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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
20/38

重圧(1)

4 重圧


 戦闘やら、ライフルの誤射やら、いろいろあった一日が、終わろうとしている。


 桃源郷の皆さんは、気を取り直して、酒盛りを始めた。

 戦闘要員だけでなく、後方支援者だって飲む。

 健二だって、聞き耳を立てながら、手酌で飲む。

 飲めないのは、二十歳前の、笹岡と片山の二人だけだ。


 「申し訳ないが、これから、大人の時間だ。良介くん達を連れて、客間に引っ込んで欲しい」

 そう言われた片山は、面白くない。

 でも、そもそも、凛がいないのだ。笹岡と二人で、酔っぱらった大人達といても楽しくなんかない。

 仕方がないので、客間へ寝に行く。片山が良介と、笹岡が里奈と一緒に寝るのだ。


 桃源郷に来て、ロクな相手と寝られない。

 始めの頃は、舜と一緒だった。そうして、やっと、独り立ちしたと思ったら、今度はお子さまの良介だ。しかも、凛は舜の部屋で寝ているのだ。


「片山くん、変なこと考えないの。舜さんは、みんなとお酒飲んでるんだから。まさか、この間に、舜さんの部屋へ行こうなんて考えてないでしょうね?」

 疑い深そうに見る。

「俺は、そこまで、いい加減な男じゃない!」

 片山が真っ赤になった。でも、そういう手があったことに初めて気が付いた。

「でも、良介のお守りがあるから、諦めて頂戴」

 笹岡がピシャリといって襖を閉めた。

 

 二人の会話の意味がよく分からない良介は、少なくとも、自分の失態が、姉と片山の最重要な話題でないことに安堵した。



 舜は、ほろ酔い気分で部屋へ帰った。


 酒席では、戦闘での活躍やとっさに良介を羽交い締めしたことを褒められて、ちょっと良い気分だ。

 何気なく電気を付けると、規則的な寝息が聞こえた。

 

 自分の部屋で凛が寝ている。以前なら、自分しかいなかった部屋だ。

 凛がここにいることに、新鮮な感動を覚えた。この人がいるだけで、部屋の空気が暖かく感じた。


 幼い表情を残したこの人は、桃源郷のシンボルだ。この人がいるから、桃源郷の人々は結束できる。この人は、それに気づいていない。

 

 その存在感に圧倒されて、この人の添え物になりたくないと、もがいた時期がある。親が、自分とこの人が結婚することを、自分がこの人を支える人間になることを、期待したことにも反発した。

 もがいて、反発して、結局、この人を傷つけた。

 山道兄弟が、いみじくも言った。獲得目標は何だ?と。

 以来、考えるのはやめた。自分が欲しいのは、信頼しきった眼差しを向ける純粋な人だ。余計なことを考えると、動けなくなる。動けなくなると、一番大切な人を失うのだ。


 豆球を残して電気を消す。ゆっくりベッドへ向かう。


 凛が体を丸めて眠っていた。


 いつの頃からだろう。この人は、体を小さく丸めて眠るようになった。

 初めて会った時、凛は三歳だった。その頃は、こんなんじゃなかった。昼寝の時なんか、大の字になっていた。それが、いつからだろう。昼寝の時だけじゃなく、たまに八畳の客間で一緒に寝る時も、体を丸めて小さくなって眠るようになったのだ。

 ダンゴムシみたいに丸くなって眠るから、身長が伸びないんだよ、と言うと、真面目な顔で悩んでいた。可愛らしい人だった。

 今日は、怖かっただろうに、舜の隣でライフルを使っていた。

 この小さな手は、戦いより、パソコンを使ったり、舜に甘えるために使われるべきものだ。

 あどけない表情で、下から見上げる。背伸びして、舜の肩に手を伸ばす。そういう時に使うべきものだった。


 そっと唇をついばんだ。


 突然、凛が、うなされた。


「ごめんなさい……凛のせいなの……凛ができないから……」

 額に脂汗をかいて、必死になって、体を丸める。

「駄目……だった……りょう…す……く…ゴメ……凛、役に立たな……よう…ち……メグ……さん……けん……しん…さ……ヒロ……しゅ……ゆるし……」


 涙まで流してうなされている。驚いて、揺すって起こした。


 呆然として、舜を見る。


「ごめんなさい……凛、駄目だった……みんな、死ぬの……凛、できなかったの……ゆるして!」


 夢中になって謝る。まだ、朦朧としている。


「しっかりして!夢だ。夢、見たんだ」

 

 激しく揺すると、ようやく気が付いたのだろう。ゆっくり焦点が合う。

 舜の顔をマジマジと見て、大きな息を吐いた。

「ゆ…め…?ああ……」

 凛が悲しそうに俯いた。


「怖い夢、見たの?」

 舜が優しく訊いた。

「……うん。いっつも、見るの」 

「どんな夢?」

「すっごく……怖いの」

 震えている。

 ベッドの縁に腰掛けて、そっと抱き寄せる。

「大丈夫。僕がいる」

「舜がいても……駄目なの」

「どうして?」

「……舜も……すっごく、怒ってた。怖い顔して」

「いつ?」

 目が点になった。ここ数年、何回か喧嘩はしたが、そんなに激しく怒った覚えはなかった。

「……夢…で……」

 他人の夢の中での行動なんか責任取れない。無茶苦茶だ。

「僕は、何で怒ったの?」

「凛が……おじいちゃん達の……研究…完成……できなかった……みんな、すごく怒って……凛、役立たずだから……食料、あんまりないのに……役立たずの凛が食べて……それなのに、研究……できなかったから……みんな……怒って……良介くん達が……お腹空いた、ご飯頂戴って……でも……凛、食べないと、研究できないからって……あげなかったの。そしたら、役立たずのくせにって……本当にそうなの。凛……結局、研究、完成できなったから……役立たずなのに……みんなの分まで……ご飯…食べたの」

 ポロポロと涙を流して、体を小さくする。


 「夢だ」舜が言った。「夢なんだ。凛」

「ううん。夢じゃない。凛、頑張ってるけど、できないかも知れない。もし、できなかったら、良介くん達だけじゃなくて、桃源郷のみんなも死ぬの。みんな、凛のせいなの」

 

 

 この人は、こんな重圧を背負っていたのだ。今更ながら、思い知らされた。


 桃源郷の人々は、大小野寺博士の研究を継ぐのは小野寺夫妻で、その研究を仕上げるのは凛だと思っている。

 そうして、軽い気持ちでそれを口にする。それは、この人にとって、とんでもない重圧だったのだ。

 良介の出現は、凛にそれを思い知らせることになったのだ。


 凛が、今やっている食料増産の研究が失敗すると、あの二人の命の保障はない。自分の能力不足で人が死ぬということを目の前に突きつけられたのだ。


 

 笹岡の母の一件以来、凛がうなされていると、父が言っていた。舜が大学のあるK市で下宿している間、凛は、独りぼっちでうなされていたのだ。

 

 可哀想に。今更ながら、笹岡の母に怒りが湧いた。


「舜、そんな怖い顔、だ」

 舜が息を吐いた。

「悪かった。でも、今度、マキちゃんのお母さんに会ったら、僕は、何を言うか分からない」

「怒っちゃ、だ」

「自分では何もしないくせに、君に無理難題な要求をするんだ」

「もう良い。もう良いから」

 凛が、しがみついた。


 舜がそっと抱きしめて、息を吐いた。凛が小さな声で言った。 

「凛、役に立ってないもん。凛、おじいちゃんの研究、完成できなかったら、どうしよう。

 良介くん達だけじゃなくて、ここのみんなも、みんな死ぬの。みんな、みんな、凛のせい……」


 顔を上げて舜を見上げる。涙が止まらない。

 舜は、愕然とした。

 凛を傷つけたのは、笹岡の母だけじゃない。舜を始め桃源郷のみんなも、傷つけていたのだ。

 こんないとけない少女に、自分達の命を救ってもらおうなんて、虫のいい要求を突きつけていたのだ。



 

 凛ちゃんを支えるのが、お前の仕事だ。


 父が言った意味が初めて分かった。

 凛には、支えが必要だった。凛は、単純に一人の男に愛されるだけの人じゃない。たくさんの人を救う人なのだ。


 舜は、凛を抱きしめて、ゆっくり言った。

「君の研究が駄目だったら……みんなして死のう。もともと、人類は、滅びるところまで来てたんだ。

 恐竜が滅んでいったようなものだ。

 それを小野寺博士が、頑張って防ごうとしただけなんだ。

 大小野寺博士が頑張って、君のご両親が頑張って、そうして、君が頑張って、それでも駄目なときは、それが人類の運命だったんだ。

 でも、滅んで行くのを手をこまねいて見ているのは、面白くないだろう?

 だから、君達一家が、何とか、食い止めようって頑張って、桃源郷の人達が、君達一家を応援しようって、立ち上がっただけなんだ。

 だから、気にしなくて良いんだ」

「舜、死ぬの、怖くない?」

「怖いさ。でも、君が頑張ってくれて、それでも駄目なら、仕方がないじゃないか。僕にどうこうする力はないんだ」

「凛、できなくても許してくれる?」

「君が頑張ってるんだ。こんなに、頑張ってくれてるんだ。文句なんか言えるはずがない」

「凛が……凛が、役立たずでも……凛のこと、嫌いにならない?」

 

 これが、この人にとって一番大事なことだった。

 

「嫌いになんかなるわけないだろう?

 研究なんか、どうでも良い。人類だって、桃源郷だって、どうでも良いじゃないか。

 君と僕がここにいる。それで良いんだ」

 

 すがりつく凛を抱きしめて、舜は、この人を追いつめた自分を呪った。


 


凛のプレッシャーがすごいことになってます。

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