失踪(2)
放課後、三人は電器屋へ出掛け、隅に置いてあるタンクを確認した。
「どうかな?」
「う~ん。マキの言うとおりだね。もっと大きなものはないかしら?」
「これより大きいって言うと……」
三人は、町中キョロキョロしながら歩く。
目的もなく視線をさまよわせて歩くのだ。三人とも、挙動不審も良いとこだ。
突然、片山が叫んだ。
「あった!あれはどうだ?」
「「どれどれ?」」
「あれだ。マンションの貯水槽っていうのか?屋上においてあるやつ」
マンションの屋上に鎮座する貯水槽を見て、笹岡も凛も納得する。
「片山くんにしちゃ、良いチョイスじゃない。グッジョブだわ」
「凛も、良いと思う。あれって、どこで売ってるの?」
「う~ん。マンションの建築工事をするのは、工務店だから……工務店に訊いてみるしかないだろな」
「私もそう思うわ」
「大きさも大事だけど、最低二つ要る」
「「どうして?」」
二人の声が揃った。
「海水を貯めるのに、時間がかかるでしょ?それで、一つ満タンにして作動させて、もう一つに海水を貯める作業を始めるの。
貯める作業と淡水化作業を交代でした方が、上手く行くと思うの」
「なるほど、じゃあ、これを二つ買えば良いんだな」
三人は、工務店で貯水槽の説明を求めたが相手にしてもらえない。考えてみれば、高校生が貯水槽を欲しがるなんて、胡散臭い話だ。
「こういうとき、未成年って、不便なのよ!」
笹岡が歯ぎしりして、片山も同調した。
「買うことになったら、後で、お袋にでも行ってもらおう。日本じゃ未成年は契約相手にしてもらえないんだ」
工務店の親父に憤慨する二人を気にもせず、凛の思考はその先へ進む。
「今度、陽一さんに頼んどくね。
エンジニアだし、山道のおじさんのお弟子で、あの装置の構造に詳しいから」
笹岡と片山は気が付いた。
現時点での一番の問題は、あれをどうやって買うかだが、買った後、あれを海水淡水化装置に改造する方が難しいのだ。
この際、海水淡水化装置のことは、全面的にお世話になろう。って、これまでも全面的にお世話になっているんだが……。
商談に応じてくれない工務店の親父は放っておいて、三人は町を歩いた。
本来ならば、ファーストフードでも食べたいところだが、この頃の食料事情では、ままならない。駄菓子屋でガムを買った。
凛は、工務店も初めてだが、駄菓子屋も初めてだし、ガムも初めてだ。
「これ、噛むだけなの。のみ込んじゃ駄目だよ」
笹岡が食べ方を教える。
「面白いんだね」
目を丸くして見つめる。
「とりあえず、人工甘味料なんかで味だけのものなんだ」
片山が説明する。
「ふーん」恐る恐る噛み始める。「甘いんだ」
「わりとおいしいでしょ?」
笹岡も噛み始める。
「うん。面白いね」
片山が風船を作って見せたので、凛が感動して拍手した。
貯水槽やガムの話をしながら、三人仲良く歩いていた時だった。横手から、むさ苦しい男達の集団が現れた。
その日の夕方、いつものように、慎二が高校の正門へ迎えに行くと、凛はいなかった。凛だけじゃなく、いつも一緒の笹岡や片山までいないのだ。不審に思って、図書室へ見に行く。凛が定席にしている席に三人の鞄が並んでいた。
トイレでも行ったのだろうか?その辺の生徒に聞くと、今日は、鞄だけ置いて、三人してどこかへ出掛けたとのことだった。
足下から、寒気がした。
三人を探さなければ……。
本部の小野寺家へ連絡する。
リビングで町中の盗聴をしている健二に、町に変わった様子がないか調べてもらった方が良いかもしれない。
あの日以来、健二は口数が少なくなった。でも、自分の仕事は、きちんとこなしている。
ただ、兄の陽一がいくら訊いても、他人のそら似だろう、と、取り合わない。
決定的な証拠を掴んで、突きつけない限り、健二の謎は解明されないものと思われた。
でも、今は、健二の謎どころではない。下手すると、凛が誘拐されたか、事件に巻き込まれたかもしれないのだ。
連絡を受けたのは、陽一だった。
彼は、平然と笑った。
「高一の二学期の期末の後って、一番平和で長閑なんだ。凛ちゃんも、優等生ばっかしてるのも疲れたんだろう。どっか、その辺の駄菓子屋か本屋にでも行ってねえか?」
確かに、高校生が出掛ける場所といえば、駄菓子屋、本屋、カラオケ屋、百歩譲ってゲームセンターだ。この町にゲームセンターはないし、ファーストフードの店やお好み焼き屋はこのところの食料難でつぶれてしまった。
陽一は、慎二にその辺を当たってもらい、健二に発信器の位置を確認させた。
凛には、発信器を持たせてあったのだ。
調べてみると、発信器は、高校の図書室にあった。
「何で、スマホ、置いてくんだ?」
健二が怒鳴った。
「ちょっとどっかへ行って、すぐ帰るつもりだったんだろう。今度、舜から注意してもらおう」
陽一も脱力した。
慎二から、再度連絡があった。高校生御用達になっている近所の本屋と駄菓子屋には、三人が出向いた形跡がないと言うのだ。
陽一と健二の血の気が引いた。
商店街の近くの児童公園前に小さな駄菓子屋がある。慎二にそこを当たってもらい、パソコンの画面に町の地図を呼び出す。高校を中心に、高校生の行きそうなところをピックアップしていると、慎二から三度目の電話があった。三人が、児童公園前の駄菓子屋に寄ったというのだ。
どうやら、工務店の帰りだったらしく、工務店の親父の悪口を言いながら、ガムを買っていたらしい。
「そりゃ、いつだ?」
「5時半少し前らしい」
「そこから、高校まで5分だ。だったら、そのまま、高校へ戻ろうとしてたんだろうか?」
「凛ちゃんは、約束を破るようなことはしない。絶対、何かあったんだ」
「慎二、工務店を当たってくれ。何かヒントがあるかもしれない。何しに行ったんだろう?」
凛達高校生三人組がいなくなってしまった。
小野寺博士に連絡しなければ。小林先生にも。
そうだ、大事な人を忘れていた。舜にも連絡しなければならない。何てったって、亭主なんだ。
陽一は、頭を抱えた。
通りがかった愛美に連絡を頼むと、桃源郷凛失踪対策本部を立ち上げた。
「凛ちゃんに盗聴器とか、付けてなかったのか?」
慎二に、鞄だけ引き上げてくるよう指示した後で、陽一が健二に聞いた。
「ん?もちろん、付けてあったさ。
ただな、鞄に付いてる舜のぬいぐるみがあるだろう?あれに付けてあったんだ」
「ああ、あの妙に手足の長い、目がスマイルマークみたいなヤツ?」
裕美が思い出した。
「どっか、服とか、下着とかに、付けなかったのか?」
中原氏が訊いた。
「無理だ。だって、服とか下着って洗濯するだろ?盗聴器って、基本的には防水機能が付いてないんだ。洗うと一発でパーになる」
「水野さん、スマホの盗聴できないか?」
小林先生が訊いた。
健二だけじゃ大変なので、スマホの盗聴は、水野氏が分担しているのだ。
「誰のだ?」と、水野氏。
「とりあえず、あやしいのは、黒崎と中村。それにあいつ等のグーループの構成員だろうな」
陽一が唸った。
しばらくして、水野氏が頭を抱えた。
「駄目だ。今日は、中村も黒崎も電源切ってる。子分達に、デートだから連絡するなって言ったみたいだ」
一同深刻な顔で黙り込んだ。
中村達はデート中だ。と言うことは、あいつ等は関与していない。
だが、桃源郷には、町中を探し回るほどの人員がいないのだ。この際、あの二人に探してもらった方が良いかも知れない。
でも、二人のデートが終わるまで、連絡がつかないのだろうか。
その間に、三人に何かあったら……考えるだけで、背筋が寒くなった。
「あいつ等ぐらいになると、公用、つまり、子分達との連絡用に使うヤツだけじゃなくて、プライベート用のも持ってるんじゃねえか?」
山道氏が口を開いた。
「そういや、女との連絡用のがあるみたいなこと、言ってたな」と水野氏。
「その番号、分かるか?」
中原氏が身を乗り出した。
「……分からん」
水野氏が忌々しそうに言った。
「くそー。あん時、女子高生の真似して、プライベート用のメアドや番号でも聞いときゃ良かった」
陽一が歯ぎしりした。
「至急、中村に連絡取りたいのか?」と、健二。
「できるのか?」と、小林先生。
「ああ、多分、あいつなら連絡がつくんじゃないかってのが、一人いる」
「じゃあ、頼む。中村と黒崎に探してもらおう。蛇の道は蛇だ。あのグループを使うんだ。私達じゃ探せない」
小林先生が決断した。
健二が、どこかへ電話する。
小野寺夫妻は蒼白になっている。
凛を高校に通わせている以上、危険は十分予想できた。あえて高校に通わせたのは、失敗だったのだろうか。
笹岡家と片山家には、小林先生が電話した。両家とも絶句した。
「オタクの凛さんと付き合ってたから、巻き込まれたんですわ!」
片山の母が半狂乱になって、電話口で罵った。
笹岡の母も同じことを怒鳴りたいのだろう。でも、良介の失態があるのだ。強く言える立場じゃなかった。
ただ、何とか助けてください、と叫ぶばかりだ。
重苦しい空気の中、小林先生が言った。
「万一、誘拐なら、犯人から要求があるはずだ。それを待とう。健二くん、逆探知できないか?」
「できます。機械があるんです」
「お前、そんな機械、何のために持って来たんだ?」
山道氏が唖然として訊いた。
「オレの探偵としての記念だ。
まさか、桃源郷に来てまで、探偵するとは思わなかったから。第一線を退くに当たっての記念にって、一式持って来たんだ。
役に立つとは、思わなかったけどね」と、肩をすくめた。
「変な人が、いや、優秀な人が、いたもんだ」
野中氏が素直な感想を漏らして、健二が逆探知機を取りに戻った。
舜は、6時半過ぎに、連絡を受けた。長引いた講義が終わって、下宿に帰ろうとしたところだった。
スマホが鳴って、陽一から電話があった。
「舜!お前、嫁さんにスマホ忘れるなって、よーく言っておけ!」
ほとんど八つ当たりだ。
「何かあったんですか?」
「何もかにも、お前の嫁さんが、失踪した」
「凛が?」
「健二によりゃ、スマホに発信器が、鞄のぬいぐるみに盗聴器が、つけてあったらしい。
ところが、だ。お前の、間抜けな嫁さんは、どっちも高校の図書室に置いたまま、どっかへ消えちまったんだ」
「そんな!」
「さっさと、帰って来い!今、中村と黒崎にグループ使って探すよう頼もうって話になってるんだ。お前、黒崎に連絡つかないか?」
「……高校の進路指導の佐々木先生が黒崎の担任だって話です。あの先生に訊いたら、分かるかもしれない。訊いてみます」
「進路指導の佐々木、か。じゃあ、黒崎に連絡して、探すように言ってくれ。
上手く探せたら、お礼にご馳走するって、小林先生が言ってる」
「分かりました」
蒼白になりながら、高校の電話番号を探す。佐々木先生が、まだ、学校にいてくれることを祈りながら。




