移住願望(10)
せっかくいらしたのだから、一晩泊まっていかれるといいでしょう。小小野寺博士と小林先生が、二人を招待した。
「とりあえず夕食を」と、食堂へ案内される。
食堂には、食事を終わったメンバーが何人かいて、「お先です」と、目礼した。人数が多いので、手の空いた人から食事をするのだ。
「全員で食べるのは、田植えや稲刈りなんかの全員作業のときか、イベントのときに限られるんです」と、小林先生が笑いながら、テーブルに導いた。
隣接するリビングの隅で、いろいろな音の洪水を操って、若い男――後で、元探偵の健二だと聞いた――が座り込んでいた。食事もそこで食べている。中年の女性――この人が食事担当の水野夫人だった――が皿を下げて、健二が頭を下げている。
何をしているんだろう?
笹岡の母が、そう思った時、ボリュームが上がった。
「……で、決行は来週の木曜日か?」
「そうです。木曜の昼過ぎに材料の搬入があるそうです」
「黒崎は何て言ってる?」
「あいつは、駄目です。桃源郷の近所で事故ってから、臆病になってるんだ」
「今度のターゲットは、大村製麺の倉庫だろ?方向が逆じゃねえか?」
「中村さん、あいつ、おかしいんだ。桃源郷をやろうって言っても、あそこは方角が悪いからって、平安時代じゃあるまいし、何考えてるんだろ?」
「何かあったな。それは、後で訊く。人手が要るんだ。大村製麺の襲撃には、あいつを呼べ。あいつが来りゃ、高校生が30人ほど来る。こっちが20人だ。50人もいりゃあ、何とかなる」
「久しぶりに腹一杯食える」
「ああ、饂飩屋だから小麦粉がある。お好み焼きが食えるぞ。じゃあ、黒崎と、あと吉野達に明日にでも集まるよう言っといてくれ」
「了解しました」
「あいつ等、大村製麺を襲う気だ」
陽一が言った。
「木曜の昼過ぎに材料が搬入されるって、よく分かったな」
神経質そうな若い男――慎二だ――が言う。
「どうせ、バイトの子でも締め上げたんだろう」
健二が吐き捨てた。
「どうする?」
長い髪を首の後でくくった眼光鋭い中年男――猟師の山道氏だ――が訊いた。
「ウチへの襲撃がない限り、ウチは交じらない方針だったはずだ。そうですね?博士」
陽一が小小野寺博士に確認する。
「そうだ。暴動は、あちこちで起こるんだ。それを食い止めるのは、警察の仕事だ。
ただ……健二くん、匿名で、警察へ電話しておいてくれ。
それで、ウチの仕事は終わる。あと、暴徒がこっちへ向かわないよう注意を要する。情報収集の続行を頼む」
小小野寺博士が指示を出す。
「了解!」
健二がボリュームを下げた。
小林先生が、笹岡の母と片山の母に向かって真面目に言った。
「来週の木曜は、表に出ない方が良い。とばっちりで、怪我するかも知れないし、下手すりゃ、あいつ等、町に火をつけるかもしれない」
「火をつけるって?」
笹岡の母が唖然とした。
「陽動作戦です。どこかに火をつける。そうして、町の人の注意がそっちに向いているのを利用して大村製麺を襲うんです。できれば、市民体育館にでも、用事を作って避難した方が良いでしょう」
「ここへ来てはいけないのでしょうか?」
片山の母は、不安になった。
「ここは、戦闘態勢に入る。かえって危険です。何しろ、あいつ等の最終ターゲットは、ウチなんだ。
だから、大村製麺の襲撃のノリで、そのまま、こっちへ回って来るってこともあり得るんです。杉に火でも放たれたら、風車ガーランドが駄目になる。それは、是非とも避けたい」と、小林先生。
「高価なものなんですか?」
笹岡の母が、何気なく訊いた。
「ええ、一本の風車ガーランドに小型の風車が20個ついてるんです。特注の風車が、一個一万円ですから、電線を含まずに20万はします。電線も特殊なもので、いい値段してましたがね。 それが、一万本ほどあるんです」
小林先生が平然という。
20万が一万本。その値段を聞いて、笹岡の母も片山の母も絶句した。およそ20億の投資なのだ。
横からボサボサ頭の水野氏が口を出した。
「以前、翔の姉貴に二本壊されたんだ。あの娘、千円ほどのもんだって思ってたみたいだな。
弁償するって、啖呵切ってやがった。ドローンが2万。モジュールガーランドが40万。併せて42万の損害を与えたことになるのに、価値が分からなかったみたいだ」
「早苗がそんな、ご迷惑なことを……」
片山の母は、息ができない。食費だけでも頭が痛いのに、42万もの損害賠償なんか想定外も良いとこだ。
「奥さん、良いですよ。悪意はなかったんです。
とりあえず、実力行使でお帰りいただきましたが、ここでは、あの子の評価は最悪なんだ」
小林先生が苦笑いした。
「早苗は、どうしてそんなご迷惑なことをしたんでしょう?そんな悪い子じゃないはずですのに」
「あのべっぴんさん、舜に気があったんだ。で、舜を追っかけて、山道夫人の車をガソリン車で尾行して、ここへ来たところまでは、良かったんだ。
でも、ここには、べっぴんさんができるような仕事はなかった。何せ、桃源郷の仕事は半端じゃねえんだ。
ここじゃあ、食材を買いに行くことなんかできねえだろ?炎天下、本気で働かねえと、全員が飢え死にするんだ。それで、俺達が、日照り対策で、風車ガーランドの設置に必死になってる時にやって来て、自分にやらせろって、横から割り込んだんだ」
水野氏が面白そうに話す。
「で、見事に失敗して、ラジコンを一台壊したばかりじゃなく、風車ガーランドも二本、駄目にしたんだ。
とんでもないヤツだって、みんなして怒ったら、あのお嬢さん、弁償すれば良いんでしょ?いくらなの?って、啖呵切りやがった。
まさか、風車ガーランドが一本20万もするとは、思ってなかったんだろうな。
でも、凛ちゃんが泣いて。
値段じゃねえんだ。急ぎの作業だったから、みんなして寝る間も惜しんで作ってたんだ。それが駄目になったって。可哀想に落ち込んでしまって」
山道氏が暴露する。
「タクで弁償しなければならないのでしょうか?」
「水野さんも山道さんもお止めなさい。奥さんが、怯えてらっしゃる。
大丈夫です。ウチは、弁償していただこうとは思っていません。
ただ、早苗さんのご家族を迎え入れる気分じゃないってことです」
小林先生が平然と言ったので、片山の母は肩を落とした。
せっかく、翔が、戦いにまで参加して、桃源郷との友好関係を作ったのに、早苗が潰してしまったのだ。
美人で頭が良い自慢の娘だったのに、とんだところで、疫病神になってしまった。
笹岡の母は、気を取り直した。
片山家は、早苗のせいで受け入れてもらえない。でも、笹岡家は、特段の迷惑をかけていないのだ。ここの人達は、情に篤いように見える。あの年で命の危機に立たされている子供達に会えば、受け入れてくれるかも知れない。




