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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
32/38

松浪組(1)

9  松波組


 健二は、相変わらず、土曜になると出掛ける。


 桃源郷の人々は、首を捻った。

 去年の夏からだから、かれこれ半年以上経つのだ。


 もう、いい加減、相手の人を連れて来たらどうかと、小林先生に言われたが、健二は、もう少し仕事があるので、と取り合わない。

 

 土曜に会う相手は、情報収集を手伝っているようで、中村の親分である松波藤五郎の動向なんかも調べているようだった。

 

 中村が農作業に本腰を入れると、本業の(?)ヤクザ屋さんが、お留守になる。

 藤五郎は、そこのところをどう思っているのか、知る必要があった。

 万一、危害を加えるようなら、中村達を護らなければならない。



 中村と黒崎は、桃源郷の人達が、思いの外、義理堅いのに驚いた。

 本来なら、元ヤクザの中村や、元番長の黒崎なんか付き合いたくもないだろうに、大小野寺博士まで、桃源郷の趣旨を理解して行動を共にしようとする人間は大切にしなければならない、と言ったのだ。




 三学期は、あっと言う間に過ぎた。


 凛は、毎日7時まで図書室で勉強して桃源郷へ帰ったが、笹岡、片山、大槻の三人は、授業が終わるとサッサと帰って、農作業の手伝いをした。大坂と二人の子分それに三人の家族が、主な農作業従事者だ。


 笹岡の母は、作業量の膨大なことに唖然として、大槻家を受け入れたのは正解だった、と思った。

 片山家も、笹岡家も、大槻家も、小坂家に続いて、第二桃源郷の近所に引っ越した。


 中原氏が設計してくれた家は建築中だったので、当面、畑の隅で仮住まいだ。

 

 食料事情は、更に悪くなっていて、笹岡の母は、片山の母や大槻の母とともに走り回った。


 彼岸前に、片山のおばあちゃんが死んだ。最期に、ミカンが食べたいと言って、桃源郷からもらって来た。


「あんた、おばあちゃんに、ミカン食べさせてあげれたんだもの。良かったじゃない。

 おばあちゃん、喜んだでしょ?」


 笹岡が言うと、片山はホロリと涙をこぼした。

「どうせなら、第二桃源郷のミカンを食べさせてあげたかった」

「じゃあ、ミカンの木、採用するね」笹岡がワザと明るく言った。「もうすぐ春なのよ。忙しくなるんだから」


 そうだ。いつまでも、感傷に浸っていられないのだ。

 春になれば、農作業は山ほどある。中原夫人の指導の下、大坂や大槻と作業分担の割り振りをしなければならない。



 中村と黒崎は、少し離れた場所で荒れ地を手に入れて、第三桃源郷を目指す方向で頑張っている。これも、耕作放棄された土地だ。


 どうして、この国には、耕作放棄された土地がたくさんあるのだろう。

 先人が苦労して田畑にしたのに、外国の農産物が安いので収支に合わないという理由で、見限るのだ。

 後継者難という厳然たる事実もある。農政の失敗だった。

 

 ただ、最近、食料難から、こういう土地を再生しようという動きがあるのは救いだった。


 しかし、こういう土地を買い取とろうとすると、権利関係が複雑で、つまり、土地の名義人が何十年も前に亡くなっていて、相続が何代も行われた結果、権利者が数十人にも及び売買契約の締結が極めて難しくなっていた。

 登記という手続きのせいで、土地売買が円滑に行われないのだ。


 近年の食料難から、こういう土地を無断で耕作する者も出て来たという噂だった。

 その場合、収穫期になると、正当な権利者と称する者が現れて、紛争の種となっていた。



 第二、第三桃源郷に集うメンバーは、人類が明日終わるとしても、やけくそになって馬鹿するんじゃなく、淡々と過ごそうと決意した。


 期せずして、桃源郷第二世代の目標と同じだった。



 笹岡の母は、安堵の息を吐いた。


 桃源郷の世話にはなれなかったが、娘の真紀子の努力のおかげで、家族五人、何とか、食べ物の心配をしなくてよくなりそうだ。

 仮住まいは大変だが、以前の家は台風被害でボロボロなのだ。大して変わらないように思えた。

 それに、ここには仲間がいる。

 助け合って農作業するのは、新鮮な感動があった。高校生の笹岡達も手伝ってくれたし、仲間との一体感は得難いものだった。


 ただ、良介と里奈は、転校を余儀なくされたことで、文句を言った。

 第二桃源郷は海に面した崖っぷちで、町から遠いのだ。

 もともと、町中で育った二人は、こんな田舎じみた所で、農作業の手伝いをするのは、不得手だったのだ。


 二人は、母や姉が食べ物のために奔走するのを横目で見ながら、平然と不平を言った。


 二人にとって辛いことに、テレビもまともに見られなくなった。

 海水淡水化装置に大量の電気が要るので、極力、無駄な電気は使わないようにしなければならないからだ。

 

 子供の権利が踏みにじられた。

 姉がこんな馬鹿げたことを考えなければ、自分達は、町で固形栄養食品をかじりながら、寝そべってテレビを見ていたのだ。


 ある時、面と向かって、姉に文句を言った。


 自分達だけでも、町で住みたい。町には、テレビもあれば、ゲームもある。どうして、こんな何もない所に住まなければならないのだ?


 側にいた笹岡の母が、ヒステリックに叫んだ。


「馬鹿なこと言わないの!町には、テレビやゲームはあっても、食べ物がないのよ!

 あちこちの倉庫が襲撃されてるって話もあるの!町は危険なの!あそこで、どうやって生きて行くのよ!

 お姉ちゃんが頑張ったから、こうやって食べ物が育ってるんじゃない。

 もうじきなの。もうじき、収穫があるのよ。

 そうしたら、あなた達にもお腹いっぱい食べさせてあげるから」


「植えてるのは、イモとキャベツと麦なんだろ?

 そんなもんなら、あの固形栄養食品で十分だ!」

「馬鹿言わないの!あれだって、ものすごく値上がりしてるんだから!」

「里奈、何でも良い。お友達と遊びたい。どうして、里奈までお手伝いしなくちゃならないの? まだ、小学生なのよ」


 横で聞いていた笹岡が切れた。


「あんた達ね。前に桃源郷に住めるなら、何でもするって言わなかった?

 言ったわよね。

 凛を困らせて。

 あの子、あれで、倒れたのよ。

 何でもするって、農作業をするってことなのよ。

 今やってるのと同じことを、あそこでするってことだったの。

 でね、言わせてもらえば、凛は、三つの時から、あそこに住んで、大人と一緒に農作業をして来たの。それこそ、テレビも見ないで。

 桃源郷は、ここよりもっと田舎だから、あの子、学校にも行けなかったのよ。

 何よ。あんた達、学校に行けてるじゃない。

 桃源郷に比べたら、ここの方がズッと町なのよ。

 自分の食べ物を自分で作れない人間に文句を言う資格はないの!

 お母さんがあの固形栄養食品を手に入れるのに、どんなに苦労してるか、分かってるの?」

「今だって、農作業してるのに、あの栄養食品じゃないか!

 同じことなら、町が良かった」

「町にいたら、来年もこのまま、固形栄養食品が続くの。しかも、値上がりがすごいから、食べる量がうんと減ることになるわ!」

「今年の天気がまともなら、来年は、食料難が改善されるはずじゃないか!」

「さっすが、中学生は言うことが違う。でも、残念でした。今年は、冷夏になるそうよ」

「そんなこと、分かるもんか!」

「桃源郷のスーパーコンピューターがシミュレーションしたらそうだったの。

 だから、ここでも、冷夏対策で、じゃがいもやキャベツを主力に植えたってわけ。

 あんた、私達が、漫然と農作業してるとでも思ってたの?

 桃源郷の指導を受けて、一番、効率の良い作物を計算して作ってるのよ。

 余所にこんな真似、できっこない!」



 良介は、面白くない。


 桃源郷、桃源郷って、姉は、お題目みたいに口にする。でも、どんな所か知らないのだ。

 本当は、一度、連れて行ってもらったという話だった。良介が馬鹿したために、入れてもらえなかった、とも聞いた。


 でも、どんな所で、自分が何をしたかは、聞いていないのだ。


 笹岡の母が、良介には内緒にした方が良い、と判断したからだ。


 こんな、何もない、人里離れた崖っぷちで、中学生の自分が農作業をさせられているのだ。

 他の中学生が、クラブをしたり、ゲームをしたりしてるというのに。


 新しい学校になじめない良介と里奈は、前の学校の友達の家に泊まりに行きたい、と言い張った。

 

 食料難のご時世だ。そうそう、気楽に泊まりにも行けない。

 土曜の晩に一日だけ、固形栄養食品を持って、友人の家に泊まらせてもらうことで話が付いた。


 一晩中、ゲームをしまくるぞ!二人は燃えた。




食料の目途が付くと、ぼつぼつ不平が出て来ます。

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