第二桃源郷(3)
中村と黒崎は、桃源郷に一晩泊まって、翌日、凛が登校する車で一緒に帰って行った。
二人は、冬野菜が整然と並んだ畑を見て、大坂が目指すのは、これなんだ、と思った。
自分達もこれを作ることができれば、食料に苦労しなくても良いのだ。
人類の未来は、知らない。でも、近い将来、人類が滅びるとしても、最後まで農業に励んで、他のヤツ等が死んで行くのを横目で見ながら、淡々と人生を終わるのも面白いかもしれない。
余所の食料を収奪するのは、危険が伴う。
先の大村製麺の襲撃では、向こうは5人死んだが、こっちだって2人重傷を負った。桃源郷のような、紳士的な相手ばかりじゃない。中には、逆にこっちを殺そうとする連中もいる。
それをヤツ等は、正当防衛と呼ぶのだ。
こっちが、どんなに必死の思いで行動に移したかを考えもしない。
何しろ、食べ物が不足して、死ぬか強盗するか、二つに一つなのだ。こっちだって、襲撃するのは、言うなら正当防衛なのだ。
どちらからともなく、俺達もやってみないか?と言った。
舜は、夜明け前に自転車で帰って行った。
舜が駅に乗り捨てた自転車を凛を高校へ送った慎二が回収するのだ。週の途中で帰って来たので、朝一番の電車で戻らないと、講義に間に合わないからだ。
舜は、寝ぼけ眼で見送る凛の感触を楽しむように抱きしめて、ゆっくりキスして桃源郷を後にした。
明け方、トイレに起きた中村がその現場を目撃して、唖然とした。
舜が抱きしめると、凛の可愛らしさが燃え上がった。
舜に頼り切った、甘えきった表情は、見たことのない風情に染まっていた。
これが、舜がこの子を選んだ理由だ。と、思った。
客間で、もう一度寝直そうと思ったが、先ほどの凛の様子を思い出して眠れない。
凛は、いつもはお下げにしている髪をほどいていた。フワフワと顔の周りで広がる髪は、印象派の絵から抜け出たようだった。
朝食の席で出会った凛は、いつものお下げで、無口な優等生だった。
幼い表情で、不思議そうに中村を見る。
この落差は、どこから来るんだ?中村は、髪を掻きむしった。
凛が、眠そうに生あくびをしているのを見て、陽一が冷やかした。
「舜のヤツ、昨日、寝かせてくれなかったんじゃねえか?」
「そうなの。凛、眠いのに、ズッとお説教してたの。それでね、凛が眠そうにすると、話をちゃんと聞いてないって怒るの。
で、お説教が終わったら、今日は何があったの?って訊くから、ズッとお話してたの」
側で聞いていた中村は、『寝かせてくれない』の意味が違う!と、叫びたくなった。
片山は、例の貯水槽を二つ、両親に買ってもらうことになった。笹岡と第二桃源郷を作りたいと言うと、お金を出してくれたのだ。先の誘拐事件を凛のせいだと言い張った片山家の謝罪だった。
笹岡も、両親に貯水槽を二つ買ってもらうことになった。土地の広さを考えると、二つじゃ不安だったからだ。
桃源郷のタンクの大きさを思い出した。やっぱり特注は違う。でも、笹岡達だって、頑張らないと、命に関わるのだ。
凛も舜におねだりして、二つ買ってもらうことになった。舜のお説教の最中に、頑張っておねだりしたのだ。後で、笹岡達が褒めてくれた。
工務店の親父は、貯水槽だけ六つも買おうというのだ、目を白黒させるだろう。
凛の失踪の時、中村に連絡がついたのは、健二のお手柄だった。健二は、何かあったときのために、いろいろな人間と付き合っていて、人脈を広げていたのだ。
ただ、あのとき、誰に頼んだか、誰にも言わなかった。
健二は、水野夫人に、中村との連絡の仲介をしてくれた人間に礼をしたいので、クリスマスのご馳走を一人前用意して欲しいと頼んだ。
そうして、クリスマスの日、自分の分と併せて二人前のご馳走を持って、どこかへ出掛けて行った。
「早苗さんかしら?」
愛美が陽一に訊いた。
「かもしれねえ」
陽一が難しい顔で答えた。
桃源郷のクリスマスパーティーに笹岡と片山だけじゃなく、大坂まで招待された。大坂は、目隠しされて、赤い電気自動車で運ばれた。
冬の畑には、白菜、大根、ネギといった冬野菜が並んでいた。大坂は、畑の間を歩き回り、中原夫人の指導を受けた。
中原夫人が、今年は暖冬だから、2月になっても雪が降らないようなら、小野寺夫人と相談して人工雪を降らせることを考えている、と言うと、大坂が目を剥いた。どうして、そんなことをするのか?と言うのだ。
「雪が降ることによって、地面の中の害虫が死ぬの。それなのに、暖冬だと、害虫が駆除されないでしょ?で、春に農薬を撒かなきゃならないってことになるの。
でも、そんな方法より、人工雪で、田んぼや畑の温度を下げれば、害虫が死ぬでしょ?それに、土にも良い影響が出るわ」
人工雪を田畑一帯に降らせるには、どのぐらいのお金がかかるのだろう?
多分、春に農薬を撒く方がズッと安上がりだろう。
でも、桃源郷では、あくまでも自然に優しい方法で、農作業を行っている。それが、結果的に、一番、人に優しいのだ。
大坂は、桃源郷が目指すものが、とんでもないものだということが、少しずつ分かって来た。
これを金のない自分達がどうやって真似るかという笹岡達の考え方に共感し、興味が湧いた。
したたかで、しっかり者の笹岡は、次の手を考えているはずだった。いつの間にか、第二桃源郷のリーダーは、笹岡になっていた。
食堂の隅で、笹岡、片山、凛の三人が第二桃源郷で作る作物の計画を立てていた。
農閑期だから、仕事も少ないのだ。水野夫人が用事をしながら、指導に当たる。
「えっとね、米は無理だから、小麦、じゃがいも、人参、タマネギ、ネギ、キャベツ、大根、白菜、かぼちゃ、トマト、ピーマン……」
笹岡が読み上げる。
「イチゴとイチジク。桃とリンゴとサクランボ。あと、柿と梨とミカン!」
凛が嬉しそうに続けた。
「凛、遊びじゃないんだ。真面目に考えてくれ!」
片山が文句を言う。
「でも、果物も要るでしょ?サカ(大坂のこと)、西瓜が良いって」
「桃とか栗とか柿とかは、時間がかかるから植えるなら早目に植えないと。収穫するのに、三年から八年かかるわ」
水野夫人が助言する。
「桃源郷でもそのぐらいかかったんですか?」
笹岡が訊いた。
「そうよ。だから、最初のウチは、イチゴとか西瓜とかメロンとか、草系の果物が主だったわ」
水野夫人の言に笹岡と片山が納得する。
「一度、中原さんにその土地、見てもらったら?あの人なら、何に適してるか分かると思うわ」
水野夫人が微笑んだ。
「是非是非、お願いします。水野のおばさんからも頼んでくださいね」
笹岡が身を乗り出した。
「私は、体に必要な栄養で、作りやすい作物の助言しかできないけど……どうせ作るなら、効率よく作るべきよ。いくら、簡単にできて、おいしくても、栄養価が少ないものに土地や水を使うほど、余裕はないはずだわ」
三人は目を見張った。そのとおりだった。土地と水は、限られているのだ。桃源郷にように、豊かな土地ならともかく、今から、あの荒れた土地を開墾するのだ。
一番栄養があって、一番作りやすいものを作らなければならないのだ。
「おばさん、よろしくお願いします!」
三人が立ち上がって、九十度の礼をした。
お茶を飲みながら、凛が食料を倍にする研究の助言を求めた。
「前に、マキが言ってたでしょ?動物はやめた方が良いって。どういう意味なの?」
「あのね、今より倍の大きさの牛や豚ができたら、今より倍の餌を食べるの。でもって、その牛や豚に餌をやらずにさっさと食べてしまおうとしても、そんなに大きな牛や豚、誰が殺せる?サカでも無理だと思う。鶏だって、倍の大きさだったら、へたすると人間がつつき回されるわ」
「なるほど、一理あるね」
「俺は、別のこと考えてた」
「何?」
「どんな方法をとってそんなことにするのか分からないけど、ちゃんと、効果がそこで止まるようにしないといけないってこと。
下手すると、それを食べた人間も倍の大きさになるんだ」
凛が目を見張った。
「だから、収穫直前の植物に薬を撒くとしてだな、その薬は、全細胞が細胞分裂して、倍の大きさになったら、その効果が消えるってことにしないといけなんだ」
「翔、冴えてるじゃん」
片山が胸を張って、二人に目配せした。
「三人寄れば文殊の知恵ってね」




