第二桃源郷創設計画(2)
少し前作と重なりますが、お付き合いください。
戦闘の後で、祝勝会があった。
大小野寺博士(桃源郷では、凛の祖父、両親の三人とも科学者なので、三人を呼び分けるため、凛の祖父を『大小野寺博士』、父を『小小野寺博士』、母を『小野寺夫人』と呼ぶ。ちなみに高校一年の凛は、『ミニ小野寺』と呼ばれる)から、これから桃源郷が第二期に入るとの話があった。
桃源郷は、人類がこのままの生活を続けると、地球温暖化が進み、人類そのものの存続が危うくなると警告した大小野寺博士が、意を同じくする仲間達と、12年前、廃村に入植して始まったものだ。
人々は、ここを余所の地域の人々が入り込めない箱船のような存在に造り替えた。
ここでは、極力二酸化炭素を出さない生活をしている。
まさか、呼吸までやめるわけにはいかないが、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料は使わない。つまり、煮炊きや入浴はオール電化で行い、暖房だって電気だし、集落に一台だけ共有している車も電気自動車だ。
また、全員で農作業を行い、貴重なエネルギーのロスをおさえるため、食事や入浴は共同で行っている。いわば、集落中がオール電化の共同体なのだ。しかも、この電気は自分達で作り出している。
当初、少しばかりの風力発電と屋根に備え付けた太陽電池モジュールで太陽光発電を行っていた。しかし、この夏の記録的な水不足に対応するため、凛が風車ガーランドを発明したのだ。
これは、地域一帯を取り囲む杉に、クリスマスツリーのベルガーランドのような風車をつけた電線を巻き付けて、膨大な電気を作る装置だ。この装置のおかげで、潤沢な電気に恵まれた桃源郷は、その電気を使って、一日中、海水淡水化装置を稼働させることができるようになった。
おかげで、この夏の水不足を乗り切ることができたのだ。
大小野寺博士は、ライフワークとして、二炭化酸素を酸素と炭素に分解する研究をしている。 上手く行けば、地球上に増えすぎた二炭化酸素から酸素を作り出せるだけじゃなく、その過程でできるエネルギーを電気に変えることにより、化石燃料が枯渇した後のエネルギーとなり得るのだ。
石油、石炭、天然ガスといった化石燃料は、無尽蔵じゃない。必ず枯渇する日が来る。化石燃料が枯渇した後、人類はどうすべきか、難しい問題だった。
原子力に頼るのか、再生可能エネルギーを活用する道を探るのか。
原子力に頼ると、核のゴミが生じる。核のゴミの問題は解決策がないに等しい。核廃棄物を無害なものに変える方法は、まだ開発されていないのだ。
長期的な問題はさておいて、現時点での緊急課題は、増えすぎて環境破壊を引き起こしている二酸化炭素をこれ以上増やさないことだ。
大小野寺博士は、この問題に真正面から取り組んでいるのだ。
この研究は、博士の存命中に完成するとは思えなかった。その場合、ずっと大小野寺博士の助手をして来た凛の両親(小野寺夫妻)が研究を引き継ぐことになっていた。それでもできない場合は、孫の凛が完成させるのだ。
小野寺家と桃源郷の壮大な計画だった。
桃源郷に最初に入植したのは、第一世代の13人――科学者である大小野寺博士(小小野寺博士の父である大小野寺博士を第一世代と呼ぶのは無理があるが、便宜上ここに加える)と小野寺夫妻の他、医者の小林先生、薬剤師兼看護士の小林夫人、猟師兼エンジニアの山道氏(ライフルの師匠)、格闘家の山道夫人、漁師兼ハッカーの水野氏、栄養士兼調理師の水野夫人、教師の野中夫妻、建築家兼大工の中原氏、農業の専門家の中原夫人――と小野寺夫妻の子の凛(高校一年)と小林夫妻の子の舜(大学生、医学部三回)だ。
今回、エンジニアで軍事マニアの山道陽一、元探偵の山道健二(山道夫妻の子供)、元公務員の水野慎二(水野夫妻の子供)、元出版社勤務の中原裕美、元社長秘書の中原愛美(中原夫妻の子供)の第二世代が都会から合流して、20人となった。
桃源郷第一期は創世記だった。
小野寺博士がライフワークとしている二酸化炭素を分解する研究を支援し、桃源郷で自給自足の生活をすることが目的だった。
頻発する異常気象によって生じる食料不足や大災害によって、普通に生活することができなくなることが予想された。博士の研究のためには、生活できる、つまり、生き延びることができる場所が必要だった。
大小野寺博士によると、第二期は戦いの時代に入る。
桃源郷は、自由と平和を愛する人々の集団だから、積極的に攻めて行く予定はない。
だが、食料不足が極まると――ここには食べ物があるのだ――桃源郷を襲撃しようという馬鹿が現れるのだ。
黒崎グループとの戦いは、桃源郷にとって、初陣とも言えるものだった。
第一世代は、桃源郷の開拓に全力を傾けた。
第二世代は、桃源郷を襲撃から守ることに全力を傾けることになる。というのが、大小野寺博士の見解だった。
食料に恵まれているといっても、他の地域から伴侶を求めると人口が増える。それをまかなえるほどの余裕はなかった。
祝勝会の席で、誰からともなく、せっかく、互いに好意を持っているのだから、この際、くっつけてしまおう、と言い出し、中原裕美は水野慎二と、中原愛美は山道陽一と結婚することになった。
戦いの余韻もあって盛り上がった一同は、このまま式もしてしまおう、と、結婚式もしてしまった(!)。
無茶苦茶だ!と、頭を抱える陽一に、愛美が、わたくしじゃ、お嫌?と、迫って、陽一が降参したのだ。
裕美と慎二は言うまでもない。桃源郷への合流前から、互いに好意を持ち始めていたのだ。
桃源郷第二世代カップルの誕生だった。真面目すぎて融通が利かない水野慎二と無茶苦茶で融通が利きすぎる山道陽一は、義兄弟になった。
健二は、そんなことも、驚きを持って、だが、サラリと受け流した。
そして、翌日から、麓の町に仕掛けてきた、いくつも盗聴器の受信機の前で、町の人々の様子を必死で探った。その様は悲壮感さえ漂うほどだ。
あの日、あれから、彼は、どこで何をしていたのだろう?
桃源郷の人々の間で謎とされた。