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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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四人組(1)

8  四人組


 三人の側で本を読んでいた舜は、笹岡や片山の出現が凛に良い影響を与えていることを嬉しく思った。


 そうして、あの晩、凛が話したあどけない話を思い出した。


 凛が失踪した晩、舜は、下宿のあるK市から大慌てで帰って来た。

 途中の電車の中で、凛を保護した旨の連絡を受けて、全身の力が抜けた。


 ただ、凛がどんな様子か気になって、それを確認したいと思った。



 野中氏の迎えで桃源郷に帰って来ると、今回世話になった中村と黒崎を招いた宴会をしていた。

 簡単に挨拶して、部屋へ急ぐ。 



 凛は、手や足に薬を塗っていた。緊張しすぎたのだろう。疲れているのに、眠れないような、そんな感じだった。


 二言三言話すと、緊張の糸が切れたのだろう。凛は、舜の胸で、長いこと泣いた。

 やっと、落ち着いた凛を残して、簡単に食べてシャワーを済ます。


 先に寝なさいと言ってあったのに、思い詰めたような顔付きで待っていた。


 そっと抱き寄せると、凛、マキ達を守ろうと思って、大坂さんに、桃源郷の話、いっぱいしちゃったけど、いけなかったかしら?と、心配そうに訊いた。

 大丈夫、大坂はマキちゃん達を裏切るようなことはしない、と言うと、安心したように息を吐いた。

 

 あんまり可愛いので、凛がスマホや鞄を忘れたせいで陽一に怒られたと小言を言うと、生返事をする。

 舜の声を聞いていると安心するのだろう、うとうとしかける。

 何となく腹が立って、ちゃんと話を聞きなさい、と言うと、凛がおねだりした。貯水槽を買って欲しいというのだ。笹岡達が、大坂の土地で第二桃源郷を目指すとも言った。

 思わず目を見張った。

 三人組は、予想以上のところを走っていた。


 お説教が一段落すると、今日は、何があったの?と、尋ねた。

 

 凛が、舜を見つめて、嬉しそうに微笑んだ。

 初めて行った工務店や駄菓子屋のこと。片山がガムで風船を作ったこと。監禁された大坂の小屋のこと。第二桃源郷候補地のこと。

 楽しかったのだろう。眠そうにしながらも、次から次へと話す。


 物心付いてから、桃源郷しか知らない人だ。

 今日のことは、これまでの人生にはないことだったのだ。


 舜は、笹岡と片山に感謝した。



 急に、凛が緊張した。


 だんだん緊張感が薄らいで、ぼんやりして来たから、このまま眠ると思ってたのに、急に真顔になって、舜の顔を覗き込んだのだ。


「どうしたの?」

「舜、凛が片山くんのこと『翔』って呼んだら、じゃない?」

「翔くん、そう呼んで欲しいの?」

 

 凛が大きく頷いた。

 凛は、舜が片山早苗のことを『早苗』と呼ぶことも嫌がった人だ。自分が嫌なことは舜も嫌なんじゃないかと気にしているのだ。


「でも、あの子、マキちゃんのことは、『マキ』って呼んでなかったようだけど……」

「ううん。今度から、マキのことも、『マキ』って呼ぶことになったの。で、凛のことも『凛』って呼びたいんだって。それで、大坂さんも凛のこと『凛』って呼ぶの」

「大坂のことは、何て呼ぶの?」

「みんなしてね、『サカ』って呼ぶの」


 舜は、吹き出した。たわいもない話だった。


 三人組は、四人組に進化したのだ。

 この日の三人の冒険談は、楽しかった。

 舜は、自分の胸で安堵の息を吐く可愛らしい人を、もう一度抱きしめた。


 四人で第二桃源郷を目指すのだ。凛が目標を見つけて、重荷を忘れることができるなら、結構なことだと思った。




 第二桃源郷の準備が着々と進むのに、笹岡が浮かない顔をしている。

 舜が気にして、どうしたの、と訊いても、答えない。

 

 ここは、片山に任せた方が良い。

 舜から片山に指令が出た。


 片山が、機械仕掛けの人形のように、笹岡の元へ出向いた。


 「マキ、どうしたんだ?舜も気にしてた」

「うん。舜さんには、さっき、訊かれたんだけど、とても言える話じゃないの」

「俺になら……言えるか?」

「翔……に?そうね、翔なら、似たような立場だから言っても良いわ」

「似たような立場って?」

「親が馬鹿だってこと」

「確かに、ウチの親は馬鹿だけど、君のところは、ちょっとはマシだろう?」

「それが、全然なの」

「全然って?」

「中村さん達がサカに一緒にやりたいって、申し入れたの知ってる?」

「サカから聞いた。でも、三分の一の取り分で、向こうが適当にするから、関係ないだろ?」

「そう、中村さん達は、関係ないの。

 できたら、他の土地を物色したいからって、陽一さんに問い合わせがあったって話だけど、それだって、中原のおばさんや陽一さんにノウハウを教えてもらうだけのことだから、自分で努力してて、良い人達だねって話にしかならないの。

 問題は、ウチの親がケチだってこと」

「ケチって?」

「ヨーコ、この頃すごく痩せたでしょ?気が付いた?」

「大槻のことか?」

「うん。ここんとこ、すごく痩せて来たの。ダイエットのせいじゃないの。食べ物がなくなって来てるの。

 ウチや翔の所は、時々桃源郷のお世話になってるから、何とかなってるけど、余所の家では、食べ物がなくなって、近所のお家じゃ、赤ちゃんに母乳を飲ますこともできなくなってるって話よ。出ないんですって」

「母乳と大槻がどんな関係があるんだ?」

 

 話があまりにも飛躍するので、片山にはついていけない。


「つまり、ちまたで食料がなくなって、ヨーコが苦労してるってことよ。それで、第二桃源郷にヨーコの家も交ぜてあげようって言ったら、ウチの親、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」

「ウチの分が減るから駄目だって。でもって、ケチだって言われたくないから、ヨーコの家は、何にもしてないじゃないかって。

 自分は、桃源郷に助けて欲しいって、散々頼んどいてよ。

 信じらんない!」

「君はどうしたいんだ?」

「ヨーコだけでも何とかしてあげたいの。大体、ウチの親が言うには、ヨーコを助けようと思うと、ヨーコだけじゃなくて、家族三人――あそこは一人っ子なの――面倒を見なくちゃならないから、そんなの無理だって言うの。

 で、ヨーコだけでもって言ったの。それでも、良介や里奈が食べ盛りだから駄目だって。

 あの人、まだできてない第二桃源郷の収穫にまで、口を挟むのよ。

 それこそ、自分達は、何もしてないのに」

「いや、例の貯水槽は買ってくれた」

「そう。だから、ヨーコにも二つ買ってもらえば良いって言ったの。

 でも、とんでもない!ウチの家族の分が減る、の一点張りなの。

 まるで、蜘蛛の糸ね。第二桃源郷にすがると助かるの。だから、他のヤツ等は、この糸を掴むなって感じ。嫌になっちゃう」


 片山が切なそうに息を吐いた。


「君が、大槻を交ぜたいのなら、僕の分の足した三分の二を三人で分けてもいい。つまり、九分の二になるってことだ」

 笹岡が、目を見張った。

「ウチは、おばあちゃん、あんまり食べないんだ。それに、姉貴は、いろんな男に貢いでもらってる。だから、三人分あれば何とかなるんだ。マキのところは、五人だろ?きっと、大変なんだ」

「良いの?」

「マキが良いなら、それで、大槻に連絡すれば良い。でも、どこで線引きするか、難しいところだな。

食料は限界があるのに、友達は、たくさんいるんだ」

「中村さん達が、新しい土地を物色してる。大丈夫、第三、第四桃源郷だって、どこかにできるわよ」

「それを指導するのが、俺達だってことになる。頑張って勉強しないと、みんなの命に関わるんだ」

「……翔」

「何?」

「あんた、意外と良いヤツだったのね」

「今頃気が付いたのか?」





ヘタレの片山ですが、結構良いところもあるようです。

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