失踪(3)
話は、二時間ほど遡る。
いなくなった三人組は、海辺の荒れ地に隣接する小屋に監禁されていた。
周りの荒れ地は、以前は、農地だったのだろうが、耕作を放棄されて久しいようだ。
昔は、豊かな実りをもたらした土地だったのだろう。今では、荒れ放題で、雑草が生い茂り、地面も硬くなっている。
三人が監禁されている小屋は、農作業をするための道具を入れておいたもののようだ。
「ったく、足手まといなんだから」
笹岡が文句を言う。
「すまない……」
片山が項垂れた。
「大体ねえ、私と凛だけなら、さっさと逃げれたの。それが、何よ。手前ぇの男を殺されたくなかったら、投降しろですって?
あんたなんか、私の男じゃないし、凛の男でもないのよ!」
「返す返す、すまない……」
「帰ったら、あんたも山道のおばさんに格闘技習いなさい!」
「そうする」力無く言って、気が付いた。「でも、帰れるんだろうか?」
「帰るのよ。私達はともかく、凛がいないと、桃源郷の皆さんは、どうなると思ってるの?
あんた、あそこの人達を危険にさらしているのよ!
命がけで、この子をあそこに戻す義務があるの!
散々お世話になっといて、あんた、お姉さんにそっくりね。迷惑しかかけない」
「笹岡、お前、そこまで言うか?」
「凛、大丈夫?」
「うん。大丈夫なんだけど……手が痛いの」
「そりゃ、こんな風に後ろ手に縛られてたら、誰だって痛いわ。私だって痛いもん」
「俺も痛い」
「あんたなんか、訊いてない!」
「でも、あの人、何考えてるんだろ?」
「それが分かれば、苦労しないわ」
笹岡が溜息をついた。
「凛、ちょっと、ロープほどけないかやってみようよ」
芋虫のようにもぞもぞと動いて、凛と背中合わせになる。
「俺も交ぜてくれ!」
「あんたは、後。まず、凛から」
「そんな……笹岡、お前、俺が凛に気があるからって、妬いてるんじゃないか?いっつも、仲間はずれにする」
「うるさいわね。あんたなんか、邪魔にしかならないからでしょ?
凛、ちょっと、こっちに、手、伸ばして」
凛が言われるままに手を伸ばす。
「俺も凛と絡みたい」
「あんたね!誰のせいでこんなことになったと思ってるの!
そっちで反省してなさい!」
「うるせえ!静かにしやがれ!」
野太い声がドアの向こうから近寄る。
笹岡が慌てて元の位置に戻ると、入り口のドアが開いて、大柄な男が入って来た。
「大坂……さん」
凛が言った。
「俺の名前っていうか、ニックネーム、知ってるのか?」大坂がニヤリと笑う。「そうか、結構、有名だもんな」
「どうして、私達をさらったの?」
一同を代表して笹岡が訊いた。
「中村さんに、プレゼントしようと思ってな。そろそろ桃源郷を襲撃する予定なんだ。でもって、その時、お前等がこっちにいたら、便利だろ?無血強盗ってわけだ」
唖然とした。
桃源郷の襲撃は終わったのに、覚えてないのだ。
記憶をなくす薬を飲ませたせいだ。
これからあると思って、ひたすら準備している馬鹿がいたのだ。
あの薬、使用方法が難しい。
片山が、溜息ついた。
「笹岡って言ったな?お前、良い体してるな」
後ろ手に縛られているから、胸の大きさが強調されるのだ。笹岡が嫌そうな顔をして、後ずさりする。
「マキに手、出しちゃ、駄目!」
「じゃあ、お前が代わりになるってか?お前みたいちんけな胸、頼まれてもお断りだ。
もっとも、着痩せするってか?」
大坂が凛の胸に手を伸ばそうとした時、片山が叫んだ。
「凛に手を出すな!」
「お前の女じゃねえんだろ?中村さんの恋敵の女だって聞いたぞ」
「中村さんって、舜さんの恋敵だったの?」
「早苗って、良い女がいたんだ。中村さんが入れあげて、もう、プレゼント攻勢だ。
で、途中から出て来た小林って、ふざけた野郎に取られちまったんだ。
中村さん、カンカンだ。だから、あいつの女をゲットしたって言うと、喜ぶだろうな」
大坂がニンマリする。
「でも、小林って、女の趣味、悪いんだな。こんなガキのどこが良いんだ?」
凛を上から下まで嘗め回すように見た。
「どこが良いんでしょうね。凛にも分かんない」
大坂が吹き出した。
「本物のガキじゃねえか」
「姉貴、中村なんかにプレゼントもらってたのか?信じられない」
「姉貴って?」
「片山くんは、その片山早苗さんの弟なの」
「そりゃあ、良かった。ますます、中村さんが喜ぶ。こいつを餌に早苗を呼び寄せることができる」
「大坂さん」
「何だ?」
「手、痛いの。どうせ、閉じこめているんだから、ほどいてくれない?」
「駄目だ。このまま、中村さんに渡すんだ。それが、誘拐の正しいあり方ってもんだ。
そして、中村さんが、お前達を餌に桃源郷から食料を収奪するんだ。みんな幸せになる」
どこが?少なくとも、私は幸せじゃない!
笹岡が、声に出さずに叫んだ。
大坂は、三人が自分を怖がらないのが、面白くない。
凛に投げ飛ばされたことを覚えていないのだ。
このあどけない少女が、平然ともの言いするのも、癪にさわった。
凛の顎を指で支えて、顔を真正面から見る。幼い表情を残した、いっそあどけないと言える少女だ。
「こういう女を泣かすのって、どんな気分だろう?面白いだろうな」
下卑た笑いを浮かべる。
「やめなさいよ!凛を虐めたら承知しないんだから」
「凛を泣かすな!」
笹岡と片山が同時に叫んだ。
凛が、ポロリと涙をこぼす。何で、自分が泣かされなければならないのか、分からないのだ。
「まだ、何もしてねえんだ!勝手に泣くんじゃねえ!」
「ごめんなさい」
「凛、何で謝るんだ?」
「あんたねえ、さっきから、凛のこと、『凛』、『凛』って慣れ慣れしいんじゃない?」
「そんなことない。笹岡だって、『凛』って呼んでるじゃないか」
「でも、片山くん、マキのこと『マキ』って呼ばないよ」
「どさくさに紛れて、『凛』って呼ぶ既成事実作ろうって思ってない?」
大坂が切れた。
「お前等なあ、勝手に自分等で喧嘩するんじゃねえ!人質なんだぞ」
「でも、大坂さんもおかしいと思わない?片山くんって、凛のことだけ『凛』って呼ぶのよ。私のことは、『笹岡』って呼ぶのに」
「笹岡は、『笹岡』だろうが。他に何て呼ぶんだ?」
「凛、『マキ』って呼んでるよ」
「じゃあ、これから、笹岡のことを、『マキ』って呼べば良いのか?」
「勝手にそんなふうに呼ばないでよ!今でさえ、誤解がすごいんだから」
「いい加減にしろ!そんなのは、後で二人でやってくれ!」
「なんか、夫婦喧嘩みたいだね」
凛がまとめて、笹岡と片山は、後ろ手に縛られていなかったら、頭を抱えたい気分だ。
「ハズレの土地は掴まされるわ。ハズレの人質は掴まされるわ。散々だ」
「ハズレの土地を掴まされたって?」
笹岡が反応した。
彼女は、このところ、第二桃源郷には、どんな土地が良いか、研究中なのだ。
「ここへ連れて来る時、この小屋の周りを見たか?」
「見たわ」
「どう思った?」
「何にもなかった。言うなら荒れ地みたい」
「右に同じだ。よくこんな荒れ地が残ってたなって、俺も思った。
この頃、不動産屋がいろんな土地を宅地として売ってるから、こんな荒れ地のままで残ってないんだ」
「親父が騙されたんだ。昔は、畑だったらしい。でも、水源が枯れてしまって、水もない土地なんだ。どうしようもない」
この頃の不動産屋の手口だった。水も電気も来ていない土地を宅地として売ったり、耕作に適してない土地を畑として売るのだ。
大坂の父は、耕せば畑になると騙されて、水源の枯れた土地を買わされたのだ。
「そんなことない。ここって、昔の桃源郷に似てるよ」
凛が何気なく言うと、笹岡、片山それに大坂まで絶叫した。
「桃源郷って、こんな感じだったの?」
「うん。凛、まだ、三つだったから、よく覚えてないけど。第一世代の誰かに見てもらえば良い。
桃源郷も昔の畑や田んぼが、耕作放棄されて荒れ放題だったの。それを、みんなして頑張って耕して、今みたいになったの」
「あっちにゃ、水があったんだろう。ここにゃ、水がねえんだ。一番近い水道管が八キロ先だ。
ここまで水道引くのに、無茶苦茶金がかかるんだ。何とか水道引いても、しょっちゅう給水制限するんだ。馬鹿にしてやがる」
「水はね、作るの。海が近くにあるじゃない」
凛がニコリと笑った。
「水なんか作れるのか?」
理論的には、水素と酸素を化合させれば、水ができる。でも、大量の気体を化合させても少しの液体しかできないし、水を作るため、高価で危険な水素を買うのも無理がある。しかも、爆発することだってあるのだ。あまりにも非常識だった。
「おじいちゃんが発明した海水淡水化装置があるの」
大坂は、目を剥いた。夢のような話だ。
「桃源郷では、その装置を使って水を作ったから、今年の夏も水がいっぱいあって、米も野菜もたくさんとれたの」
「嘘だろう。そんな装置があるなら、メーカーが、とっくに売り出してるはずだ」
「うん。同じようなもの売り出してるんだけど、すっごく高いの。日本人は、水と安全をタダだと思ってるから、いくら機械で水を作れるって言っても、値段が高すぎて、しかも、その機械を動かすのに、電気がたくさん要るから電気代も高くって、それで売れないの」
「そんな馬鹿な……水がないと、下手すりゃ、飢え死にするんだぞ」
「そうなの。それで、おじいちゃんが世界中に訴えたんだけど、みんな、目先の利益に走って、人類は滅亡する方へ走ってるの」
「えらく大層な話じゃねえか」
「そうなの。大層な話なの。
もともと、異常気象が続いて食料の生産量が落ちたのは、産業革命この方、人類が化石燃料を使って、二酸化炭素を排出し続けたからなの。
それで、地球温暖化が進んで、南極や北極の氷が溶けて、シロクマさんが絶滅しそうになったり、海面が上昇して農耕地が減少したりしたの。
しかも、異常気象がすごくなって、堤防の決壊だって、あっちこっちで起きてるでしょ?
この前の台風みたいのが、世界中で起きてるの。それを止めるには、二酸化炭素の排出を押さえた生活をする必要があるの。でも、原子力発電をすると、今度は、核廃棄物が出るでしょ?だから、それも好ましくないの」
「じゃあ、どうすれば良いんだ?石器時代みたいな生活すりゃ良いのか?」
「それも良いかも知れないけど、そうすると、便利な生活に慣れすぎた現代人に、過剰な負担を強いることになって、続かないでしょ?」
大坂が頷いた。
「だから、再生可能エネルギーで電気を作って生活すれば良いの」
「そんな夢みたいな生活、できるわけない!」
「桃源郷が、そうやって暮らしてるの」
大坂が目を剥いた。
「あそこでは、電気は、風力、太陽光、小水力による自家発電なの。そうして、水は、そうやって作った電気で海水を淡水化して作ってるの」
「だったら、あそこを押さえれば、食うに困らないってわけだ」
「駄目なの」
「どうして?」
「海水淡水化装置はメンテがすっごく難しいの。それに風力発電の設備のメンテは、凛が一人でしてるから、凛しか分からないの」
「高校生の仕事だろ。こっちにゃ、エンジニアもいるんだ。お前、命乞いでもしてるつもりか?」
「大坂くん。本当に凛が言う通りなの。あの設備、発明したの、この子なのよ。だから、この子しか分からないのよ」
「そうだ。舜も言ってた。凛は、天才なんだ」
「こんなガキが?」
大坂は息ができない。
「でもってね、今、マキと片山くんが、おじいちゃんの海水淡水化装置を簡易化して、誰にでも作れるようにしようって研究してるの。
これができれば、どこにいても、水の心配しなくて良いの。
電気代はかかるけど、自家発電はその次の目標ってことで、まず、水からって、頑張ってるの。さっき、町へ出掛けたのだって、その機械の部品、見に行ったの」
あまりにも壮大な話に唖然としながら、大坂は凛を見た。幼い表情を残した可憐な少女だ。
こいつが、風力発電設備を発明して、メンテも一手にやってるって?
信じられないことだった。




