失踪(4)
中村は、黒崎に詰め寄った。
辺りには誰もいない。二人だけだ。
桃源郷のことは、他言無用との脅迫があるのだ。子分達の前で、あそこの話はできない。今日は、子分達に、デートだから連絡しても通じない、と、言い渡して来た。
やっと、二人切りの時間(?)を持つことができたのだ。
「お前、桃源郷のこと、知ってたのか?」
「知ってたって?」
「あそこが、とんでもないところだってことだ」
「中村さん、薬飲んでないんですか?」
「やっぱり。
子分達に変な薬を飲ませてやがった。途中で足りなくなって、バイクで取りに戻ったくらいだ。何だろうって思ってたら、俺以外、全員、あそこのことを覚えてねえんだ。しかも、大村製麺のことも忘れてやがる。
言うなら、記憶が二日分なくなってるんだ」
「じゃあ、桃源郷のことを余所でしゃべったら殺すって、あの脅迫があったんですね」
「ああ。ヤクザを脅迫しやがって、良い度胸じゃないか。マシンガンまでぶっ放しやがって」
「でも、あそこには、ライフルの名手もいれば、マシンガンもあります。手榴弾や地雷まであるんですよ」
「手榴弾や地雷まであるのか?」
「今回は、使わなかったんですか?」
「ライフルと泥団子、水ヨーヨーと栗のイガだった。栗のイガは、痛かった。顔のここんとこに当たったんだ。まだ、傷が残ってる」
「本当だ。すごい跡だ」
「夜だからって、やっこさん、照明弾まで使ったんだ。仕上げにマシンガンをぶっ放してお終いってわけだ」
「素手でも、すごいのがいたでしょう?
前に川原町に格闘技の道場があったでしょ?あそこの雇われ師範をしていた女が、すごいんです。
ウチのグループであの道場へ通ってた長沢ってヤツがいたんですが、襲撃の時、そいつに、『長沢、何してる!加勢しろ!』って叫んだんです。そしたら、そいつ、条件反射で、こっちに向かって来るんです。
ありゃ、駄目です」
「ライフルを使うちっこい女がいるだろ?」
「小野寺ですか?」
「ああ、大坂があいつに投げられた。その女師範の弟子みたいだ。横にいた男――多分、小林だ――に『上手、上手』って褒められて、泣いてやんの」
「中村さん、あっちは方角が悪いんです。他を当たりましょう。
あいつ等、自分達に危害が加えられない限り、特段、こっちの邪魔しないんです。だから、放っておきましょうよ」
「面白くないが、それが無難なのかもしれん」
中村が溜息をついた時だった。プライベート用のスマホが鳴った。
「うるせえな。今日は連絡するなって、言ってあるのに……」
文句を言いながら電話の相手を確認する。見覚えのある名前だった。
「珍しい。あの女、俺と寄りを戻したいんだろうか?」
そう言いながら、電話に出る。
「中村くん?良かった。番号変えてなかったのね」
「何の用だ?お前、俺と寄りを戻したいって?」
鼻の下を伸ばす。
「馬鹿なこと言ってないで、大至急、今から言う電話番号に電話して頂戴。桃源郷の本部なの」
早口でまくし立てる。
「お前、桃源郷と付き合いでもあるのか?」
「ちょっとね。それは、後でゆっくり説明するわ。じゃあ、メモして頂戴」
ワケが分からないが、電話番号をメモする。
どうして、彼女の言いなりにならなければならないのだろう?
でも、相手は、桃源郷だ。命が惜しい。
中村は、首を傾げながら電話した。
「中村だ。何か用か?」
「良かった。連絡がついた」
電話の向こうで、小林先生が安堵の息を吐いた。そうして、指令を出した。
「悪いが、子分達にメールを回して欲しい」
「メールって?」
「小野寺博士のお孫さんの凛ちゃんが、友人二人と失踪したんだ。探して欲しい。
お前の配下の仕業かどうかは問わない。とにかく、三人が無事なら良いんだ。
上手く探せたら、君にご馳走する用意もある」
途中で電話が陽一に代わる。
「戦闘責任者の山道陽一だ。良いか?失踪したのは、小野寺 凛、笹岡真紀子、片山 翔の三人だ。
この三人を探して欲しい。この際、誰の仕業か不問にする。
お前の統率力を見込んで頼む。
三人が無事に戻るなら、例え、お前のグループの構成員の仕業だったとしても、責任は問わない。
ただし、お前のグループの構成員の仕業だった場合で、万一、一人でも欠けた場合は、全員」
陽一が息を整えて地獄の底から沸き上がるような声で、言った。
「皆殺しだ」
「分かった。急いで探す。子分達を使って町中捜索する。誰がやったにしても、三人が無事に戻ったら、命は保障してくれるんだな?」
「何度も言わせるな!」
「了解!後で連絡する」
中村が蒼白な顔で、黒崎の顔を見た。そして、子分達20人に一斉メールを送る。
『大至急、小野寺 凛、笹岡真紀子、片山 翔の三人を探せ。くれぐれも、危害を加えるな!』
メールを送って息を吐くと、黒崎の携帯が鳴った。
黒崎は嫌な予感がした。
電話は、舜からだった。凛、笹岡、片山の三人を探して欲しいとのことだった。
「どうして、俺に頼むんだ?」
「お前、顔が利くから。中村には、桃源郷の本部から依頼することになっている。中村とお前が探せば、多分、どこにいるか分かるはずだ」
「褒めてるのか?」
「ああ、褒めてるんだ。で、首尾良く探し出せたら、桃源郷が、お前と中村にご馳走するって言ってる」
「分かった。任せろ」
食べ物に釣られるようで情けないが、凛の弁当は有名だ。
このところ、まともな物を口にしていない。子分達に頑張ってもらって、ここはご馳走にありつこう。
黒崎も中村と同じようなメールを子分達30人に送る。今頃、あちこちで、子分達が走り回っていることだろう。ご馳走が向こうから飛び込んで来たのだ。
中村が、難しい顔をした。
「どうしたんですか?中村さん」
「万一、子分の誰かの仕業だったら、殺されるだろうか?」
「まさか?」
「最初に電話に出た向こうの責任者の、あの言い方。絶対、こっちを疑ってる」
「でも、配下の仕業かどうかは問わない、とにかく、三人が無事なら良いって、言ってくれたんでしょ?」
「一応……」
「だったら、良いんじゃないですか?向こうは、戦闘のときでも、なるべくこっちを殺さないようにって、結構紳士的だったじゃないですか」
「あいつに訊いてみる」
中村は、先ほどの電話をかけて来た女性に、万一、子分の仕業だった場合、桃源郷がどう出るかを確認した。
彼女は、笑いながら言った。
「相変わらず疑い深いのね、中村くん。
馬鹿ね。あそこは、紳士的なの。約束を破るようなことはしないわ。
そんなに気になるなら、一刻も早く、あのジャリンコ達を探すことね」
「お前、知ってるのか?」
「ええ、あのジャリンコも知ってるし、一緒に失踪した笹岡って子も知ってるし、二人の女の子を守れなかったドジな男も嫌って言うほど知ってる」
「その男、お前の彼氏か?」
年下の彼氏ができたんだろうか?
「彼氏なもんですか。あんな、ドジ!おとうと、なの!」




