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桃源郷は事件がいっぱい  作者: 椿 雅香
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良介(2)

 笹岡良介は、面白くない。こんなの詐欺だ。


 先週、母が桃源郷に一泊して来た。一晩泊まって、翌朝、凛を学校へ送る車に乗って帰って来たのだ。これで、笹岡家では、あそこに泊まった人間が二人になった。


 土地買えた?


 陽一と里奈が訊いた。

 母は、黙って首を横に振った。


 断られたのだ。

 絶望的なことだった。

 

 日本中で食べ物が不足しているのだ。あそこに行かないと飢え死にするかも知れない。飢え死にしないまでも、まともなものが食べられないのだ。

 固形栄養食品には、飽き飽きだった。でも、あれしか手に入らないのだ。


 姉は、桃源郷を頼らずに自分達で何とかすべきだとの考えに立っていて、片山 翔と何かの機械を作ろうとジタバタしている。

 高校から帰って来ると、二人して、車庫に籠もっているのだ。ホームセンターや解体屋でパーツを買って来て組み立ている。

 時々、スマホで誰かに教えてもらっているようだった。二人で相談しながら、少しずつ機械ができあがっていく。


 ウチの姉貴は、片山 翔とそんなに仲が良かったっけ?

 良介は、首を傾げた。


 今週になって、母が言った。

 町に暴動が起きる可能性があるので、子供達だけ桃源郷に避難させてもらえるよう頼んで来たというのだ。

 

 ラッキー!あそこへ行けるのだ。お腹いっぱい、まともなものが食べられる。


 相談の結果、木曜の4時半過ぎに車で迎えが来ることになった。


 当日、わくわくしながら妹の里奈と車に乗った。

 姉の真紀子が助手席にいた。運転していたのは、水野慎二という面白みのない男の人で、手短な挨拶をすると出発した。

 県道との交差点辺りで凛や舜達と合流し、姉の真紀子がロープを投げる。自転車の三人がロープにつかまり、引っ張られるように走った。


 自転車の方が、全然面白かった。こんなのズルイ!


 良介は、姉を呪った。こんなことがあるなら、自分も自転車に乗ったのに。

 里奈と一緒に、必死で、自転車と交代したいと言い張ったが、慎二に無視された。

 子供に気を遣う人種タイプじゃなかったのだ。


 そうして、桃源郷の本部に到着すると、今度は、姉を含めて、片山や凛まで、お揃いの迷彩服を着たのだ。揃いの帽子まで被っている。

 驚いたことに、認識番号まであるのだ。第一世代の番号はF-02という感じでFで始まっているし、第二世代の番号はSで始まるのだ。

 側のお姉さん――『愛美』というらしい――に訊くと、第一世代だからファーストのF、第二世代だからセカンドのS、それにマキちゃんや翔くんはゲストだからGに分類してみたの、と笑って説明してくれた。


 格好良い。ボクが着ると、G-03になるんだろうか?


 戦闘責任者の陽一に、子供は奥に引っ込んでいろと言われて、良介は憤慨した。


 ボクは、中学生だ。子供じゃない!里奈は、小学五年だから子供でも良いだろう。でも、自分は、中学二年なのだ。不当だ!


 歯ぎしりする片山の横で、歯ぎしりした。


 6時半過ぎに戦闘グループが、作戦会議と腹ごしらえを終えて出発した。

 良介と里奈が呼ばれたのは、戦闘要員が出発した後だ。女ばかりの食堂で、二人は一緒にご飯を食べた。

「こんなときだから、大したものがないけど、いっぱい食べてね」

 中年の女の人――愛美が『水野のおばさん』と呼んでいた――が優しく言った。

 おにぎりに、焼き魚(食べやすいように切り身になっていた)、野菜の煮物、和え物、漬け物などが並んでいる。近頃見ないものだ。


「どうせなら、ハンバーグが良かった」

 里奈がポツリと言うと、水野のおばさんが笑った。

「短時間でしっかり食べるには、こういうのが一番良いの」

「ボクも焼き肉が良かった」

 

 母は、ここで、焼き肉を食べたのだ。姉に至っては、カツやパスタ、それにピザまで食べている。

 これは、二人が良介の誘導尋問に引っかかったのだ。そうじゃなきゃ、何を食べたかなんて教えてくれない。

「他に何かないの?」

 思い切って訊いた。

 笹岡家では、おかずが気に入らないと、母にリクエストして別のものを出してもらうことがある。でも、この頃は、これ以外ありません、と言われるのが関の山だ。

 だが、ここは、桃源郷なのだ。何でもあるはずだった。

 せっかく、ここに来たのに、こんな年寄りじみた食べ物だけじゃ、面白くないじゃないか。

 明日には家に戻って、また、例の栄養食品の毎日が続くのだ。


 「ないわ」

 横から、若い女が口を出した。

「あんた、面白い子ね。他人のウチに来て、仕事もしないで食べ物にありついたのに、それに文句言おうかって?」

「姉さん、やめてよ。今は、仕事どころじゃないわ」

「マキちゃんの弟と妹だからって期待したけど、全然じゃない?この子、食べたら、片付け手伝う気もないんじゃない?」

 血の気が引いた。確かに、家では、母親がしている。でも、他人の家に来たのだ。手伝いぐらいは、する。

「片付けぐらい手伝います!」

 良介は叫んだ。


 良介達を含めて、二十人以上いるのだ。皿洗いだけでも、大量にあった。

 7時頃、姉さんと呼ばれた女――『裕美』というらしい――が、作業服で出発した。自転車で、ショーカットの髪を風になびかせて颯爽と走り去った。

 やっとのことで皿洗いを終わると、水野のおばさんがおにぎりを作っているのが、目に留まる。目で訊くと、おばさんが笑いながらいった。

「戦闘が終わって帰って来たら、食べてもらわないと。お腹空いてるでしょうから」

 見ると、先ほどの愛美だけじゃなく、中年のおばさんが二人――この人達は、『中原さん』、『武子先生』と呼ばれていた――が現れて、四人でおにぎりを作っている。

 

 入り口に、おじいさんと中年の女の人が二人、現れた。女の人の一人が言った。

「中原さん、例の薬、できたから、裕美さんに持ってってくださらない?」

「分かりました。ご苦労様です」中原のおばさんが答える。「向こうの人数が増えなきゃ良いんですけどね」

「治安の悪化が予想以上に進んでるから、分からないわね。備えあれば憂いなしよ。この町に暴動が起こるくらいですもの。

 小野寺さん、凛ちゃんの高校どうなさる?」

「何とかなるでしょう。陽一くんや慎二くんが送り迎えしてくれてるし、いざとなったら、舜くんが助けてくれるでしょう」

 

 こいつが、凛の母なのだろう。

 

 おじいさんが、良介達を認めて言った。

「マキちゃんの弟妹かな?」

「はい。この度は、お世話になり、ありがとうございます」

 この人が小野寺博士だろう。ここは、兄として、格好良く決めなければならない。きちんと挨拶した。

「表は危ない。奥でゆっくりして行きなさい」

 そう言うと、三人は、簡単に食事を済ませて、奥へ戻った。


 中原のおばさんが、「小林さん、じゃあ、今から行ってきます」と言いながら、後を追った。 薬がどうこう言ってたのは、小林 舜の母なのだ。


 ここでは、母と呼ばれる人は、科学者だったり、何かの薬を作ったりしている。スペシャリストだ。

 良介の母は、何もできない。食料が不足しているからといって、右往左往しているだけだ。

 どうして、自分で何とかしようとしないのだろう?

 良介の母は、せいぜい家庭菜園をして、水がないから、と、失敗するだけだった。

 姉のように、まず、水を工面することから考えるべきなのだ。



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