引けるけど、水を引くのは大変でしょ?だから、ウチは諦めたってわけ。

 つまり、あの時点で、人生も諦めたってことね」


 笹岡の母は、俯いて武彦の母に付き合っていたが、焼香を済ますと、良介と里奈を連れて帰った。





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