移住願望(9)
「せ、せめて、住む場所は……」
片山の母が作戦を変えた。
「ありません。ここの土地は全て計画的に利用しています。空いているように見えても、その空間が必要だから、空けてあるんです」
「食料増産の研究の目処はあるんでしょうか?」
笹岡の母は、話しを元に戻した。
「現時点では目一杯なんです。凛が頑張っていますが、これまでで、1.3倍近くになったんです。
でも、倍増という意味では、この面積では限界なのかもしれません」
「凛ちゃん、可哀想に、時々うなされてるんです」
「?」
「自分の研究が完成しないために、たくさんの人が死ぬんです。あの年頃の子には、耐えられないでしょう。
マキちゃん達が帰ってから、せめて、二人の家族だけでも引き取りたいって、必死で頑張ったんです。でも、何回計算しても、この面積では限界だって分かって来て……マキちゃんと翔くんだけなら、何とかできるのです。
でも、あの二人には、あなた方がいた。
凛ちゃん、眠れなくなってしまって、終いに、倒れてしまったんです。
笹岡さん、凛ちゃんに、自分達も山辺集落に住みたいっておっしゃったそうですね」
「ええ。こちらの状況が分からない時でしたので」
笹岡の母は、さすがに居心地が悪くなって来た。
「あの子の置かれた状況を考えれば、言って欲しくなかったですな」
小林先生が恨めしそうに言った。
「こちらの皆さんがお忙しいのは、分かりました。
でも、そんな重大なこと、凛さんのような子供に任さず、大人の誰かがするよう、仕事の分担を再考すべきじゃございません?
だから、凛さんが、倒れたりするんですわ」
笹岡の母が負けずに言い返した。私のせいにしないで欲しい。そう言いたいのだ。
「大人の仕事は、我々が、今、生きて行くのに必要な仕事です。
どうして、それを中断してまで、他人のために別のことをしなけりゃならないのですか?
私こそ訊きたい。
どうして、あなた方は、その研究を自分達でなさらないのですか?その研究が必要なのは、私達でなく、あなた方のはずです」
小林先生の攻撃が決まった。
笹岡の母も片山の母も、絶句した。
そのとおりだ。
桃源郷に食料増産の研究を求める前に、自分達がそれをやるべきなのだ。
でも、どうやって?
「聞けば、翔くんが、ここと同じようなシステムを導入したいと言ったら、そんな金はないと、ご家族が一蹴されたそうですね。
でも、ウチは、電気にも、水にも、それ以上の金と労力をかけているんです。
特に、水は、必要な量を計算して作ってるから、他の人に分ける余裕はないんです。それに、機械を設置すると、メンテも必要になります。
ここ住むということは、労働力として、それもやってもらうということになるのですが、あなた方にできますか?」
小林先生が続けて言う。
「そんな……」
片山の母が真っ青になった。そんなことできるはずがない。夫は平凡な営業マンだ。
「ウチの住人は、男でも女でも、誰でも、初歩的なメンテはできます。
凛ちゃんなんか、風車ガーランドのメンテを一手に引き受けてやっているんです」
「そんな……真紀子にもできるアルバイトだって聞いたから、私達でもできるんじゃないかって」
笹岡の母はしどろもどろだ。真っ青になっている。
「マキちゃんや翔くんは、凛ちゃんと友達になってくれるという、特殊な仕事をやってくれました。
本人達は、気が付いてないでしょうが、あの子達が来てくれて、凛ちゃんは救われたんです。
あの子は、あの年で、人類の明日を背負って、苦しんでいたんです。
考えてもみてください。自分が研究を完成しないと人類が滅ぶんです。
とんでもないストレスです」
「その点については、あの二人に、いくらお礼をしても足りないくらいです。ありがたいことだと思っています。
だから、父も野中夫妻もマキちゃんと翔くんの食料の心配をしたんです」
「科学の進歩は日進月歩だから、現在では不可能だと思われることが、可能になることだってあるのです。
だから、凛の研究の成果を気長に待ちましょう。上手く行けば、何年か後に、食料の生産量が倍以上になるかも知れません」
小野寺博士の慰めも笹岡の母には、気休めにしか聞こえなかった。
凛の研究が上手く行かなかったら、自分達家族は全滅だ。しかも、それが上手く行くまで、自分達が生きていられる保障もないのだ。
こんな重大な研究を幼い表情を残したあの少女に任せなければならないという厳然たる事実に、背筋が寒くなった。
母親二人は、見事に返り討ちにあったという感じです。食料が不足すると、エゴのぶつかり合いになるという話です。




