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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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良介(3)


 リビングの隅の機械が反応して、愛美が慌てて機械の側に張り付いた。何かの話し声が聞こえて、ふんふんと頷く。


「愛美さん、こっちは私達でやるから、あなた、そこ、お願いね」と、水野のおばさんが言う。

 愛美が頷く。

 いくつもの機械から、いろんな音の洪水だった。話し声、わめき声、罵り声。車のクラクションから、自転車のベル。町中の音を拾っているようだった。


 良介と里奈が、気をそそられて、何してるの?と首を突っ込むと、武子先生が制した。そこは、大切なお仕事をしている所だから、側へ寄っちゃいけません、というのだ。



 つまんない。やることがないのだ。

 

 桃源郷は、何もない所だった。それは、それは、見事に何もないのだ。

 良介と里奈に用意してくれた八畳間だって、大きな畳が八枚敷いてあるだけで、テレビもない。もちろん、雑誌やマンガの類もない。

 縁側から庭に出るが、庭にも何もない。月明かりの中、杉林が見えた。山の県道はあちら側から向こうへ続いている。あの迷彩服の一団もあの辺りにいるはずだった。

 

 静かで、退屈な時間が過ぎた。

 里奈が、見逃したアニメを残念がった。

 こんなことなら、ここに来ないで、家にいれば良かった。夕食は、例の栄養食品だろうが、少なくともアニメは見れたのだ。

 時計さえないのだ。スマホを取り出して時間を見ると、8時半過ぎだった。

 やっと、二時間過ぎたのだ。

 これで、今日、何もなければ、自分達は、何しに来たんだろう?

 家に電話をかけると、母が出て、お利口にしてる?と、訊いた。

 退屈で死にそうだ、と言うと、襲撃がないのよ、良かったじゃない、と、取り合ってくれない。

 つくづく価値観の違いを感じた。


 9時近くになって、我慢できなくなった二人は、テレビを見ようと思った。

 どこにあるのだろう?台所では、水野のおばさんが中原のおばさんや武子先生と働いている。 一体、ここの人達は、いつまで働くつもりだろう?


 「おばさん、テレビないの?」

「あるけど、ここでは、見ないことになってるの。マキちゃんに聞かなかった?」

 水野のおばさんが、平然と言う。

「ボク等、子供だよ。子供がテレビも見ないでどうするの?今日は、アニメがあったんだ」

 思わず言った。そっちが、子供扱いするのだ。この際、子供の権利を主張しよう。

「でも、舜くんも凛ちゃんもテレビ見ないでも大きくなったわよ」

 武子先生が、笑いながらはぐらかす。


 信じられない。テレビ見ない子供なんて、いるわけない。


「じゃあ、ゲームでもするよ。ゲームないの?」

「将棋かトランプがあったと思うけど、忙しくて出してる暇がないの」

 水野夫人が上の空で答えた。

「そんなぁ」

 今度は、里奈が泣きそうな顔をした。

「じゃあ、パソコンは?それで遊ぶよ」

 中原のおばさんが、おかしそうに笑った。

「ここでは、電気は大切なものだから、遊びには使わないの」


 とんでもない所だった。

 

 良介は、失敗を悟った。携帯用ゲーム機を持って来るべきだったのだ。

 ここが、世界的な科学水準にあると聞いたから、テレビやゲーム――水野のおばさんは、ゲームというとトランプの類を思い浮かべたようだ――ぐらいあると思ったのだ。

 やることがないから、もう一度、奥へ引っ込もうとした時だった。


 突然、リビングの隅の機械が怒鳴った。

「裕美さん、ヤツ等、来やがった!打合せどおり、いくぞ!」

 陽一の声がした。

「了解!」

 裕美の声が答える。

「姉さん、頑張って!準備は良い?」

 愛美の声が交ざる。

「もう少し、引きつけてからだ。裕美さん、スタンバイできてるな?」

「できてます」

 裕美の声が緊迫する。


 三者同時に話ができるようになっているのだ。

 戦闘責任者の陽一と少し離れたところにいる裕美が直接話をして、本部にいる愛美が後方支援しているのだ。


 長い時間のような気がした。でも、2分も経っていなかっただろう。

「よし、今だ。ぶっ放せ!」

「姉さん!」

 陽一と愛美の声に叫び声がかぶさった。


 進入路の途中で、何かを打ち上げたのだろう。県道の辺りが急に明るくなった。

 照明弾だ。しかも、計算しきってある。県道の真上で爆発し、そのまま照らしている。何台かの車が遠目に見えた。あの車には、大勢の人間が乗っているのだろう。

 遠くで、銃声が聞こえたような気がした。

「姉さん、もう少し北の方を狙って!」

 愛美が叫んだ。

 どうやら、打上地点からは、県道の様子が見えないのだ。再び照明弾が上がって、辺りが明るくなる。

 あそこにいたかった。どうして、自分は、こんなところに引っ込んでいなくちゃならないのだろう?しかも、ここにいても、ジッと待っているだけで、遊ぶこともできないのだ。


 里奈が怖がって、良介の袖を掴んだ。


 水野のおばさんが、おにぎりの海苔を巻くように頼んだ。

 どうして、こんな非常時に、そんなことしなくちゃならないんだ?

 武子先生も中原のおばさんも水野のおばさんも愛美もみんな息を殺している。あんなに遠いんだから、こっちは無事だって。


 何で、怖がるんだ?

 そして、気が付いた。こんなことに怖がらない自分こそ、戦闘に参加すべきなのだ。


 大きな爆発音がして、遠くで怒鳴り声が聞こえた。

「裕美さん、もう一回頼む!念のためだ!」

 陽一が叫んぶと、県道付近が明るくなる。

 再び、機械が叫んだ。

「裕美。例の薬が足りない。バイクで舜くんがもらいに行く。一本道だ。途中で、会うだろう」

 四人目が会話に参戦した。この機械は、どうなってるんだ?

「了解!母さんが持って来てくれたから、こっちからもそっちへ向かうわ!」

 裕美の高揚した声が聞こえて、中原のおばさんが、平然と言った。

「さっき、打合せどおり小林夫人にいただいて、裕美に渡して来たから。大丈夫、すぐに舜くんに渡せるわ」



 台所は一気に忙しくなった。あと、一時間もすれば、戦いの後始末を終わって、一同が帰って来る。

 食べ物を用意しなければならない。


 中原のおばさんが、タオルの山を抱えて、風呂場へ走って行った。帰って来た人達がいつでも入れるようにするためだ。


 テーブルの上には、山盛りのおにぎりとおかずが並んでいた。気のせいか、さっきより多い。 戦いに出ると、こんなに優遇されるのだ。


 水野のおばさんが、蒸し饅頭を持って来て、良介にくれた。

「長い夜は、お腹が空くでしょ?」

 優しい笑顔だった。


 豚まんを食べたのは、久しぶりのことだ。すごくおいしかった。これも、テーブルの上に山盛りになっていた。


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