第二桃源郷(2)
凛達三人を桃源郷に引き渡す場所をどこにすれば良いのか。
すったもんだの議論があって、最終的に、7時半に国道と山の県道の交差点近くのコンビニの駐車場で会うことになった。
先に来ていた中村が、凛達三人を見て、苦い顔をした。
そうして、「大坂、お前、とんでもないことしてくれたな。桃源郷とは、いろいろあって、関わらないことにしたんだ。お前、関わりすぎだ」と、言った。
ワケが分からない大坂はクエスチョンマークをそこら中に飛ばし、黒崎が、まあまあ、と、なだめた。
中村は、恨めしそうに凛を見た。
凛が舜の女だというのが、面白くないのだ。
舜は、中村から早苗を取った男だ。その舜が、早苗じゃなく、凛を選んだというのは、もっぱらの噂だった。
見ると、何の変哲もない、幼い表情が残る少女だ。
早苗の方が絶対良い。舜は、どういう目をしているんだろう?でも、舜が、早苗を振ったのは、歓迎すべきことだった。
しばらくして、片山家の車が到着した。片山の父が運転し、片山の母が同乗している。車を降りた片山の母は、片山に飛び付いた。
「翔!」
泣きながら抱きしめる。
少し遅れて、笹岡家の車と桃源郷の車が、ほぼ同時に到着した。
笹岡の母が飛び降りて、笹岡に抱きついた。
「真紀子!大丈夫だった?変なことされなかった?
とんでもないことに巻き込まれてしまって……」
愛おしそうに抱きしめて、すすり泣く。
桃源郷の車には、小野寺博士が乗っていた。
車から降りた小野寺博士に、凛が小さな声で謝った。
「ごめんなさい。スマホ、忘れちゃった」
小野寺博士が、ふわりと笑って言った。
「大事がなくて、良かった。以後、気を付けなさい」
凛が車に乗ろうとした時だった。
片山の母が、小野寺博士に詰め寄った。
「オタクの凛さんと付き合ってたから、こんなことに巻き込まれたんですわ。
ウチの大事な息子に万一のことがあったら、どうしてくれますの?責任取っていただけません?」
「責任って?」
小野寺博士が訊いた。
「付き合っていただけで、巻き込まれたんです。当然、そちらに、ウチの家族の面倒を見ていただけるはずですわ」
片山が唖然とした。恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。
「ウチだけじゃありませんわ。笹岡さんもご一緒ですわ。そのくらい迷惑なことでしたわ」
笹岡が目を剥いた。
見ると、笹岡の母も、応援している。イヌなら、尻尾を振りまくるところだ。
笹岡が叫んだ。
「翔!あんた、けじめつけなさい!」
「イエス、マム!」
片山が、ピシッと敬礼した。
そして、機械仕掛けの人形のように小野寺博士の前に進むと、九十度の礼をして言った。
「申し訳ありませんでした。俺のせいなんです。
凛とマキだけなら、簡単に逃げることができたんです。
俺が捕まってしまったので、それで、俺の命を助けて欲しかったら投降しろって言われて、凛とマキは俺のために捕まったんです。
俺がいなけりゃ、そもそも捕まることはなかったんです。
二人とも強かったんです。俺が弱すぎて……ご迷惑をおかけしました」
片山の母が、絶句した。片山の父にも、信じられないことだった。
側にいた大坂が、ボソリと言った。
「翔の言う通りだ。女二人は、強かった。男が弱かったんだ。
しかも、大したもんだ。俺を相手に交渉して、今後、俺達ゃ、仲間だ。
第二桃源郷を目指すんだ」
中村も黒崎も唖然とした。話は、そこまで進んでいるのだ。
「第二桃源郷って、お前、どうやって作るんだ?」
やっとのことで中村が訊いた。
「親父が騙されて買った例の土地を使うんです。
マキと翔が、海水淡水化装置を設置して水を作るんです。
ゆくゆくは、再生可能エネルギーで電気を作るつもりですが、当面は、電気引くしかないでしょう。
最初は、大変でしょうが、俺達三人と俺のグループで一緒にやりたい人間二人がやることになったんです。
農作業なんかのノウハウは、桃源郷のお世話になるつもりです。
と言うことで、中村さん、これから忙しくなりそうなので、ご一緒できなくなりそうです」
「つまり、袂を分かちたいってことか?」
「いえ、中村さんが、一緒にやってくれるんでしたら、大歓迎なんですが、何せ、農業ってのは、やったことがないので……」
「小野寺は、やらないのか?」
黒崎が横から口を出した。
「凛は、別の研究をするんです」
「何の?」
大坂が言うと、中村が上の空で訊いた。大坂が、元人質の三人を『凛』、『マキ』、『翔』と呼ぶのも信じられないことだ。
「農作物を倍の大きさに育てる研究なんだ」
片山が横から割り込んだ。
「何だ、それ?」
黒崎の目が点になる。
「そのまんまなの。第二桃源郷の話をしてた時、農作物が今の倍の大きさだったら、こんなに苦労しないのねにって話になったの。じゃがいもやリンゴや桃が今の倍の大きさだったら良いでしょう?
お米は、ちょっと、引くけど。
それで、作物の収穫直前に、全細胞が細胞分裂して倍の大きさに育つようにすれば良いってことになって、凛、その研究をするの。
上手く行けば、食料が倍増できるの」
凛が嬉しそうに小野寺博士に微笑んだ。
このところの懸案事項のヒントが得られたので、嬉しくてたまらないのだ。
小野寺博士も面白いと思ったのだろう。目を見張って、頷いた。
片山が小野寺博士に、もう一度頭を下げた。
「申し訳ありませんが、山道のおばさんに、よろしくお伝えいただけませんか?
二度とこんなことにならないように、俺も稽古したいんです」
「翔くん、自分で何とかしようと努力するのは、立派だ。
山道夫人には、私から言っておこう」
片山の母は、真っ赤になって、目を白黒させている。とんだ赤っ恥だった。
小野寺博士にモゴモゴと挨拶し、片山を車に押し込んで、帰って行った。
笹岡の母も同様だ。挨拶もそこそこに、笹岡を連れて帰った。
約束どおり、中村と黒崎は、そのまま桃源郷へ招待された。
小野寺博士が、「申し訳ないんだが、目隠しして欲しい」と頼んで、二人はそれ受け入れた。
桃源郷にとって、中村達が、自由に出入りできるようになるのは、好ましくないのだ。
桃源郷に帰った凛を、小野寺夫人達が出迎えた。
夫人は、娘を抱きしめて、無事で良かった、と泣き、母親らしい小言を言った。
それからの一連の儀式が大変だった。
健二に怒られ、陽一に怒鳴られ、慎二に泣かれた。
裕美、愛美の二人にも抱きしめてもらった。
第一世代の山道夫妻、水野夫妻、中原夫妻、野中夫妻、それに小林夫妻も、それぞれ抱きしめたりお説教したりした。
大小野寺博士は、何も言わなかった。
もしかして、完全に忘れられていて、何も知らなかったのかもしれない。
凛の儀式が続く間に、中村と黒崎は、食堂でご馳走になっていたが、儀式を終わった凛達が加わって宴会になった。
宴会のさなかに電話があって、酒を飲んでいない野中氏が消えた。
凛は、嫌な予感がした。
宴会を抜け出した凛は、お風呂に入ってパジャマに着替えた。今日は、緊張しすぎたせいだろう、目が冴えて眠れそうにない。
赤くなった手と足に薬を塗っていると、部屋のドアが開いた。ゆっくりと目を上げると、怖い顔をしたその人が見つめていた。
「大丈夫だった?変なことされなかった?」
「……うん。大丈夫」
その人は、ホッと安堵の息を吐くと、今度は、鋭い目つきで睨んだ。
「ごめんなさい。スマホ忘れちゃった……」
黙って睨み付けるその人は、凛の腕を掴んだ。
「知らない男にホイホイついてっちゃ駄目って、言わなかった?」
「だって、大坂さん、知ってる人だったんだもん」
「知ってる人ってな!敵なんだぞ!」
「ううん。味方になったの。マキ達と一緒に第二桃源郷作ることになったの」
その人は、信じられない、と天を仰いだ。一体、この三人組は何をしてるんだ?
「僕がどんなに心配したか、分かってる?」
「ごめんなさい……」
「君がいなくなったら……って思ったら……」
「……ごめんなさい」
「……怖かった?」
凛が頷いた。
舜が凛を抱き寄せると、凛は舜の胸に顔を埋めた。
緊張の糸が切れたのだろう。いつまでも、いつまでも泣き続けた。
舜だって、怖いときもあります。




