移住願望(11)
食事の途中で、小野寺博士が水野夫人に訊いた。
「水野さん、凛は、相変わらずですか?」
「ええ、必死なんです。先ほど、研究室に行きました。可哀想に、そこの奥さまが、どうしてもここに住みたいって、面と向かって無茶なことおっしゃったから、あれ以来、怯えちゃって」
「あの子の宿命なんだ。ここは、舜くんに頼むしかないだろうな」
小野寺博士が溜息をついた。
「凛ちゃんの重荷を分けて背負うのが、舜の仕事だ」
「すまない。それもあって、舜くんは、凛との結婚を躊躇したのかもしれん」
「あの若さで、凛ちゃんが重荷をしょってるんだ。手伝ってあげるのが、男ってもんでしょう。
あいつも悩んだんだろうが、ようやく自分の仕事を見つけたんだろう」
小林先生がほろ苦く笑った。
笹岡の母は、凛の重荷が想像以上に大きいことを知った。
知らぬこととはいえ、自分は、あの少女に、とんでもない負荷をかけてしまったのだろうか?
「でも、あの二人、仲良いな」
横から陽一が口を挟んだ。
「ええ、まるでお雛様みたいなカップルですわ。小さい頃から一緒に育ったからかしら」
愛美も賛成する。
「凛ちゃんが若すぎるのが難点だが、互いに助け合って、桃源郷の目的を果たそうとする姿勢は、立派だ」
堅物の慎二まで、褒めた。
「舜くん、マキちゃんや翔くんにも上手に頼んで、凛ちゃんを助けているようね。若いけど、なかなか人使いが上手だと思うわ」
裕美まで同調する。
「いや、あれは、マキちゃんや翔がエライんだ」
陽一が笑いながら言う。
「俺にゃ、あの二人は、いつまでも舜と凛ちゃんだ」
水野氏が言って、山道氏が同調した。
真面目そうな中年男の中原氏が現れて、娘達に通告した。
「裕美、愛美、ここんところ、母さんとも相談したんだが、お前達の家を建てると、農地が減って食料事情が悪くなる。新居は諦めて欲しい。そのうち、私達第一世代がいなくなったら、空いた家を修理して、お前達に渡すことにする」
「ですって、慎二さん、どう思う?こんな冷たい親なのよ」
裕美が慎二に甘える。
「仕方がない。そもそも、大小野寺博士の研究が完成しないと、ここにいる僕達の命の保障はないんだ。小野寺博士の研究をバックアップすることが、僕達の最優先の仕事なんだから」
慎二が平然と言った。
「奥さん、そういうことだ。当分、親父達のウチにやっかいになるしかねえ」
陽一が愛美の腰に手を回す。
「でも、時々、ここの客間で息抜きしようぜ」
「わたくし、陽一さんがよろしいのでしたら、どこでも結構ですわ」
愛美が瞳を潤ませる。
こんなに土地があるのに、実の子の家さえ、建てられないのだ。
笹岡の母は、溜息をついた。
いつも、マキちゃんが使っている部屋です。
そう言って愛美が案内したのは、八畳もある広い部屋だった。清潔な布団とシーツが用意されていて、寝巻きまであった。
風呂場に案内されて、驚いた。二、三人がゆったり入れるような湯船に、たっぷりとお湯が張ってある。
二人が上がろうとする頃、小野寺夫人が小林夫人と入浴に来て、二人に言った。
「申し訳ないと思っています。こちらの能力がもう少しあれば、あなた方ご家族も引き受けることができるのですが……」
二人は、何も言えなかった。自分達が図々しいのだ。自分達は、桃源郷の能力を当てにしすぎたのだ。
でも、ここが駄目だったら、自分達は、どうなるのだろう?
ジワジワと足下から恐ろしさが込み上げた。
「奥さん、せめて、子供達だけでもお願いできませんか?」
笹岡の母がすがった。




